【e3m7】フラグは次のフラグ
今回はインターミッション的な感じであまり面白くはないです。
「……え? てことは、当分あのままですか?」
学校の公衆電話で、立ちくらみがした。今話をしているのは、“よく”お世話になっている建築業者さんだ。何度も爆破された家を、ゲーム的速やかに立て直してもらっている。今回もそのつもりだったが、“オーダーが立て続けに入っていて、俺の家はキューの最後”とのこと。唖然としながら、ゆっくりと受話器を置く。
「YEEEEEE-HA! シン、シン! Mornin’♪」
陽気で、よく通る声が廊下を突き抜けた。軽快な足音が近づいてくる。
「メグゥ……」
今回はしてやったりで、いつも以上に弾ける笑顔だ。しかし俺は歎じずにいられようか。睨め付けるような眼差しをくれてやるが、彼女は全く気にしない。
「すごかったろ? 楽しかったろ? なああん、そん顔。もしかして爆薬ん足りんかった?」
「んなわけねーだろw」
あのキャニスターだけで、俺の部屋は文字通り消滅。それどころか、家屋全体にも被害があり、形では半壊だが、もう住むことはできず実質の全壊だった。ブラスターまで起爆していたら、相乗効果で全てが消し飛んでいただろう。
「けど目覚めはスッキリ。イベントは大成功」
「うおっ! お前いつの間に……」
気付くと、小早川氏が俺の後ろに立っていた。
「よかったやん。朝課外にも身が入ったろ?」
「家の着工が遅れるから、ホームレスになりました。勉強どころじゃないっす」
「Uh-oh」
「あ〜どうしよう。通帳やカードも失って、金も下ろせない。財布は空っぽ。今からサバイバルゲームじゃん俺……」
孤島ならまだしも、ここは文明社会。大抵の食べ物や建築材料は所有財産で、勝手にインタラクトすると、窃盗になる。
「部室に泊まれば?」
「不審者で通報されるわっ! ただでさえ白い目で見られているのに」
「カレンの家に――」
「サバイバルの方がマシ!」
あの一家は、多分迎えてくれるだろう。だがね、奴の家族と根城とあっては、四六時中カレンにヘコヘコ迎合請け合いだ。昼夜、喚き散らす金切り声を聞き、ゲームに付き合い、フラグまみれ……ご遠慮申し上げるぜ。
「鹿島さんは?」
「あいつにゃ迷惑かけたくねぇ」
家族の世話、家事、勉強があるだろうし。とてもお邪魔はできない。
「あ。ミーガン、そろそろ授業に遅れる」
「Oh yes……シン、先ぃいくばい」
まるで他人事だな。彼女らもカレンと同じように見えてきて、失笑した。
ヒロインとは、往々にして迷惑をかける存在だ。んなことわかりきったことだろ? もうね、自分の悲運を受け入れたよ。俺の人生は、ヒロインどもから理不尽に翻弄され続けるのだ。いわば濁流の中の身。あらがっても無駄だ。そうだろ?
