【e3m12】Mechanic Demon
すいません気分が落ち込んでいて書けませんでした。
メグの家に居候になってから、1週間が経とうとしていた。彼女と登下校し、仕事(と言っても彼女の助手程度だが)して、風呂と食事を済ませると、部屋に戻って車の猛勉強だ。就寝前に、必ず彼女がやってくるので、そこで質問攻めにした後、雑談をして寝る。その繰り返しだった。
『タブレット持ってきてやろか? 暇やろ?』
と言うメグの持掛けは遠慮した。なぜならネットは勉強の妨げになるし、常々それから距離を置きたかった、というのもある。デジタルデトックスってやつだな。
少し仕事にも慣れ始めてきた、ある日。ふと目の前の作業を止めて、メグに視線を向ける。いつもの作業用つなぎを着る彼女は、ダッドと話していた。
「不思議な縁だな……」
金髪でグラマーな女子が技術科にいる、その程度しか知らなかったのだが、あのバカが唐揚げパンウォーフェアをやらかした際に知り合った。そしてコンバットソフトボールで同じ会員となり、家を吹き飛ばされて、急にお近づきになった……。ステルスミッション(笑)では、やけにスキンシップが多くて、てんで困ったがな。
「あ……」
気づけば、目の前の車の整備が完了していた。
「いっつも自覚してるが、この考えながら何かする癖止めないと」
今俺が作業していたのは、またあの古いジープ。目の前のコイツは民間仕様ではあるが、前のとほとんど変わらなかった……と思う。
「友よ…」
不意に声をかけられた。車に寄りかかったメグは、茶化すようなスマイルだった。その手には、スターターがあり、ヒョイと見せびらかす。
「クランクでエンジン回すと? あご怪我するやん」
「すぐ取り付けます……」
「しかもくさ、これキューベルになっとる」
「はい?」
「あんフロントドライブシャフトはなん?」
「……」
ほらね、言わんこっちゃない。注意散漫の結果がこれだよ……。その後、ヒーヒー言いながら、分解組み立てを繰り返した。
「やっと終……ミーガンさん。床に落ちてたこれ……なんだろう?」
「この車は不完全です。カムシャフトキャップがありません」
「ま た エ ン ジ ン 内 部 ま で 分 解 っ す か !」
ブォォォンと、これ聞えよがしのエキゾーストノイズに、はっとした。それに加え、派手なユーロビートとウーファーの低音も耳をつんさぐ。振り返れば、これ見よがしのギラつく紫のボディに、各種エアロパーツ付きのハッチバック。“いかにも”な車相だな。
「あーもう、ちかっぱうるさかし、香水くさか!」
メグがゲンナリ顔で降りてくる。その手にはクリップボード。
「ダッド! またこれ来たと⁉︎」
珍しい。彼女も手に負えないのか、向こうでスプリングを圧縮しているダッドを呼んだ。仏頂面の彼も、その鼓膜を揺さぶる音を聞いていたに違いない。頭を掻きながら、呆れ顔でやってきた。
「“レースに出るから、メンテしてくれ”って、なんなんこん人!」
素人目にも、これはドレスアップカーであって、競技向けの車両じゃない。
「しかも予算30万って、クレイジーやろ……」
俺がキョトンとしていたの見たのだろう。ダッドがあごをしゃくった。
「開けてみな」
エンジンルーフを持ち上げると、何だこれは……。ガワは目立つよう派手にしてあるが、中身は放置車両のようだった。金属は錆びだらけ、ゴム部品は劣化し、いろんなものが悲惨な状態だ。3人は、物言わずエンジンルームの周りに立っていた。
「車検通ってるんですかね、コレ?」
「さぁな。怪しいショップにでも頼んでいるんだろ?」
「ねぇ、レースってなん? 受取日の後に、そげんかつなかったろ?」
インタビューを受けたであろうダッドは、ウンザリとしていた。
「知りたくもねぇから、聞いてねぇよ。ストリートで煙炊くんだろ? おいガキ」
「はい?」
「オメェ、これどーする?」
「いや、僕にそんn――」
「オメェもちったぁ経験積んだろ。足りねぇ頭回してみろ?」
メグだけでなく、俺まで試しますか……。
「えっと……“レースに参加”とありますけど、勝つとは言ってませんよね? だから、まず制動系、次にエアバッグ等の安全装置を確認して、人身保全に努めませんか? それから操舵系とエンジン観て……なんて言うんでしょう? 別に特別なことじゃなくて、とりあえずキチンと動く・止まる状態に持っていくのがいいかと……」
そこまで耳に入れた彼は、なんの返答もせずに去っていく。
「レイナ、予算は全てパーツに使え。リサイクル品も漁ってみろ」
「工賃よかと?」
「ウチのガレージ出て事故りました、じゃ信用ガタ落ちだろ? ただでさえ顧客少ねぇのに、これ以上減らしてどーすんだ。へっ、こんな無茶な注文つけて、金渋ってくる輩なんぞ、追い返してぇのによ」
