【e3m10】Mechanic Warrior
Car Mechanic Simのネタはそこそこ入れたつもりですが、大宮がフラグされないのでイマイチ面白みに欠けますね。
この日の仕事は、失敗のオンパレードだった。
『この通販サイト、エキマニ売ってないぞ? 排気系のページずっと探してるけど……』
『なん、さっき言ったろ? エンジンんカテゴリーば見らんね』
こんな些細なポカから、ボトムとロアのサスペンションアームを混同したり、V8・OHVエンジン用とV8エンジン用部品を間違えて購入したりと、散々な態だった。
タブレットで発注した物は、瞬時に部品倉庫へ納品される。ただし『ウチは返品不可ですゼ?』だから、間違って買うと洒落にならない。
「ったく、とんだバカ者だぜ!」
ミスを報告すると、ダッドのご説教を頂いた。もう俺は平謝りだ。
「すいません。次からは、よく確認して注文します……」
「オメェがバカやらかすたびに、オレのステーキが小さくなるのを覚えとけ!」
実にイメージしやすい損失だった……。
「よかよか、気にせんで♪ あん人痛風やけん、小さか方がよか」
ピョンとやってきたメグが、ニコと微笑んでフォロー。こんな安直な言い方はしたくないが、このヒロイン天使だろ?
「あ! 電話ん鳴っとー。次はあんSUVのオイル交換やけん、ちょっとお願い。オイルドレンはあそこ、ダットんそばのアレ」
「あい……」
はぁ……メグの慰めでも、やっぱ凹むな。車の部品って安くないだろ? ダッドが声を荒げるのも無理ないよ。
クサクサしながら、SUVをリフターに上げ、オイルパンを仰ぎ見る。ドレンボルトを確認……赤錆びが酷く、容易に緩みそうにない。
ふと視線をダッドに向けると、新品のオイルフィルターを取り出していた。彼がいつ、オイル交換に着手するかわからん。しかし、俺がドレンを占有した後、この固いボルトに手こずっていると――
『ボルト1つ外すのに、いつまで時間かけてやがる!』
こんな台詞が飛び出すこと請け合いだ。なら、あらかじめドレンボルトを緩めておこう。メガネレンチを取り出し、反時計回りに緩めてみるも、すんとも動かない。あれ、時計回りだったか? どっちに回してもダメ。全力を込めてもダメだった……。クッソ、こうなったら桜カレン的解法だ。つまり、力任せにハンマーでぶん殴るのだ!
「うわっぷ!」
加減がわからず、何度も打ち続けていると、不意に粘液を浴びた。ドレンボルトが落下してる。もちろんオイルも……。
「メグ! メグゥ! うわあああい!」
!実績解除!【ファーストスピル】
:条件:古いオイルを床に注ぐ。
「オイルドレンを設置する前にドレンボルトを抜き取りましたね。清掃費用は100ドルです」
俺の大騒ぎに、何事ぞと駆けつけた彼女は、腹を抱えて笑った。床を見ると、どす黒い池ができ上がっていた。“被害は甚大なり”だった。
「OMG! なんてことしやがる!」
遅れてダッドも飛んでくる。
「オメェ重力を知らんのか⁉︎ もうクビだ!」
「すいませんすいませんマジですいません……」
「Ugh, またオレのステーキが小さくなった。ガキィ!」
「はいぃぃ……」
「今すぐ100ドル支払え! それかミリタリーグレードの弾薬寄越せ!」
核戦争の後じゃなきゃ無理っす……。
「ヘイ、あんま頭に血ィ上ると脳溢血んなるばい。シン、掃除しよか?」
「あい……」
彼女は、清掃ツールを持ってきた。
「レイナ、このトンマに責任とらせろ。オメェが手伝う必要ねぇ」
「せやね。これも経験と思ってやってみー」
「チッ。神の御名において、一体全体どこまでバカなんだコイツァよ……」
「本当にすいません……」
吸着剤であらまし吸い取ったが、当然オイルは床に跡を残していた。なので、業務用の脱脂洗浄剤を希釈して床に散布、水吹きする。
「はぁ……」
「そんなに気にせんと。オイルの補充はわかるやろ?」
「棒を引き抜いて、minとmaxの間まで入れる……」
