【e3m8】Sunday Mechanic
本当は戦車メカニックシムをネタにした話にしたかったのですが、そのゲームは延期の連続でプレーすらできません。そのため苦肉の策でカーメカニックとなりました。また私は全く車をいじらないので、本とネットから調べまくるしかないです。
メグの提案によって、彼女の家に厄介になることになった俺。電車の中で他愛のない話をしていると、きれいに矯正された歯を時折覗かせる。上機嫌だな。いや、いつもそうなのか? 俺はビビってるよ。知らない家に行って、知らない人と会うから。車窓の外には、背の高い建物が目立ってきた。
メグの家は車屋だ。繁華街近くの自動車関連の店が多く並ぶ通りに、そのガレージはあった。いかにも日本人にウケなさそうな、アメ車のディーラーである。“Mayer’s”とカリグラフィーで書かれ、テールフィン付きのピンクのオープンカーの看板は、色褪せて剥げていた。
サロンには入らず、裏口からガレージに向かう。異様に低い、ブルンブルンという咆哮が次第に大きくなる。
「I’m home, dad?」
メグは呼びかけた。い、いきなりお父さま⁉︎
ピックアップのエンジンベイを覗き込んでいた大男が、スパナを放り出した。火星の悪魔も縮みあがりそうなタカの眼が、訝しげに俺を睨みつける。無精髭に囲まれた口は、むんずと一文字。
日本人離れした身長と、筋骨隆々の身体は、油まみれのオーバーオールと白シャツを纏っている。肩から肘に掛けて、バラやら何やらのタトゥがぎっしり彫られ、強靭な腕には剛毛が茂っていた。
「オメェか? レイナのベストフレンドっつーのは」
(バシュッという音・後ろに壁紙)
――JOCK MAYER
Alien-On-Wheel!
「なんだ今の登場カットシーンは……(震)」
「huh?」
メグのダッドは、ふてぶてしく肩を揺らしながらやってきた。そして、俺を上から下まで舐るように見る。
「オレが3つ数えるまでに、その汚ねぇツラごと失せろ。ひと――」
気づくと、隣の通りにいた。全スタミナを消費し、地に足がつかないほど俊足で逃げていた。
「シン、シン! なんしよっと!」
後ろからメグが追いかけてきた。
「いやいやいやメグさん! あの態度は、“オールウェルカム”じゃないでしょ⁉︎」
「Errrr, ダッドはちと人見知りやけんね」
都合悪そうに、目をそらして言い訳する。いや、あれは人見知りどころか、敵対寸前だろ?
「けど、大丈夫よダイジョーブ。昨日ちゃんと了承はしとる。ね? ウチが改めて紹介するけん行こ?」
「ふたーt――」
ほらね? やっぱ山菜探しの方がマシだわ! メイヤーズははるか後方、豆粒ほどの大きさになっていた。
「なあああん、もう!」
「なあああん、もうは、こっちの台詞ですたいメグさん! カウント続いてたじゃないっすか! あと1つでぶん殴られるぞ」
「よかやん、ゲンコツの1つや2つ。ガレージには、ファーストエイドキットあるけん。さ、行こ行こ!」
欧米人風の顔が微笑み、俺の腕を掴んで、グイグイと牽引し始める。カレンといい、先輩といい、メグといい、なぜヒロインは、牽引車みたいに力強いんですかねぇ?
ダッドは、錆びついた柱に寄りかかって、煙をくゆらせていた。その柱には、大きく火気厳禁のマークがある。
「えっと、こちらはフレンドのシィニチくん」
「ミーガンさんとは、懇意にさせてもらってる、大宮伸一と言います」
最敬礼並みに腰を折る。しかし、ダットは俺を見ようとしなかった。いや、見ようとすらしなかった。しばしの沈黙の後、こう切り出した。
「おいガキ……」
「は……はいぃ」
「正直に言う、オレはオメェを好きになれねぇ」
「シンはウチんお気に入りよ?」
「だからなんだ?」
メグの一言にも馬耳東風だった。こりゃ、マジで山菜採りだなと諦めかけた時、ダッドはフゥゥゥゥと長い煙を吐き出した。
「あのツナギに着替えろ。ガレージはホテルじゃねぇ。働いてもらうぞ。レイナ、オメェが面倒見てやれ」
タバコを靴ですり潰し、仕事場に戻っていった。
「やったやんシン」
「お、おう……」
ガレージはかなり広い。車の下廻り点検するリフターが3台あり、入口付近にも車を仮置きするスペースがある。車関連のブランドバナーが掛けてある壁や柱は朽ちかけ、コンクリートの床には、吸い殻やスナックの空袋が散らかっている。設備や機材があちこち出しっぱなしで、雑然としている。
「他の従業員いないのな」
今ダッドは、エンジンをクレーンに釣って、1人ぽつねんといじり回していた。
俺も作業着に着替え、ぼんやり待っていると、ハッチバックが入庫してきた。国産車じゃないなコレ。アメ車ってマッスルカーのイメージしかないが、こんな普通のタイプもあるのな。
「Let’s do this」
運転席から降りたのはメグ。彼女も汚れたつなぎに着替えていて、普段の2つおさげも、今は後ろでとぐろを巻いていた。作業の邪魔になるからだろう。クリップボードに挟んだ修理票を一読した後――
「見てみぃ」
ポンと渡してくる。英語じゃん。書き込んだのはダッドなんだろう。枠に収まらない荒々しい筆跡が、その為人を示していた。
「えっと、“友人からこの車を買った。検査してほしい”。交換部品等・その他実施項目欄には、“OBDスキャン”……」
「Yep. 他になんも書いとらんめ?」
「OBDって何?」
「オン・ボード・ダイアグノーシスやね。車のコンピューターに接続された多くの部品を検査します。古い車には使えません!」
なんで途中から標準語になったんだ……?
