【e2m20】負の9コンボ
本当に遅れて申し訳ないです。
この負のコンボはなんだろう。雨が降って、先輩にフラグされて、リスポーン場所がショッピングモールで、先輩の駄々に根負けして、鹿島かカレンは交流に行ってると勘違いして、鹿島のお母さんが倒れて、病院でノロが発生して……。7コンボか。これだけ喰らえば、もう終わると思ってたのが甘かった。
「え……フクちゃん倒れた?」
血の気を失った鹿島は、力なくペタンと座り込んだ。職員室が何事ぞと見つめる。
話によれば数日前、彼は部屋でぐったりしている所を発見された。周りからは死角で、スマホゲーをやっているとばかりに思われていた。
『面会はご遠慮下さい』
当然だ。今や病院も学校も、今後の療養や指導方法でいとまなしだ。フクちゃんとその家族には、不憫でならない。もはや、『交流行けなくてごめんね』レベルじゃない。
「大丈夫か?」
俺は割と冷静に受け止めたが、鹿島は耐えられなかった。そりゃそうだ、色々勉強して交流に臨んだはずだし、何より人一倍優しいからな。青白くなった顔を、両手で覆っている。
「ちょっと気分悪い……」
ちょっとどころではない。身体も声も震えているではないか。
「保健室行こうぜ?」
放課後、担任が鹿島のカバンなどを取りに来た。先生が連れて帰るのか。
先のことをカレンに伝えると、『アンタに任せる』と練習に去っていった。奴も猛特訓の総仕上げをやっていて、なまじっか離れられないのだろう。更新データで、仕様変更や新ブキ追加があって、戦術の再考だなんだ言ってたから。
部活で賑やかになった校内を出て、あれこれ考えながら帰路につく。
「さて……どうするか」
どんよりした雲を仰ぎながら呟いた。俺にはフクちゃんを蘇生させる能力はない。そんなスキルがあるなら、医者がとっくにやってる。
てか今どんな状態だ? まあ面会謝絶なら、良くはないな。メディックの蘇生注射とヘルスパックは役に立つんじゃね? いや、立たないか。お馬鹿イベントの怪我ならいざ知らず、こんなシリアスなイベントではね。例えるなら、通常の戦闘では絶対にやられないキャラが、特定イベントで倒るようなものだ。
ふと気づくと、住宅街がある高台まで登っていた。
危ねぇな……。道中の信号を見た覚えがない。この考え癖を止めないと、いつか車に轢かれそうだ。目下には調整池があって、少し水が張っていた。今は止んでいるが、昨日夜通しで降ったからな。
「それに鹿島、家族の悩みもあったな」
お母さんが怪我をして、持病の経過観察もあって入院中。彼女は大丈夫と言ってたが、やっぱり心配だ。
「俺には問題を解決できないが、せめて支えてやることはできる」
弁当とか飲み物なんか持って行こう。あいつの気分が自動回復するには時間がかかりそうだし、家のこともたまってそうだから。【大宮の恩返し】はもう解除したが、それ以上の恩が、俺にはある。
夜にコンビニに行き、鹿島と弟の食料品を買い、アパートへ向かった。小雨が徐々に強まって、足首あたりまでぐっしょり濡れている。すごい気持ち悪い。
鹿島の部屋の電灯は消えていた。寝てる? 外出? インターフォンを押し、呼びかけてみたが応答はない。
しばらく待ってもダメだった。そして、アパートの住人から怪しげな視線を浴びた。まずい、ここらにたむろしていると、そのうち指名手配度が点灯しそう。
その時、ガサガサとビニール袋の擦れる音がした。振り向くと、小さな男の子が、傘をさしてこちらに歩いてきた。
「お、帰ってきたか」
弟に声をかけたが、やはり一瞥をくれて脇を通り過ぎていくだけ。
「お、おい! これ、腹減ってると思――」
言い果てる間もなく、振り返って彼自身のビニール袋を掲げた。
「なるほど……」
弟は敵を見るような目つきだった。俺、何かした……? すぐに俺に背を向け、ずんずんと歩いていく。
「なあ、姉ちゃんいるのか? お母さ――」
バタンと敵意を示すように扉を閉め、そして拒否するように鍵をかかる。取りつく島もなかった。
次の朝、鹿島はきちんと登校していた。そりゃそうだ、気分が悪くなっただけだし。ただ落ち込み様は相当で、誰とも話そうとしなかった。頬杖をついて、ぼんやりと机の模様を見ている様子は、俺の心情をいたずらにかき乱した。
昨日からすこぶる雨が降って教室中が湿っていたが、彼女の席だけ一層淀んでいる。周りの友だちもその空気を感じ取って、あえて近づこうとはしない。だが俺はフレンドだ。
「よう」
「おはよう」
「雨酷いな」
「うん」