「ディップスティックね。“入れすぎはやりすぎ”ば解除したかなら、目一杯入れんね」
「失敗はこりごりです」
しかし、悪運は続くもので――
!実績解除!【入れすぎはやりすぎ】
:条件:オイルを注ぎすぎる。
「……」
「なん、結局解除しとるやん。本当は全実績解除したかと?」
「ち、違っ……。目安わからんかった」
「ちょっと抜こか? もう手順はわかるやろ? それともウチがやろか?」
「自分でやります!」
「そーたい。気ば落とさんと♪」
「………………」
マッスルカーのフェンダーに寄りかって、修理票を読みながら、メグは眉根を寄せていた。
「どこが問題なの?」
すると、無言でそれを渡してくる。相変わらずダッドの酷い字だ。“走行中にガタついて、右に流れがち”とあった。彼女は、試すように訊いた。
「どこが問題と思うね?」
「サスペンションとかステアリングとか?」
「やろね。けどこん車、ウチで売った奴やん。メンテもずっとウチ。そげん走っとらんし……なんでやろ?」
メグの真剣な表情って珍しいな。笑顔がデフォだから、殊にそう感じる。とにかく、車をリフターで上げ、下廻りを目視点検した。いきなりバラす……ってわけじゃないのな。
「異物や亀裂はなか」
「オーナーの勘違いとか?」
「どやろ。こん人好き者やけん、細かとこまでよー気づくもん」
トラブルが本当に発生しているか、彼女は広々とした裏庭に乗り入れた。一部ちょっとしたテストコースになっている。ごく普通に運転しているが、助手席の俺には全くわからない。ちなみにメグは外国の運転免許書と、それを翻訳した書類を添付して持っている。
「低中速やと、わからん……」
途端、スロットルのベタ踏み! V8エンジンは急に唸りを上げ、俺はドンとシートに押さえつけられた。思わず手すりに捕まる。急発進、急制動、凹凸道路、スラロームをいくらか繰り返す。
「うおおおぉ」
「うーん、ちょっと転がしてみー。ウチ助手席で確かめたか」
「俺やんの? 事故ったらまずくね?」
「シンの目は節穴ね? どこに事故るモンが置いてあっと?」
周りは、柵で閉じられた広い私有地。まあそうだよな。彼女に従って、運転席に乗り換える。
「思いっきり踏まんね。Go!」
OHVエンジンの咆哮が低く轟く! 後輪がスキール音を上げ、スモークを撒き散らす! 車って、こんな速いのな。ぎこちなさはあったが、メグの見よう見まねをした。
「あーね。なんか違うごた」
「わからん」
「そうね? お尻んムズムズが違うくない? それにやっばガタつきよるよ。特にブレーキん時。ちと面倒くさかばってん、テスターに入れてみよか?」
俺がそのまま運転して戻った。クリープ現象並みに遅いから、メグは笑って、“グランドマんごつ遅かー”と揶揄られた。
レーンテスターは、ガレージに併設された縦長の施設で、車がまたぐ形に沿って溝がある。ブレーキテスト開始。各タイヤと、床にある2つの滑車が噛み合う。それが回転し始め、車はそれを制動してブレーキの性能を確かめるのだろう。次にサスペンションテスト。両側の床から、タイヤがガタガタ突き上げられる。コンピュータに結果が表示された。
「すごさ。値は小さかけど、フロントんサスにデフあるやん。普段乗りでよー気づくぅ」
「致命傷じゃないなら、そのまま返したら?」
「いかん。用命受けたら仕事せんと。ウチん身入りにもならんし」
再び車をリフターに上げた。タイヤを外し、逐一点検しながら足回りをバラしていく。症状は確認したが、今度は原因を究明するのだ。
「スタビライザーとエンドリンクには問題なし」
「ダンパーでもなかし、スプリングの錆び・割れでもなか。アームね? しからしかばってん、取り出してみよか?」
しかし、アッパーアームもロアアームも正常だ。
「わからん……」
途方に暮れかけていた。しかし、俺が何気なく、サスペンションクロスメンバーの右側を調べていると……?