ダッドが向こうでブツブツ文句を垂れるのに、メグも追い打ちをする。
「バカップルよ。ドレスアップにお金使いたか言うて、ちかっぱ安か車ば買っとーと。訳ありとかそげんかつ」
記録簿すら無いので、経歴がわからないが、とにかく胡散臭いらしい。
「しかも、またホイールの傾いとる。もうオニキャンやね。なしていらんこつばすっとやろ? まともなメンテすらしとらんつに」
ハァとため息をつくと、メグは憎たらしげに後輪を軽く蹴ったぐる。そこは、異様なほどタイヤ下部が外にはみ出ていた。
「コレわざとしてんの?」
「そー」
「あ、ネガティブキャンバーってやつだろ? けど、フォーミュラーカーとかレース用車両って、こうなってない?」
「そら、超高速でコーナー突っ込めば、タイヤん外側が変形するごつ荷重んかかるばってん、普段そんな負荷かけん。道路は直線と直角やし、法定速度は60やし」
「じゃ何でこんな内側がすり減って、不安定な角度にしてんだろ?」
「艶つけとるったい」
愚痴ばかり出ても、仕事は捗らない。早速、検査から開始……しようとしたが、エンジンすらなかなか掛からないじゃん。出鼻からくじかれる。
「点火モジュール、点火コイル、スパークプラグ、ワイヤー、バッテリー、燃料フィルター、インジェクション……もしくはエアフィルターが原因かな?」
「全部やろ」
根気強くスターターを回すと、やっと点火……しかし凄まじくキュルキュル鳴くな。
「タイミングベルトも交換やね……」
その後、燃料圧力試験、圧缩試運機、電子メーター、タイヤトレッドテスターを使って、徹底的に車の状態を洗い出していく。わかっていたとはいえ、結果を見るとかなりひどいなこりゃ。メグが『レースなんてクレイジー』と呆れるのも納得。
その後、彼女の指示のもとに動いた。ブレーキパッドとフルードは交換。ディスクはメグが研磨。キャリパーは“大丈夫だろう”という判断。ABSモジュールとポンプは新品購入。エアバッグはリコール対象だった。
「少なくとも、これで死ぬ確率は減ったな。ねぇ、タイヤの溝は大丈夫?」
「そうやねー」
これ、扁平率が低いって言うんだろ? アルミホイールに膜のようなうっすいタイヤが覆って、これ見よがしに鬼キャンとなっている。ニュートラルに直すべきなんだろうな。
「あ。こんエンジンなら、共通パーツ結構あるかも」
エンジンフードを取っ払ったメグが言った。
「そうなんだ。車ってそれぞれ独自パーツで構成されているかと」
「どんだけ開発費高なると? ごく一部にしか、そげん贅沢な車はなか。価格ば抑えるために、出来るだけ共通んパーツは使っとるとよ」
「じゃ車ってガワだけじゃ?」
「エンジンや足回りの味付けで、乗り心地変わる。極端な話、コヨタの普通のエンジンば載せとる軽量スポーツカーは、コヨタの乗り味はせんめ?」
「なるほど……」
「レイナ」
ガレージオフィス内で、2人してタブレットや在庫目録を使って共通パーツを探していると、ぶらりとダッドがやってきた。この人が来ると、途端に気が引き締まるよ。
「オークション行ってくら」
「あいあい、経験豊富な競売人。よかつば買ってこんね」
メグはタブレットから目線すら外していない。しかし、ダッドはまだ何か言い足らず、むんずとした表情で娘を見据えていた。
「…………サスはニュートラルに戻せ」
「は? いらん節介やろ? なしてシャレとんのば、ダサくせんといかんと? 1回痛い目遭うとよか。いかにクレイジーか、思い知るやろ?」
「オメェやらねぇなら、オレがやる」
「そー? じゃそん後、ウチがめっちゃキツい角度に戻すー」
「…………」
ちょっと不穏な空気が出てきた。当然俺は空気にならざる得ない。ダッドは珍しく苦々しい顔になり、その後何も言わずに出て行った……。
「オークション?」
「車のね。あん人ん気晴らしよ。ずーっと車ばっかいじっとるのも、ウンザリするやろ? やけん、よくぶらっと出かけて買ってくっと」
「野菜みたいに買うの? 車を? 仕事中に?」
「趣味が仕事やけんね。ウチは、メンテするのが主な業務ばってん、オークションで買ったつば、フルレストアして売るのもしとる。厄介なんが、手放さんことやね」
「てことは、たくさん車持ってるんだ?」
「古かつば5台持っとる。子どもやろ? 毎年バカにならん維持費がかかっとっと。これでん減ったっちゃけど」
車なんて、安くて燃費が良いもの1台で十分だろ。
「見てん。マムに叱られて、泣く泣く売りに出しとーと」
メグはタブレットで、メイヤーズのサイトを開いた。売りに出しているレストア車は、これ見よがしに磨きあげられ、綺麗な写真に収まっていた。一方自身が所有しているのは、遠景でかろうじて車体がわかる写真・小傷の写真・極めて不鮮明な写真であった。説明文はこうである。
