【e3m15】アドバイザー
2回分の話を書いていましたが、文書の自動クラウドアップデート中にネットワークが切断されたようで、過去のバックアップを含む全てのファイルが壊れていました。とりあえず、話の筋は覚えているので、書けるとは思いますが、前よりは良くしようと前向きに取り組んでいます。
これから、どうなるんだろう……。そればかりが気がかりで、ざわざわと気持ち悪い胸騒ぎがした。何も手がつかず、授業すら覚えていない。
もう俺はガレージと関係のない人間で、しかもダッドから『当分は店に顔出すな』と釘を刺されている。メグの欠席もしばらく続きそうだし、あれこれ考える情報が無いのがつらい。
「あ……」
視野に入る光……つまり、青だった歩行者信号が、直前で赤に切り替わった。くそ、運が悪いなぁおい。鞄には、見たくもない文書がたくさん入っていて、すぐにでも書いて提出しろと職員室に厳命されてある。今夜はゲームする暇もないぞ。
「大宮」
「うわっ!」
至近距離から声がしたので、振り返ると、真後ろに小早川氏が立っていた。もうね、バックアタックのアイコンが出る距離だよ。ちょっと、勘弁してほしい。俺は周囲の気配には敏感だが、こいつはそれをかいくぐって接近している。なんでだろうな……?
「すごい顔してる」
「あのさ、いきなり登場するのはやめてもらえまいか?」
「?」
「いや、心臓に悪い」
いずれ、人気のないところでステルスフラグされて、ゴミ箱とか垣根の中にボディを隠匿されそう。
「もっとさ、普通に登場してくれ。そうだな、咳、くしゃみ、鼻歌、独り言を発しながら、ドシドシ足音を立ててくれ」
「ステルスゲームの巡回衛兵じゃない」
手を顎に当てて眉間を寄せる氏。滅多に感情を出さないので、ちょっと可愛いと思った。
「ともかく、何の用ですかね?」
「VICり情報を入手しました」
語調といい、語呂といい、VICSと掛けてるのか? そんな真顔で言われても、寒いだけだぞ?
「昨日、偶然ミーガンの母と会った」
予想もしない情報に、驚きを隠せない。小早川氏とは、直接件の事故について話していないが、少なくとも俺がガレージで働いていたのは知っている。だから、お互い既知の事柄はすっ飛ばした。
「マジでっ⁉︎ 何かわかったの?」
「警察の家宅捜査を受けたみたいね」
ここで留める。このさ、俺の反応を見ながら、小出し小出しに情報を出す口吻はよしてほしい。じれったくてしょうがない。
「なんでガレージが?」
「違法改造がどうとかで」
あの事故のニュースを思い出した。『警察は、車両が違法に改造されていたことも含めて、慎重に捜査を進めています』だったか。
「いや、確かにあの車は、車検通らない改造がしてあったけど、それは元々だった。何もガレージが施工したわけじゃない」
「いえ、そうじゃなくて、連絡もなく警察がガレージに来たから、社長が怒った。喧嘩沙汰になって連行されている」
彼女は余計な形容をせず、淡々と要所だけ述べたので、俺の空想が大いに入り込んでしまった。頭痛い……そりゃそうだよな。愛娘の仲介があった俺でさえ、あんな態度だったんだ。いわんや、当局が、しかも土足でズカズカと上がり込んでくるなら、ダッドはどうするだろうか?
