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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【Mission 5】Sniper's Last Stand

サブタイトルがMissonになっているのは、サブタイトル名が某ゲームのMisson5番目と同じだったので、あえてチャプターから変えています。

 2階渡り廊下にいる守備隊(F組アルファの一部)に、先のタンクローリーのことを注意喚起しながら、俺らは購買部に向かって疾走していた。不意に襲来すると胆を冷やすが、知っていればどうってことはない。

 前線に到達。学校の昇降口奥にはホールになっていて、そこを右に折れれば南校舎、左だと北校舎に続く。G組(ゴルフ)が構築した北防衛線の前方にはホールと売店があり、南面にはオプフォー本隊が陣取っていた。けど、変だな? 戦闘は鳴りを潜め、お互い睨み合っているぞ。

「菅ちゃん!」

 地べたに座り込んでいる友軍の中から、カレンはゴルフのリーダーを見つけた。

「桜⁉︎ お前てっきりやられたかと……」

 と、同時に俺を見て――

「主人公がトリガー地点に来たぞ! ドンパチおっぱじめろ!」

 と叫んだ。友軍らが、配置点に瞬間移動し、今までずっと戦っていましたと言わんばかりになった。当然、オプフォーも応戦している。怒声が入り乱れ、塵埃(じんあい)が舞上がり、壁や床がはがれ始めた。あったね。ちょっと横道にそれると、スプリクトが変になっちゃうゲーム。

「俺らは猛攻を耐えてきたんだが……しっちゃかめっちゃかさ」

 何事もなかったように、奴は吐き捨てた。 

「予定通り他学年を追っ払おうとしたが、聞かねー奴がたくさんいてよ。オプフォーは連中を盾として利用しやがった」

 カレンは片手で顔を覆った。

「シビリアン撃つわけにいかねーだろ? ある程度前線を下げたが、これ以上は退けないと、反攻を始めたんだ」

 菅が言葉を止め、戦闘真っ最中のホールを見やったので尋ねた。

「犠牲者が出たのか?」

「さあ。ドンパチがでかくなったんで、わかんねーよ。とにかく、さっきまで購買部は俺たちの圏内だったが、今はどっちつかずだ」

 まずいな。オプフォーは、休み時間いっぱいまでこの状況を続ければ勝ちとなる。そうなると、唐揚げパン争奪戦は次の休み時間に持ち越され、結果的にブルーフォーは負けである。

「んで、外を見てみろ」

 菅はあごをしゃくって、勝手口の方を示した。北校舎に並行して伸びる私道があり、その真ん中に軽自動車が停車している。

「あれっておばちゃんの車じゃん? なんであそこに?」

「敵スナイパーが体育館2階に陣取っていて、車を破壊した」

「マジィ⁉︎ 鍵回収してないの?」

「回収班を突入させたが、ピン倒しのように次々と射抜かれてよ……まいったぜ」

「でも、味方は後ろから何人でも補充されるんじゃない?」

「重要パートなんで、やられたらそれまでだ」

 カレンは口をへの字にして黙った。

「じゃあ、死角から接近したらどうだ? 例えば、昇降口から出て体育館の壁沿いに進むとか」

 俺も口を挟む。いくらスナイパーとて真下は射界外だろう。

「ダメだ。昇降口の扉に近づくと、“LOCKED”と表示される。勝手口からピロティーに進むと、透明な壁でコリジョン、運動場まで迂回すると“ミッションエリア外に出ようとしています”と警告される」