今、半壊した家の軒下で腰掛けている。天気はあいにくの雨。
「自分の居場所がなくなると、こんなに辛いものはねぇな……」
ふと俺の従姉妹の顔が、頭の中を過った。
「辻さんの家はなぁ……」
一番頼るべき親戚だが、気が引ける。その理由は、奴の家で飼ってる犬だ。もうね、他人の気配を感じると、終日吠えまくる。外に繋いでいてもだ。そのため、俺が泊まった時なんぞ、近所から苦情が出るらしい。
自分の脛をちらりと見た。とっくの昔に完治しているが、その歯型はまだ残っている。一度、縫うほど噛み付かれたからな。以来、できるだけあの家を遠慮しているし、向こうも気の毒なんで、人が集まる折にはペットホテルに預けている。警戒心が強いので、番犬にはもってこいだが、そのペットホテルでも手を焼くらしい。
ガサガサと手元の袋を開けた。
「うんめぇ……」
賞味期限はとっくに終わり、固くなったバターロールを噛みしめる。
「こんなことになるなら、もっと残しておけばよかった」
所持金がないこの身にとって、今これほど大切な食料はない。無味乾燥だ何だと散々罵りながら食ってたパンも、手元の残り1つ。明日にと思ったが、食欲に負けた。空の袋を見てると、泣けてくる。
「ううっ、なんで塩味がするんだろ……」
あーもヤダヤダ、何も感じないように、心のスイッチを切ってしまおう。昔はよくそうしてきたじゃないか。
折れた梁や建築材が、無残に露出する家を見上げる。辺りはしんと静まり、天候も相まって、一層悲惨に見えた。災害にあったようなものと思って……いやヒロイン災害そのものか。
再建の目処も立ってないし、先が思いやられる。口の中のバターロールは無くなった。やることもないので寝る。フローリングが固くて、冷たい……。
「ねぇ、また朝までゲームしたの?」
次の日、俺の姿を見た鹿島は、呆れ顔だった。通常を装っていたつもりだが、流石だな。
「あ? ああ」
「満足に食べてないでしょ? それに変なとこで寝た?」
ズバズバと俺のステータスを的中させる。
「お前さ、人にカーソル合わせると、その健康状態を観るスキルとかあんの?」
「そんなの使うまでもないよ。いつも以上に気だるそうだし、後ろから見てて、しきりに背中さすっていたから。くしゃみも9回したよね?」
「お前に隠し事はできそうにないな」
「てことは、やっぱ何かを隠してる?」
墓穴を掘りました。しかし、破壊された家のことまではわからないようだ。いらぬ心配をさせないため、事の顛末を教えるつもりはない。身長差があるので、鹿島は俺を少し見上げた。俺の顔に書いてある情報を、必死でスキャンしているのがこそばゆい。
「ま、聞いたところで教えてくれないんでしょう?」
シラを切る所まで読み切られてしまった。
「カレンちゃんと私、もうエピソード完了しているからね。メグちゃんと小早川さんとで、なんとかするんでしょ? けど――」
普段でしゃばらない鹿島が、珍しく念を押してきた。
「大宮くんの健康が、著しく損なわれそうな場合、私も出てくるから。あ、メグちゃんが来たから引くね。くれぐれも状態異常には気をつけて」
返事をする前にさっと消えやがった。入れ替わりで、メグが登場。
「シン、どげんね?」
昨日のことを気にしてか、少し気まずそうだ。
「ようメグ。お前さ、オックスフォード山菜百科事典とか持ってね?」
「なんば言いよっと?」
「いや、フードを探さないといけないから」
流石に廃棄弁当を乞うまではしたくない。いよいよニーズが極まるなら止むを得ないが、最近は衛生管理に厳しいから、どこも縦に首を振らないだろう。
「そんことばってんくさ、シン。ほなこつごめん! こんとーりたい!」
とパチンと粋な音を立てて合掌する。
「え? いや、別に怒ってないよ。マジで」
「けど、いたらんことしたのウチやし。そこでたい。昨日考えたとばってん、ウチに来んね」
「え? いーよそんな迷惑かかるし。ちょっと我慢すればいいだけで」
「あんね、もうファミリーには話ばつけとると。みんなオールウェルカム。それにくさ、昨日から天気ん悪かろ? シンも寒くて濡れるのは嫌やろーし」
確かに。コアゲーマーなんで、粗食は我慢できるが、寒さと悪天候だけは耐えられん。窓の外は曇り。今俺は完全にネットから遮断されたので、天気予報すらわからない。
「それに、もっとウチと話んできるやろ? ね? ね? ホームステイせんね」
ははあ。さては後のイベントの前座のように思えてきたぞ、昨日の爆破事件は……。
次はいよいよ本格的な展開になりますが、一応は方向は決まっています。ただ、クライマックスからはどうしようか悩み中です。ゲームのネタも仕込まないといけないので、また時間をもらいます。