【e2m17】第2回交流及び共同学習
一週間以内でできました。
昨日と同じ駅に降り立った。今日はカレンも一緒だ。鹿島は、『わざわざ来てくれてありがとう』と感謝しつつ、さりげなく注意を織り込んでいた。『暴れるな』とか『汚い言葉を使うな』とかだ。まあ、流石のカレンも院内では猫かぶるだろうし、今日の内容も大丈夫だろう。
「オッケー、盛り上げればいーんでしょ?」
「お前、今日良かったの?」
彼女に予定を聞いた。ここ最近、色ぬりゲームの大会に向けて、SNSで募った面子と猛練習している。俺は関与してないが、相当やり込んでるはずだ。放課後矢が放たれたように帰って、全然PCゲームをしていない。
「これ終わってから練習行く」
「最近詰め込んでるでしょ? 無理しないでね」
「……ここんとこスランプなんよ」
顔に暗い影を落とした。なるほど、昼休みに突如喚き出して周囲を驚かせてたが、やっぱあれゲームだったんだ。てか、教室ですんなって話だが。
「マウスなら無双できんのに。あーヤダヤダ!」
多分こいつ、気分転換で交流に参加したのだろう。
「今日は友だちを連れてきました」
見知らぬ環境に、キョロキョロするカレン。鹿島はそんな彼女に、肘でちょいと突いて自己紹介を促す。
「あ、桜カレンで〜す。よろしくお願いしまぁす」
「今日はボッチャとボウリングですが、カレンちゃんがいると、場の雰囲気がパッと明るくなって盛り――」
「パッと“爆発”の間違だr―― い゙ッッデェえあ!」
足先を目一杯ストンプしやがった!
「ゾンビの頭じゃねーだろ!」
「えw?」
笑顔でカマトトぶるなこのヤロー! そして、鹿島も何事もなかったように笑顔で司会を進める。
「こんな感じで仲良しです。実は私たち、東高等学校eスポーツ同好会なんですよー」
「おーすごいね。何のゲームやってんの?」
電動車椅子に乗った、交流相手校の生徒である“フクちゃん”が、興味深げに聞いた。周りを見ると、今日は小中学部の児童生徒も参加するらしい。
「いや……できたばっかりなんで機材も何もないです……はい」
目をそらし気まずそうに返答する。まあ普通『eスポーツやってる』と言えば、タイトルを尋ねてくるよなぁ。もう電子遊戯同好会にした方がよくね?
「あっそ。僕らも作ろっか?」
「ゲームしたい」
小学部の児童がポツリと言う。中学部の生徒は、窓の外を見てニコニコしていた。昨日のオリエンテーションで、知的な遅れがある子どももいるが、反応に乏しくても、たくさん話しかけてほしいと言われた。
「というわけで、今ウチにもeスポーツ同好会ができました。今日はそのチーム分けにしない?」
「うーん、せっかくの交流なんで、お互い混じり合った方がいいかな」
「なるほど、じゃグーパーだね」
【赤サイド】桜っち・フクちゃん・梢ちん
【青サイド】宮くん・小学部の児童・中学部の生徒
チーム(ボッチャではサイドと呼ぶ)分けが決まったので、早速プレー開始だ。
「うっしゃ! いくぜ」
カレンは白い的球をソフトボールに見立て、ピッチャーのまねをしていた。どこまで投げる気だよ……。訝しげな鹿島の隣で、フクちゃんは笑っていた。
ちなみに正式なルールではやっていない……正確にはやれない。例えば、病院から学校に貸し出されたスペースでは、ボッチャのコート基準に満たないので、チーム戦用のスローイングボックス(横一列に並んだ各選手の投球スペース)は中央1つである。
俺は昨日動画で観たので、『簡単じゃね?』と思ったが、そうは問屋が卸さない。カレンはそっと下手投げしたものの、変化球並みにカーブしたからだ。
「ちょっ! なんなのぉ⁉︎」
「ここの床ボコボコだから」
「早く言ってよぉ……」
フクちゃんはニヤニヤしていた。なるほど、そりゃ難しい。
泣き言を並べるも賽は……いや的球は投げられた。これから俺らは、自分たちのボールを、この的球に可能な限り近づけるように転がす。
ルール上、カレンが続けて投げることになっている。が、その前に彼女は地面に伏せた。その姿の可笑しさに、小中学部の児童生徒も彼女に目線を向けていた。鹿島は、『行儀悪すぎ』と頭を抱えた。
「アハハ、そこまでする?」
フクちゃんがつっこむものの、カレンは測量に夢中だ。
「ここ傾いてない?」
「かもね。前の地震で、亀裂いっぱいできたし」
カレンは測量データを元に投げたものの、的球を大きく外した。
「うげっ!」
「力みすぎだバカ。こんな失態じゃ、お前アサルト失かぐっはぁい゙っデェエエぇ……!」
「宮くんの頭は的球じゃないwww」
「カレンちゃん……」
「フラグしてないからセーフ」
!実績解除!【目の前が真っ赤だ】
:条件:フラグ寸前で生き延びた。
外が柔らかい革(転がりを抑えるため)とはいえ激痛じゃん! 直撃した部位から、押し寄せる波のようにドックンドックンと痛みが引き起こる……。
「大丈夫?」
鹿島がフクちゃんの身を心配した。カレンの一撃が笑いのツボに入ったらしく、咳き込んでいるからだ。俺を心配しろってのっ!