『かつてはエンジェル、今はデビルのワイフとの約束で、燃費が良くて環境にも優しく、且つ去勢されたような酷い車に乗るように言われています。
この古き良き車のオーナーですが、ドラッグレース、ドーナッツ、ドリフトなど、車に悪いと考える事全てをやりました。非常にピーキーで、プロでなければ手懐けられません。
ガソリンを垂れ流すように消費します。給油する腕はボディビルダーになり、ステーションの人々は、すぐにあなたの不満顔を覚えます。
また、メカプロフェッショナルとして助言しますが、この車は、高価なパーツを頻繁に変える必要があります。専門のメンテナンスも必要です。
ご要望があれば、さらに不鮮明な写真をお見せすることは可能です。価格【ASK】』
「あん頭が、必死で考えた作文。バリウケるやろ?」
「一応売りには出しているのね、一応……」
この日、他の車も並行して整備していたが、とりわけこのDQN車には手がかかった。交換部品の納入が一瞬という、ゲーム仕様のため、作業が中断することはなかったが、それでも終日かかった。
「ふいぃぃ、大出血サービスやんコレ」
外装だけは見栄えの良い車を見て、メグの顔には達成感が見て取れた。俺もそうだった。最初は近寄りがたい車だったが、手塩にかけていくうちに、愛着すら出てくるようになっていた。
「見てんシン」
うっすら汗でテカ付いているメグが、苦笑いしながら俺に点検チェックシートを寄越してきた。
「ほとんど☑︎ついてないね」
ブレーキパッドの×、ペダルの遊びA、ホイールボルトのT、バッテリーターミナルのC、シャシー各部のLなど、シートはアルファベットだらけだった。どこかしこに何らかの問題を抱えていたのだ。しかし、俺らが手を加えたおかげで、走る棺桶ではなくなったと信じたい。
「疲れたー。上がるばい」
「え? 早くない?」
「あん人おらんけんよかー。外に出たら、呑んで帰るけん」
「そうなんだ」
今日の夕食は、魚と野菜がメインだった。多分、ダッドはそれらを食べないんだろう。だから、こんな日にここぞと作るのか。俺も不足しがちな食物なので、大変ありがたい。
「なぁメグ」
就寝前のいつもの時間、美しい金髪を下ろし、パジャマ姿で隣に座っているメグに、俺は切り出した。
「そろそろ俺の家建つって。だから……」
「Oh」
全て言わなかったが、言わんとする所は通じた。メグは落胆の色を隠そうともしない。なんだか悪いことを言ったようで、俺が申し訳ない気分になった。
「衣食住を与えてもらって、本当に感謝してるよ。いやマジで。サバイバルゲームになりそうな所を、メカニックシムにしてくれて助かった」
「しょうがなかね。元々はウチが強引に連れてきたし……シンもゲームばしたかやろうし、キャレンもそろそろ気が立ってきとるやろうし」
最後の部分は引っかかるが、まあ彼女なりに納得したようだった。少し沈黙が続いた後、こう続ける。
「ねえ、ひとつお願いがあるんやけど。ウチん忙しか時に、また手伝ってくれるのはどげん? ペイも弾ませるけん!」
「……えっと、そこまで買ってくれるのは有難いが、資格も持たない素人だぞ? ミスも連発したし、ガレージの評判を落としたらシャレにならん」
本当はダッドも、俺みたいな青臭いのを雇いたくないはず。メグはつきっきりで指導してくれたが、それは彼女の仕事を放棄した上でのことだからな。
「ウチが付くけん大丈夫って」
「いやこれ以上迷惑に――」
「ねぇシン。なしてそげんネイセイヤーになると? ウチのこと好かん?」
その最後の“好かん”にドキリとした。これはまるで、俺がメグを倦厭しているから拒否ってるじゃん。
「いや好き嫌いは関係ないって……」
「だってくさ、シンがおらんごつなると、またウチら疎遠になりそうやし」
「ないない。部活で一緒だろ。組は違えど、すぐに会えるだろ?」
「……ハァ。キャレンが言いよるこつが今わかった。あげんなるのも理解できる」
なんだ? なんでまたカレンが今ここで出てくるんだ……?
「シン」
彼女は語気を改めた。
「時々バイトしに来るのと、時々家が弾けるのと、どっちがよか?」
その顔はサンサンと笑っているが、言っていることはとんでもないぞ。背筋がカチっと凍ったよ。そしてこう追撃する。
「ウチ本気よ? TNTなら、どがしこでんあるし」
「俺でよければ……」
「Deal! うれしか〜!」
あんまり喜べないハグをもらった。はぁ。どうして俺は、こうなし崩し的にヒロインらに言いくるめられるだろう? 強烈なミントの香りを間近で感じながら、そう呆れた。
次からはシリアスな内容になっていきますが、字数的に余裕があるのでネタに走ると思います。