「運転席ん下に、ソケットあるやろ? それば探して」
OBDのコネクタを受け取り、手探りして車側のソケットに接続した。やがて画面には、水温やら空燃費やら様々なデータが出力される。素人にはさっぱりだな。それらをしげしげと眺めたメグは、うんうんと一人肯く。
「特に異常なかごた。注文完了♪」
「え? これだけ? わざわざ業者に頼む作業だったか?」
「さあ。けど“友人から買った”てあったろ? OBDと合わせると、酷い車掴まされとらんか、疑っとるっちゃなか?」
へー、オーナーの腹の中まで読むなんて、探偵だな。
「ホントかどうか知らん、勝手な想像よ。ばってん車相、コンディション、説明ば突き合わすっと、なんとなーく、ね? とりあえず、こん車は問題なかけん、そこに持っていってくれん?」
指差した先には、仮置きするスペースだった。
「どうやって?」
「シンは時々ボケるね。押すと? 転がしてよかろーもん」
「免許ないぞ?」
メグは両方の掌を上に向けて肩をすくめ、呆れ顔を隠さなかった。
「なああん、ここ私有地やろ。それにすぐそこやん、事故起こす方が難しか」
「ヘイ! グズグズしねぇで、仕事しやがれ!」
向こうからダッドの怒声が飛んできた……しかし、メグも負けじと声を張る。
「せからしかー! 人のこつは気にせんでよか! アルマジロがキャブかじっとらんか、よく観とかんね!」
今ダッドは、エンジンのオーバーホールをしている。全てのパーツを分解して、高性能品を使って精密に組み直すことで性能の底上げをはかる……らしい。
その後も、メグからつきっきりで指導を受けた。
『ボルトは奥までくわえんね。浅かとバカんなるよ』
『ターミナル白粉ふいとる。ヤスリで落とさんと。バッテリー固定すっ時、締めすぎたらいかんよ』
『エレメントん交換は簡単やけん、1人でやってみー』
などなど、初歩的なメンテから親身に教えてもらった。俺がしくじっても、質問しまくっても、メグは何1つ不満顔を見せない。なんだか申し訳ない。本当なら彼女自身が、風のように歩き、素早い手さばきで、さっさと注文完了させるはずなのに。
ダッドが俺の受け入れに難色を示したのも無理はない。業務が滞るどころか、足を引っ張っているからな。
「This is the LAST car to repair」
ガレージに入ってきたのは、第2次世界大戦中に米軍で活躍した、小型ジープだった。
「これは……」
「なん? ニヤニヤして」
「いやね、お前はこの車とすげー似合うな」
「バリウケる。ウチ、こん車好いとーと。チャラ男んよく乗っとるばってんね」
メグがぴょんと飛び降りると、ボンネットを開けた。
「ほんなこつよーできとる。ブレーキもサスも前後同じで、メンテしやすか」
「あ、これ直4なんだ。軍用なんでV6とかV8かと」
「大排気量にすっと、パーツん増えてせからしか。ブレーキも大きくせんといかんし。それに、今ん車んごつ色々詰まっとらんめ? 平時ならともかく、戦時は耐久性とメンテんしやすさが至上命題やけんね」
2人してエンジンベイを覗いていた。俺は物珍しさに見ていたが、目利きのメグは違ったところを観ているのだろう。
「それんしても状態んよかー。よっぽど手ば入れとんしゃる」
「そうだな。それで、何の作業をすればいいの?」
「ブレーキ交換やね」
「えっと、ディスクとかキャリパーとかパッド交換?」
そう言うと、彼女はHAHAHAと笑った。
「そげんかつなかよ。ドラムブレーキたい。トラックとかバスについとる奴ね」
「なるほど。てか、こんな旧車のパーツ売ってあんの?」
「こん車は、人気やけんパーツに困らんと。アメリカには専門業社もあるし。ジャンクヤードに、部品用ん廃車ば集めとる」
「へー。意外と困らないのな」
「大抵の旧車は、現行車両からパーツ流用して、無かなら自作するしかなか。ウチが言うのもなんやけど、よっぽど好き者じゃなかと、旧車はおすすめせん」