「はぁああぁぁ? なんなのよそれぇ!」

 ははぁ。完全な1本道にするため、他のルートは不自然にブロックしているのか。つまり、必ず狙撃を受けながら道路を突っ走れというパートだ。

「だから、途方に暮れていたわけよ……」

 そこに俺が到着したわけか。嫌な予感がする……。

「シンイチ!」

 カレンが俺の肩をがっしり掴んだ。

「丁重にお断り申し上げます」

「一見無理そうなイベントをクリアすんのが主人公っしょ? そうしないと進まないんだからっ!」

「外出た途端、狙い撃ちにされるわ!」

「けど大宮。今いる面子で、お前がFPSに長けてるだろ? 俺らは素人同然で、もっと言えばゲームの背景なんだよ。とてもあのスナイパーをかい潜れるとは思えん」

「そうそう、アタシも無能な味方キャラだし」

 お前こそ事実上の主人公だろ……。まあ正直、こいつがスナイパーのエイムを避けるとは思えない。目の前に目標アイテムがあると、真っ直ぐ突っ込んでしまうから。

「俺だって上手くいくとは思えん……スモークとかないのか?」

「すまん。さっきの回収班で消費した。また徴収して数揃えるには時間がかかる」

「無理ゲーだな……」

 再び勝手口の外を見た。車まで約50メーター。俺のスタミナメーターが丁度切れる距離だ。しかし、スナイパーとの間に何ら障害物は無い。マジで絶好の的になるな。

「あ、時間ヤバッ! ちょっと早く行きなさいよっ!」

「押すな押すな!」

 もうウォーゲームの様式を、そのままなぞっているじゃねーか。厳しいパートを、『お前しかない!』と言われて、有無を言わさず行かされる。ほんと、スプリクトガチガチだな⁉︎

「ハァ〜どーなっても知らんぞ」

「絶対回収してくるのっ!」

 諦め半分、自分のロードアウト画面を出した。RPGのインベントリ画面な。

「いらん。これもいらん……」

 スマートフォン、グロースティック、フレア、フラッシュライト、マルチツール、ガスマスクとフィルター、ナイトビジョン、コンパス、マップ、そしてルガーなど……不要なものを次々とドロップした。

 俺の周囲はそれらアイテムで散らかった。ちなみに財布は捨ててない。アイテムとしての財布は存在しないからな。

「ダメージアンプリファー(・・・・・・・)まで持ってんだ……」

 呆れながらも、カレンは俺の意図を察したらしい。最後にチプカシを外して……よし、服以外捨てるもんは全部捨てた。気のせいかもしれないが、体が軽い……気がする。

「んじゃ行ってくる!」

 心の準備をしようとすると、返って躊躇するので、“さもあらばあれ”と飛び出した。どーせやられても激痛食らって、唐揚げパンが食えないだけだ。深く考えるな!

 全身で受ける風が強く、それを切る音も高い。アイテムを全部捨てた甲斐があったな。確かにスプリント速度が上がっている……気がする。

「さっさと撃ちやがれ」

 それに呼応するように、バシューンと不自然に強い残響を加えながら、空から“フラグ”が降ってきた。弾道は見えなかったが、そのポジションは高い。後方に着弾したのだろう。初弾は大きくミス。

 だが次から問題だ。奴は一旦呼吸を整え、改めて狙ってくるはず。体育館2階の窓の1つが開いており、スコープが太陽光を反射した。まあ、相手の位置がわかっても、何もできるわけでもない……。そろそろ息を止めて狙うだろう、3、2、1……!

 ビューンと弾丸が頭上を通過。今のはかなり際どかったが、スライディングで回避成功。アスファルトでも滑れるのな。

 一方的にやられっぱなしなのも癪なので、俺はスナイパーを煽るジェスチャーを実行。奴の心理的安定を崩す。

 もう直線移動は使えないな。奴が慣れれてしまえば、偏差射撃で射抜かれるからな。だったらジグザグ走行だ。急停止、スプリント、ジャンプ、スライディングを加えるとさらにエイムは難しくなる。奴の射撃間隔が短くなった。明らかに動揺している。あと何発でリロードだ? いや、もう車という障害物だ!

 ちょっと気が緩んだが運の尽きだった。不規則な動きのせいで、道路の減速帯に足を引っ掛けてしまった。そのままふらつき地面に倒れそうになる。


 鉛が肉に食い込む衝撃が走った!


 視野は真紅に染まり、ぼやけ、心音がかつてないほど大きくなった。手足に力が入らない。唇が痙攣(けいれん)し、叫びたくても声のない喘ぎしか出てこない。肺が破けそうだった。しかし出血や外傷は見えない。フラグは免れたが、もう取られたのも当然。ぺたんと座り込んだ俺は、体育館を仰いだ。スコープが光り、次の一撃をまさに放とうとしていた。脳内でクライマックスの曲が流れていた。


 爆発!


