【e3m13】Roll into a trouble
なんとか区切りのいいところまで書けました。
「お世話になりました」
メグの家に厄介になる最終日、俺は慇懃にあいさつをした。目の前に、メグとマム、そしてダッドまで並んでいた。
『今日まで泊まっていけばいいのに……』
メグとマムの提案をあえて辞退した。そろそろゲームがしたい、とウソついて。無論本音は、これ以上一家の邪魔になりたくないからだ。
「お父さんをはじめ、2人にも大変迷惑だったでしょうが、俺にはいい経験でした。今まで将来とか考えたことがなくて、ダラダラ生きてて、その……なんとういうか、勤労感をお父さんとミーガンさんに教えてもらいました。あと、お母さんの手作り御飯も嬉しかったです。俺、そういうの食べる機会がないので……」
「シン……」
「またいつでも来てね」
メグとマムは、今でも俺を引き止めそうな顔つきだった。一方、ダッドは居心地が悪そうに視線を外していた。まあ、ここに立って、耳を傾けているだけでありがたい。
「はは、繁忙期には臨時で来るって、ミーガンさんと約束したんで、またひょっこりお邪魔するかもしれません」
マムは、肘でダッドを小突いた。
「ジョック、忘れずに渡しなさいよ」
「Naay! オメェがやれ!」
「あなたCEOでしょ⁉︎」
「CFOはオメェだ」
マムは深いため息をついた。ダッドは腕を組んでそっぽを向いた。
「しょうがないわね。じゃあ、はい大宮君。少しばかりだけど」
と両手で茶封筒を渡してくれた。
「何ですかコレ……? えええぇぇっ!」
中には、万札が数枚入っていたのだ!
「ジョックがバイト代見積もってやれって言うから」
「いや、いろいろお世話して頂いただけでも、感謝の言いようがないのに……このようなお金は受け取れません」
「ガキ、オメェは信じられねぇようなミスをやらかして、散々レイナの厄介になったが、まがりなりにもウチで働いたことには変わりねぇ。それは報酬だ、取っておけ」
「……」
俺は再度遠慮申し上げようとした。だが、この人が俺の言葉に耳を貸すとは思えないので、その遠慮は喉もどから出てこなかった。
「ごめんなさいねぇ。この人、男の子に対する接し方がわかってないのよ。ウチは姉妹ばっかりだから。本当は大宮く――」
「わかったような口利くんじゃねぇ! ガキ! さっさと受け取って失せろ! 当分俺の店に来るなよ! わかったか!」
「ダッド、最後ぐらいサンキューち言えんと?」
「うっせぇ! 電話鳴ってるからオラァもう行くぞ! じゃあな!」
着信音を理由に、これ幸いと大股で去っていく。その後ろ姿に、俺らは苦笑いを禁じ得なかった。
「俺、技術科じゃないけど勉強は続けるよ。将来何か役に立つかもしれんし」
「そう? わからんことあったら何でも質問せんね」
「ああ頼むよ。じゃあ名残惜しいけど、これで失礼します」
「See you next week」
ガレージを出ると、空が息を飲むぐらい綺麗な紅色となっていた。道ゆく人々も、一仕事終えて帰路についている。何度振り返っても、メグとマムは後ろから見守っていてくれた。メグなんかは、大きく手を振ってくれる。こそばゆいから、もうガレージに入ってくれよな。
言葉にし難い、今まで味わったことのない満足感を得ていた。当初家を爆破された時は、どうなるだろうと途方に暮れたが、こんな形で終わってくれて良かった。少しだけカーメカニックになれたし、1家庭の中に交われたし、なによりメグと仲良くなれたしな。
人との交わりには苦手で、どうしても孤独を楽しみがちな俺だが、やっぱ家族はいいなと改めて実感した。人様の家で、そりゃ緊張するし遠慮もしたが、言葉を交わす人がいるだけで、寂しさが消し飛ぶ。友だちとは違った安心感、帰属感だろうか。
トボトボと人気のない住宅街を帰る。薄暗闇の更地の中、俺の家はぬっと立っていた。電気は全て消えていて、当然温かく迎えてくれる人もいない。けど、ここが俺の家だ。遠慮なしに手足を伸ばせるし、誰にも気を使わなくていい。不規則な生活もなんのその、ゲームだってやりたい放題だ。
中に入る。調度品も、爆破された時と寸分も違わない。
「気が抜けたら、腹減った」
加えて、今日まで仕事をしてきたのもある。空腹は当然だ。冷蔵庫に直行、冷凍パスタを取り出し、レンジに放り込む。また、買い物に行かないとな。面倒だけど……。
「辻さんが自炊しろ、水は沸かして飲めってうるせーんだよな。あ、ヨーグルトなくなってるじゃん。それに牛乳買ってこないと……」
レンジで温めている間は退屈なので、なんとなくテレビをつけた。よしよし、ちゃんと映るな。
俺は終日自室にいて、そこに食事を持って行く。食卓はあるのだが、ポツンと食べるのが嫌なのだ。熱されたトレーの端っこをつまみ、口に箸を咥える。
「それにしてもさ、メグの奴『次はウチが泣く番やけん』とか言ってたけど、全然そんなイベントなかったよな。それとも、これから起こるのかね? 余計なゴタゴタはいらんぞ」
あ、部屋戻る前に、テレビ消さなきゃ。チャンネルは……あった。
『……次のニュースです。飲食業の男と、その妻を危険運転致死の疑いで逮捕しました。この映像は、県内の公道で違法なレースを、インターネットに投稿したものです。目撃者の証言によりますと、2人が所有する車が暴走したとみられています。この事故で、観客の男女5人が怪我をし、その内1人は意識不明の重体です。警察は、車に違法な改造がしてあった可能性も含めて、事故の原因を捜査しています……』
画面を見据えたまま、棒立ちだった。なぜなら、あのギラついた紫には見覚えがあったからだ。
次回からはシリアスな内容に入っていきます。