なるほどね、お金がかかる趣味なんだな。とりあえず、作業を開始しよう。
「緊急ブレーキん解除ば忘れんごつね。そんレバー、メーターん横の」
指さされたレバーを解除し、車をリフターで揚げた。タイヤのボルトが、“これを外せ”と言わんばかりに光っているのは、いかにもゲーム的だな。対角線順に外さないといけない。抱えて取り除くと……なるほど、これがドラムブレーキか。
手で揺すってドラムを外した。続けてネジやバネ、ワイヤーなども抜く。ブレーキシューの接続4箇所も解く。そして、古い部品から移植して使うパーツを分解。メグと一緒に洗浄した。
「グリスがシューん当たりにつかんごつね。あと、そこに替えんシリンダーがあるけん。1インチがフロント、3/4インチがリアやけん」
「空で言えるのが、すごいな」
「コレ何度かメンテしたと。普通はサービスマニュアル読まんとわからん」
その後、ブレーキシリンダーを交換。新しい9インチブレーキシューを受け取り、先の洗浄したパーツを組み込む。分解した時の逆を辿れば、とタカをくくっていたのが甘かった。
「あれ……これどうするんだっけ?」
「そんな時は、逆ば見らんね」
既にメグが、反対のドラムを外しており、いつでも参照できるようにしていた。気の利く奴だ。
「緊急ブレーキば接続すんの忘れんで」
「ふいぃ……できたぁ!」
かなり時間がかかってしまったが、4回同じ作業を繰り返して注文完了! ちょくちょくヘルプが入ったとはいえ、俺も作業に貢献できた。
「Good job! やったやん」
とびきりの笑顔が弾けて、両手でサムアップしてくれた。ああ、なんとも心地よい気分だ……。
「けど、ちゃんとできているか不安」
「大丈夫やろ。ウチしっかり観とったし、ダッドも最終確認するけん心配せんでよか」
「レイナ、先上がる!」
向こうから、ダッドのしゃがれ声が飛んできた。壁時計を見ると既に19時。シャッターの外も黒い帳が降りつつあった。
「ごめんシン。はよシャワー浴びたかろーけど、ちと手伝ってもらってよか? 床の清掃ばせないかん。先にあん人が浴びるけん、今上がってもどうしようもなかし」
なるほど。気づくと俺のツナギはもちろん、顔や腕もグリスや煤で汚れていた。そして、“上がる”と聞いたので、緊張が解けたのだろう、疲労がどっと襲ってくる。
「あ、俺は一番最後でいいよ」
そう申し出ると、彼女はポッと紅葉した。
「先入って。ウチん後やと、恥ずかしか〜」
「そっかそっか。じゃ先に」
ゴミを捨てたり、オイル清掃をしたり、ダッドが出しっ放しにしている工具を壁にかけ直したり、パーツキャビネットやボトルやスプレー缶を整理したりした。明日の準備も大変だな。その時、別の声が届いた。
「レイナ、ダッド上がったよ」
「あ、マム。ちょうどよかった。シン、シン!」
あちらで大きく手を振っている。小走りで行くと、母親らしい日本人女性がいた。
「昨日言とったベストフレンド、シィニチくん。で、こっちがウチんマム」
「南恵子と申します。レイナがいつもお世話になっているようで」
「お、大宮伸一です。こちらこそ、いつもメグさんに……」
「ねぇレイナ、彼も仕事したの? ごめんなさいね、そんなことしなくてもよかったのに」
「ダッドよダット。“ガレージはホテルじゃねぇ”ち言うて、無理やりさせよった」
「もう……」
眉根を寄せて、申し訳ない顔を見せた。この人は金髪でも青い瞳でもないから、一見親子に見えないが、顔のパーツの作りはメグに似ているのな。
「いえ、いいんです。こういう機械いじり前からやってみたかったし」
「お世辞んうまか。とにかくくさ、まだコンピュータ周りん書類が片付いとらんし、“10x12”がなかけん探さんといかん。やけん、シンば先ん入れて」
しばらくはこんな感じになりそうですが、出来るだけFPSネタも織り込みたい。