「あ、メグ。コレじゃない? 名前知らんけど」
ゴムブッシュと呼ばれる部品の1つが、硬化裂傷していたのだ。
「イエス! コレやん、コレが原因やろ! やったやんシン! ハイファイブ!」
別に大したことやってないから、そんなに褒める必要はないよ……。恥ずかしながらハイタッチしていると、どこからか視線を感じた。
「うえ。なんか向こうから、めっちゃ見られよー。あー仕事ん忙しさ〜。喋る暇もなく働かされて、ブラックやんウチは!」
「レイナ」
ノシノシとダッドがやってきた。ぶっきらぼうに修理票を渡す。
「一昨日の4x4見直せ」
「は? どこが気に食わんと⁉︎」
しかし彼は、膠にもない返事を残して、仕事に戻っていった。
「しからしか……」
彼女は、無下に仕事を否定されて、軽く当惑していた。俺の方を向くと、すぐにニパッと笑顔に戻る。
「ウチもしょっちゅうミスやらかすとよ。ダッドが最終チェックで何か見つけたら、今んごつ突っ返してくる」
「問題の箇所、教えてくれればいいのに」
「『自分で見つけろ』ってことやね」
ふーん、本当に職人気質なんだな。修理票#13を読むと、以下のような説明書きがあった。“オフロード旅行を楽しんだ後、車の状態が酷い。チェックしてもらえるか?”と。
「なるほど、こりゃ難しい。要は故障・消耗部品は全部交換ってわけだ。しかもどこが悪いかわからない」
「見てん」
点検記録簿には、メグが記したであろう跡があった。燃料フィルター、オイルフィルター、ベルトテンショナー、タイミングベルト、ウォーターポンプ、イグニションモジュール1つ、スパークプラグ3つ、ブレーキディスク2枚、ブレーキキャリパー2つ、リアサススプリング1本、フロントサススプリング1本、リア車軸、リアマフラー、イグゾーストパイプ、スタビライザーエンドリンク、ショックアブソーバー、クラッチリリースベアリング、クラッチプレートプレッシャー、クラッチフリクションプレートには×もしくは△マークが入っていた。他にもTとか、AとかCとか記述がある。
「☑︎マークもあろ? 交換するまではなかパーツ。やけんそんまま」
「あのさ、素人が言うのもアレだけど、OBDとか使った?」
「うん。フォルトメモリは確認しとる。他にも圧缩試運機、燃料圧力試験、タイヤトレッドテスター、電子メーター。使えるモンは、なんでん使うた」
「基本だけど、オイル交換は?」
「やっとーよ。ちと車ばここに持ってくるけん、手探りで総点検やね。足回りば中心に見ていこ」
メグがフロント、俺がリアを担当し、タイヤ、サスペンション、ブレーキを中心に調べていく。もうね、終業間際とあって、俺は綿のようにクタクタだ。当然汗とオイルまみれ。
「どげん?」
その声色からして、あっちは当てが外れたな。無論こっちもだ。
「じゃ、ウチがリアみてみる。フロント頼んでよか?」
担当交代。でもな、メグが特定できない問題を、いわんや俺ができるわけもなく……。しばらく無駄にいじくりまわすと、彼女はしびれを切らして、ポツリと漏らした。
「しからしかー」
「なあ、レイナってミドルネームなの?」
「イエス。ファミリーしか使わんけどね」
「ふーん……あのさ」
「なん?」
「もしかしてさ、ダッドが問題ない車を、意図的にあるって言ってるとか?」
「どゆこと?」
「つまり……お前を試すために」
怪しんだメグは、ダッドを見据えた。彼は溶接機を使っていて、取り外すことができない車体部品を修理していた。顔には溶接面があって、まんまゲームキャラだよなアレ。その下の表情は想像するまでもない。
「アハハハ! 面白かこつ言うね。あん頭は、そげんまどろっこしかこつ考えんやろ」
ちょっとした会話で和んだものの、またひたすら確認作業に追われた。もうね、何時間も同じ取っては付けての確認で、手はおろか頭もうんざりしている。これじゃ、壊れている部品も見過ごすよな。
果たして徒労だった。とうとうメグは、地べたにペタンと座り込んでしまった。
「はぁーお手上げ! パーツ全部チェックとかできん……。もうギアボックスとエンジンば分解せんといかんやん。めんどくさかー! ゲームんバグやなかね、これ!」
長嘆する彼女の言葉端に、ふと何かを感じた。
「……なあ。ちょっとパソコン借りていい?」
「なん?」
「グーグル先生にきいてみる」
「こげん専門的なこつ、載っとるわけなかろーもん」
「ものは試しで」
「……そやね、ワラをもをすがりたか」
ブラウザを開き、適当に“茶色 四駆 修理 バグ”とワードを入れて検索すると……?