「ごめん! 俺、ちょっと様子見てくるわ」
居ても立ってもいられなくなったので、小早川氏の脇を通り過ぎようとすると――
「これは他所の家の問題。他人は黙って見守ることね」
俺の手首をしっかりと握っていた。その手はじんわりと暖かい。そのぼんやりした顔とは違って。
「…………」
お互い目線と目線がかち合う。どれだけ見つめあっていただろうか、数秒だったが、やけに長く感じられた。信号機のピヨピヨだけが耳に入ってくる。
「わかったわかった。行かない」
根負けした俺の言質を取ると、彼女の手は滑り落ちる様に離れていった。しかし、その目には疑惑の色があり、まだ俺を射すくめている。背中がゾクゾクした。あれだ、スナイパーに狙われている感覚だ。彼女は何も言わないが、無表情から滲み出る凄みがある。
「だから行かねーって。カレンじゃねーんだ」
そこまで念を押して、彼女の疑惑は離散した。まるで初めからなかったかの様に……。彼女は軽く目をつむり、わずかに鼻の奥で息をした。
「わかったらいい」
ふんわりとカールのかかった横髪を掻き上げる。耳には小さな穴が空いていた。
「で? 他に何か?」
「残念ながらなにも。母とはすぐに別れた。ミーガンのことも聞けなかった」
「そうか……もし何かわかったらまた教えてくれ」
「わかった」
家に帰って、ニュースを見ていたが、事件の続報はなかった。そりゃそうか、そこまで重大なものじゃないからなぁ。
自室に戻り、あの忌々しい文書に手を付ける。だが、単にイライラを募らせるだけなので、早々に匙、じゃなくてシャーペンを投げてしまった。メグが気がかりで、それどころじゃない。深い嘆息とともに、ゲーミングチェアにもたれかかる。
「……はぁ」
何かのはずみで、とある本が目に入った。メグから借りたメカニック教本だ。これなら気が紛れると思って、早速読み始めたが、それどころではなかった。なぜなら、本にはメグが書いたメモや、落書きがあったからだ。
英文ということもあり、あまり内容は頭に入らず、むしろメグの手書きばかり目で追っていた。パラパラとページを捲り、あいつの手跡をひたすら求める。
本の裏表紙に大きく自信ありげに書かれた、“Fix cars and save the world NEARBY. By RoadMaster123”には、特に心惹かれた。
「車を直して近所を救う……か」
世界、と大きく見せかけて、NEARBYを最後に加えることで、近所レベルまで矮小化している。本人はきっと、ふざけて書いたのだろう。自動車整備士を志したメグの初々しく、しかも自信ありげな姿が、嫌が応にも俺の頭の中で形作られた。もちろんあの飛び切りの笑顔を見せている。
『シン、シン!』
そんなに経っていないのに、あの快活で溌剌とした声が懐かしい。
『他人は黙って見守ることね』
「!」
その時、小早川氏のささやきがあった。やけに生ぬるい吐息が耳元にかかったようで、俺はドキリとして周囲を警戒する。またこっそり忍び込んでいるっ⁉︎
「気のせいか……」
一通り確認して、単なる俺の勘違いだったとわかった。ありがとよと、ここにはいない氏に感謝する。感情が募っているところに、幸運にも水を差してくれたから。よそ様の家の問題なので、静観者でいろ。これはもっともだ。俺だって余計な問題に首を突っ込みたくないし、ダッドだって嫌がるはずだ。小早川氏も、冷酷に人ごとと突き放しているのではない。きちんと考えた上で、そう決めたし、俺にもそうアドバイスしたのだろう。
でも……彼女はそれでいいとして、俺までいいのだろうか……? そこから一歩更に考えると、これまた元の木阿弥というか、悩みが一巡してしまう。
˚✧₊⁎❀R0keteeℛ✿⁎⁺˳✧༚:ひ
˚✧₊⁎❀R0keteeℛ✿⁎⁺˳✧༚:ひま?
その時ディスプレイから、スチールのメッセージがポップアップした。俺自身のことながら、浅ましいことよ……。これ僥倖とばかり、悩みから目を背ける手段が舞い込んできた。はっ。もーいいや。俺があれこれ考えたって、事態が変わるわけねーし。下手に何かしてやらかしてもバカだし、ここは静観しておくのがいいだろ?
ゲームに逃れたい一心で、そう即急に問題を片付け、カレンのチャットに応答した。キーボードを寄せた。メグから借りた本は、机の隅に追いやられていた……。
今回も読んでくれてありがとうございました。