「桜っち最高wwww 呼吸困難で窒息しそうゲホッゲホッ!」
「ありがとー! ほら、次アンタっしょ。さっさとしろ」
「いててて……」
「はい。ヘルスパックどうぞ」
真っ赤な視界が元に戻ると、呼吸を整えゆっくりと転がす。良い一投……とは言えないが、カレンのよりは近い位置だ。まずまずかな。ルールでは、次からは的球に遠い方が投球する。そして、球は各サイド6個所持しているので、各人2回投球できる。
「ウラッ!」
カレンがボウリングの如くぶん投げた。俺の球を弾き飛ばすつもりだ。んな簡単に当たるかバカ……あ、ビリヤードのように青球は外側にはじき出されてしまった。そして赤球はすぐその場に停止。
「ブンダバー!」
わざと目前で来て、嫌らしく大声を発する。むかつくわ、普通に転ばせば良いものを、嫌がらせのためにぶつけやがったのだ。次は、俺の番だ。今度はちと振りを弱m――
「ハックショオオォイ!!!」
「!!!」
球は落下、すぐそこに静止していた。カレンは、してやったりの白々しい表情。流石の鹿島も何か言いたげだ。これはお馬鹿イベントじゃないからな。けど相手校の人々は、カレンの一挙一動を楽しんでいる。多分、こんな稀に見るバカはいないから、新鮮なのだろう。女の子(生物学上は)というのもあるし。こいつの内面を知らないなら、まあ可愛く見えるし。
「チッ……まあいいや。次〇〇くん、頼むぜ」
「バズーカ取って」
「え?」
「バズーカ……」
「パンツァーファウストならあr――」
「カレンちゃん?」
「あれ」
小学部の児童は、腕が動かないので顎で指し示す。見ると、軒どいだった。ああ、正式な試合でも勾配具、つまり滑り台から転がす選手がいたな。俺がそれを取って、車椅子の股の部分に設置、発射口を的球に向ける。手前の先端を高低にすることで、球の勢いを調節できる。〇〇くんの指示通りにして、発射準備が完了。
「ファイア」
1球目は傾けすぎて、壁際まですっ飛んで行ったが、2球目は的球に対して最寄りになった。
「やったじゃん!」
そう声かけすると、その児童は初めて俺に微笑みを見せてくれた。
次は鹿島の番だ。中腰になり、的球をしっかりと見据える。近くでフクちゃんが見守っていた。
「残念……」
言葉通り、力足らずで届かなかった。
「んんっ! 最初は力加減の探りだからね。そんなもんだよ……んんっ!」
すかさずフォローする中、さっき大笑いの影響が残っているのだろう、彼のむせ込みが続いていた。
「えいっ! はぁ……また残念」
今度は力みすぎだ。且つ床の凹凸で、的球とは反対の方にカーブ。本気でがっくしきてるな、ありゃやらせじゃないわ。
「そんな落ち込まなくても大丈夫、なんとかするよ……オホン!」
電動車椅子に乗ったフクちゃんは、上体を右に傾け、赤球を持った右手をだらんと下げる。真剣な表情になり、エイムモードに入った。場がしんとなり、空調だけが鳴っている。
振り子のように腕をスイングさせて投球。赤球は弧を描いて大きく飛び、さして転がることなく絶妙な位置、つまり的球の隣に停止した。
「キャーすご〜い!」
鹿島が小躍りする。フクちゃんは喜ぶ彼女を見て、顔をほころばせてデレた。
「じゃあ□□くんいきまーす」
彼の影のように側で座っていた先生が言った。多分、□□くん自身で狙うのは難しいのだろう。先生は軒どいの尻をかなり上げ、『白い球見て』『ボール入れて』と声かけをした。すると彼は指示を理解しているようで、自分の手を這わせながら、なんとか軒どいに球を入れた。発射口は的球に定めていたが、凹凸で弾道を狂わされた。2球とも的球の傍をパスしただけ。
青の球は尽き、負けが確定した。しかし、フクちゃんが後1球持っているので、まだ投げることができる。
「ゴホン! もう余裕で投げられるね」