「あ……おい!」
「huh?」
座っている俺の後ろから抱きつき、自身の顔をすぐ隣にねじ込んくる。オイル臭に覆い隠されていたミントの香りが、この時ばかりは漂ってきた。色香の少ない俺に取っては刺激的だよ。メグのスキンシップは、開けっぴろの気性の成せる業なのか、それとも……。
「で?」
「ここにさ、“95年式、製造会社モデルコードがWJWB、VINU33KCOR1LLIW005102SMC422”ってあるじゃん、修理票と同じ」
「ほんなこつー」
「えっとな、要するにバグなのよ。フォーラムによれば、タイヤ・スパークプラグ・クラッチを全て新品交換で解決するらしい」
「なあああん、そげんかこつぅ! 時間ば無駄にしてアホらしか……」
だよな、今まで頭をひねってたのは、なんだって話だ。しかし、残りあるスタミナを使って、該当箇所を全て新品に交換した。
ダッドは自分の仕事をとっくに終えていた。そして、柱にもたれかかってタバコを吹かし、こちらを見ていた。いかつい顔だが、俺らが上がるのを待っているのだ。
「Dad! It’s DONE!」
彼女は、気概迫る勢いで父を呼んだ。彼は呼応することなく、タバコを床ですりつぶし、気だるく歩いてくる。そして、足回りとエンジンベイと足回りを点検すると、何も言わず修理票のアドバイザー欄に押印した。
「Hoooo!」
彼女は歓声と両手を上げて、その豊満な身体で俺に抱きついた。
『ダッドの前はやめて……』
そう、鷹のようなギラギラした眸が俺を射すくめていたからな。
終業後。昨日と同じように、流れ作業でシャワーを浴び、焼肉を食べた。
「休憩はできんぞ……」
食後の眠気を振り切って、メカニック教本を読む。日本語だったら、もっと理解が進んだろう……。意味不明な単語や長文があり、俺の推測も少なくない。ネットがあれば照らし合わせるが、まあメグ先生に質問しよう。
「Hi」
「お、ちょうどいいところに」
そこからはもう、質問オンスロードだ。やはりというか、間違いやら誤訳が多かった。それにしても、彼女の知識の深さにはただ感心するばかり。流石に、子どもの頃から車をいじり回していただけはある。
「シンのそげん熱心か人て思わんやった」
あらまし訊きたいことを終えて、そう漏らした。
「なんていうか、シンはキャレンの付人ていうか、影みたいなイメージやったけん」
影ね、なんら驚くに値しない。多分他の連中も、そういう風に見えているだろ。俺自身は平穏に過ごしていたいが、あの悪党がそうさせてくれないからな。
「ねえシン、キャレンと付き合っとると?」
「冗談じゃねぇ。考えただけでSAN値が下がる」
「ばってん、唐揚げパンの時、えらい庇ったとやろ?」
「気まぐれだな」
「あやしか〜」
「だったら奴に聞け。せいぜい俺は、家来とか下僕だろう」
「ならよかった。シンば取られて、グラグラしとるかと」
「ないない。むしろ、奴とのイベントを回避できて、俺が助かってる」
今回ほとんどフラグされてない、というかカレン本人があんまり出てこないので、非常に安寧とした生活を送っている。いや、むしろ非常に充実してるよ。失敗ばかりしてるけど。
「そっか。シンがウチに来てくれて良かった。ウチ、そもそも技術科やけん周りは野郎ばっかやし、放課後はすぐ帰って仕事やけん、あんま仲良か人おらんと」
嘘だろ? この明るい性格で、目を引く見目形が、人を寄せ付けないわけがない。
「クラスでも、そげん深か付き合いはなかしね。やけん、放課後一緒に仕事までしてくれる人がいて、嬉しか〜」
恥ずかしがることなく、あけっぴろな笑顔でこんなことを言う。今気づいたが、俺らベッドに仲良く並んで座っているじゃん。いつの間に……って、一緒に本を睨めっこしていた時からだな。肩や腕は触れ合っている。
しばし無言になるが、彼女の碧眼は俺を捉えて離さない。なんだか気まずい雰囲気になってきた……。
「じゃ、そろそろウチ寝るけん。グッナイ!」
ソープやシャンプーの香気は、今まで強く漂っていた。彼女が去っていくと、ほのぼのと薄くなり、果てはかすかに消え失せてしまった。
今回も読んでくれてありがとうございました。