会話終了。憂目も合わせようとしない。
「昨日お家に来た?」
「ああ、弟とすれ違った」
「迷惑かけてごめんね、家のことは大丈夫」
“もう来んな”を、婉曲的に言われた気がした。
「けどおm――」
「しばらく1人にしてもらえる? ちょっとお話しする余裕ないから……」
初めて顔を上げ、俺を見て言った。そこまでされるともう他にやりようがなかった。
昼休みになると、カレンは冬眠から覚めた熊のように、ムクッと起きて食堂に向かう。それ以外は全て寝ていた。もはや寝るために学校へ来てるな。
フクちゃんの状況にも、悲しげな顔を見せただけ。酷い奴と思ったが、彼女にとっては実感が湧かないのだろう。そもそも1日会っただけだから、当然と言えば当然か。
バターロールにかじりつきながら――
「これからどうしようかな……」
と呟く。鹿島の力になってやりたいのだが、そもそもの問題が、フクちゃんとお母さんの病状悪化だ。俺にとって、どちらも第三者的な問題だ。なんともしようがないのが、もどかしい。下手打つと、余計問題を拗らせてしまうかもしれない。
放課後。俺は電車に乗って病院に向かっていた。
面会は許されていないし、できることも何もない。そうわかっていても、そうせざるえなかった。じっと座して待つのが我慢ならなかった。
フクちゃんの安否を知るため? 鹿島のため? わからない……。土砂降りの中、ぼっちらぼっちら歩を進める。通りには人っ子1人、車1台通らなかった。既に受診受付は終了し、病院関係者しかいなかった。
「なんて願い出ようか。面会謝絶を押して来たからな」
彼の入居する病棟に入り、ナースステーションに向かうと、ちょうど良い所に看護師がいた。何か書き物をしている。俺はちょいと割り込んで――
「すいません。俺、フクちゃんの友だちなんですけど、様子を見に来ました」
「今はできません」
「ですね……失礼しました」
よそ者に対して、愛想のかけらもないのな。けんもほろろに拒否られたので、あえなく退散。まあそうだよな、何も考えずに来たのが馬鹿だった。ステルスで、フクちゃんの部屋に忍び込もうかと邪な考えが走ったが、露見した場合、校長の顔にもう1杯の泥を塗ることになる。絶対にダメだ。
「あの……大宮君ですか?」
病棟出入口で、ある女性に声をかけられた。聞けば、フクちゃんのお母さんだった。交流の日、彼と俺と鹿島とで撮った写真を、彼女に送っていたのだ。
「今手術⁉︎」
耳を疑った。倒れた日から今まで、人口呼吸器のチューブを、口から気管に差し込んでいたが、長期間そうすると色々問題があるらしい。そのため首を切開して、カニューレを直接入れることになったのだ。
お母さんは、散々酷使したであろう涙腺に、更に鞭打ちながら状況を話してくれた。
「もう声を聞けないと思うと……」
気管を切れば声を失う。心の準備が必要だが、命の危険には代えられなかった。倒れた時SpO2が60まで落ち込んで、上を下への大騒動だったとか。以前から呼吸による酸素量が少ない、とリハビリで指摘されいた。呼吸が特に浅くなる就寝時には、酸素マスクをつけていたという。フクちゃんが倒れて、声も失うとなると負のコンボは9だな。今意識は取り戻したが、まどろんでいる事も多く、油断ならないらしい。
彼女はバッグから大量の写真を取り出した。全部フクちゃんの写真だ。愛する子どもの顔を見ずして、落ち着けないのだろう。
『この時はこうだった』『あの時はああだった』と説明と共に、お母さんはこんこんと湧いてくる気持ちを吐露する。
きっとこの家庭も苦労の連続だったのだ。フクちゃんが生まれた喜び、病気を診断された絶望、忙しい日々で病気を忘れつつあると、ある日突然進行して後頭部を殴りつける。それにしても、どの写真もいい笑顔だな。
「あの子、病気のことには触れないんです。絶対に。まるで気にもしないように。それでいて前向きでずっと笑って……」
お母さんは、気持ちの整理のために、誰かに聞いてもらいたかったのだろう。化粧が崩れようがお構いなしだった。以前、鹿島に聞いた。この病気を持つ子の親は、病気を持たせて産んだことに自責の念を感じるという。
お母さんは腕時計を見た。もう終わるのだろうか。切開手術は難しくなく、時間もかからないらしい。
「あの……」
俺は思い切って頼んだ。
「俺も鹿島もせっかく友だちになったんで……その、落ち着いたらまた来ていいですか?」
「是非お願いします。あの子も喜びますので」
ここからラストスパートです。早くまた馬鹿イベントが書きたい。