 弾頭が尾を残しつつ、スナイパーの窓に飛び込んでいった。

「シンイチー!」

 甲高い声が聞こえた……。

 パンツァーファウストを撃ち込んだのか……。

 よくやった……けど……ちと遅かったじゃないかバカ……。

 本来なら血まみれであろうが、弱々しく親指を立てた。

 全身の感覚がなくなってきたせいか、痛みすら感じない。

 ああ……もうダメだな。

 カレンが駆け寄ってくるのがわかる、俺は今にもフラグしそうな表情をしているだろう。脳内で流れている曲はセレナーデだ。

 これから必死に『死なないでっ!』と泣き叫ぶカレンが俺の手を取り、ブラックアウトしていくのだろう。そしてクレジットへ…………行かなかった。


「自動回復……」

「バッカじゃん! 転んだぐらいで死にそうな顔してるし!」

 撃たれたのわからなかった? まあ出血描写がないので、遠くからでは無理もないか。

「そんなことより、鍵!」

 カレンは軽自動車に近寄る。俺は気だるく立ち上がり、尻や背中についた汚れを払い落とした。

「シンイチィ! アンタが来ないと先進まない!」

 カレンは目を三角にして、拳をブンブン振り回す。ミッション途中でもいいから、主人公って代われないのかね? 車に近づくと、購買部のおばちゃん(レトログラフィック)が出てきて、ガクブルし始めた。

「プリーズ! マーシー! アイハブ ハズバンド アンド チルドレン!」

 とか、

「アー!(絶叫)」

 とか、こんな台詞を繰り返している。

「あのー売店の鍵下さい」

「ユー セーブ マイ ライフ! サンキュー!」

 角ばったポリゴンの手から鍵を貰った。

「っしゃ、戻る!」

 弦から放たれた矢のように、カレンは勝手口に駆ける。はぁ……すげー元気だよなぁ。スタミナメーターなんて、俺の3倍はありそうだ。


「え……⁉︎」

 勝手口に戻って、ドロップしたアイテムを回収しようとした。けどチプカシしか見当たらない……。誰かルートしたのか? スマホ盗まれるとかなり困るんだが。地面を見回していると――

「何やってんの⁉︎」

「いや、俺のアイテム……」

「消えた」

「は?」

「ゲームのアイテム処理みたいに、沈んで消えた」

「えええ⁉︎」

 だから、一番最後に“捨てた”チプカシだけまだ残っていたのか。

「どうしよう……」

「はいはい、後から悩んでちょーだい」

 頭を抱える俺を、彼女は力づくで引っ張っていく。まさか、こんな形で全所持品喪失イベントになるとは……。

「おい! 補充は終わったか? 最後の打ち合わせをするから班長は集まれ! 後7分しかねーから、もたもたすんな!」

 菅が大声をあげると、ゴルフとフォックス、そしてホテルの残りが集まった。

「鍵がやってきたんで、最終確認するぞ。さっき探りを入れられたが、これを撃退して、また睨み合いになっている。俺たちは購買部に接近したが、敵から丸見えなのでうかつに近寄れねぇ」

「じゃ神速の回収ってワケね」

 カレンが口を挟んだ。

「そうだ。今から1分後の10時59分に攻撃を開始する。まず、カールグスタフを敵陣に3発撃ち込め。3発目発射と同時に、ゴルフがホールまで出て煙を焚く。大宮、俺が合図したら店内に突入しろ」

 また俺ですか。“重要な作業は、周囲に仲間がいても、必ず主人公が行う”という様式を、頑なに崩していない。

「店のどこにあるんだ?」

「知らん。自分で探せ。ほら、これがパンの代金だ。レジに置いとけよ」

 イベントのクライマックスとなる攻勢のため、菅の真剣っぷりが半端ない。こいつとはカレン経由の知り合いなので、親しいわけじゃないが、普段はもっと軟派な奴と聞く。ちょっと恰幅がよく、整った顔とは言えないが、話が上手いので人気がある。

「聞いてんのか? ホールに障害物はないので、あまり持ちこたえねぇ。30秒で回収しろ」

「20でいける!」

 カレェン……回収するのは俺なんですけど……?

「じゃあ20で。お前らはありったけの弾を撃ち込んで、頭を引っ込めさせろ。一斉にリロードすんなよ? フォックスとホテルは、後方で待機して、大宮がカーゴを持ってきたら援護しろ。以上だ、すぐに配置につけ」

今回も読んでいただきありがとうございました。

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