そう言うものの、咳は止まらない。鹿島も何気なく振舞っているが、それを気にしている表情も見えた。もう1つ気づいたことがある。昨日からそうだったが、彼の呼吸が深いのだ。決して激しい運動をしているわけではないのに、深呼吸というか肩で息をしている。狙いを定めている今がわかりやすい。
「すご〜い!」
鹿島の嬌声でハッとした。的球の隣に並ぶ赤球が1つ増えていた。
「フクちゃんすげぇ……」
カレンの称賛すら勝ち取っていた。
「ゲホッ! まあ楽勝だよ……んっ!」
鹿島に向かってサムアップしていた。
的球から近い順に“赤赤青赤青赤青青赤赤青青”という結果となり、赤の勝利である。そして、最寄りの青より近い赤の数がそのまま得点になるので2点だ。青には入らない。
以上の過程を1試合とし、団体戦では6試合行って得点を競うそうだ。まあ俺たちは交流なんで数エンドで終了、赤が完勝した。カレンとフクちゃんがいたからな。彼と鹿島は特に喜んでいた。全員でハイタッチまでしてやがる。俺は取り立て勝敗を気にしないが、
「負け?」
と小学部の児童が悔しげに聞いてきたので、無言で頷いた。もう一人は相変わらず窓の外を見ていた。
次はタブレットアプリによるボウリングの試合だ。
「へぇ……これ体育でやってんの」
と、目利きのコアゲーマーはしげしげと見ていた。
操作は簡単だ。画面を指でスワイプしてボールを転がすだけ。しかもかなりアーケード仕様なので、適当にやってもストライクがじゃんじゃん出る。多分、知的に厳しい人があてずっぽうに指を動かしても、得点が取れるような配慮だろう。
先ほどとは打って変わって、どんどん得点が出るのであまり盛り上がらない。
カレンは顔にこそ出していないが、あまり物を言わない所を見ると、もう飽きているな。俺もそうだが、やっぱコアゲーマーには物足りない。
さっきのボッチャは、健常者と障害者が平等に競い合えるリアルスポーツだった。
一方、これは同様なeスポーツである……と自信を持って言いたいが、やってる俺自身、単にゲームで遊んでいると感じる。こんなカジュアルゲームだからだろうか……。
俺はeスポーツ賛成派だが、反対派の言い分もわかる。“実際に体を動かさないのにスポーツと認めていいのか?”、“人を殺める内容をスポーツとして是認していいのか?”など。
「痛い痛い痛い痛い」
□□くんが突然こう繰り返したので、思考から引き戻された。彼はフクちゃんをしっかり見ていた。咳がいまだに長引いて、辛そうな表情をしていたからだ。つか、さっきより酷くなってないか?
「ねぇ大丈夫?」
ついに見かねた鹿島が切り出した。
「ごめん、ちょっと息苦しいから、吸引しに帰るね」
返事も聞かないままビューンと飛び出した。そんなに苦しかったんだ……。
「あ……うん」
「吸引?」
「チューブで痰とか唾液とか鼻水を吸い出すんだよ。強くむせれないから、苦しかったんだと思う」
「大変ねぇ」
他人事のカレンに対し、彼の後ろ姿を心配げな表情で見つめる鹿島。その後、タブレットを回しながら淡々と試合を消化していく。ゲーム自体もつまらなく、残りの2人は喋ったり反応したりするのが難しい。うちの女性陣が話しかけていたが、やっぱりフクちゃんのことが気になっていた。
「先生、また学校休む?」
○○くんは突拍子もなく後ろの教師に聞いていた。
鹿島が心配していたタブレットゲームも終了した。ただ、正直ボッチャの方が盛り上がって、タブレットボウリングは、いまいちという印象は拭えなかった。余りにもカジュアルすぎるゲームだったからだ。やはり知的・体力的な差があると、どこにバランスを見いだすのか難しいのだろうな。フクちゃんに合わせれば、残り2人がついていけないし、逆にほとんど体が動かない〇〇くんに合わせれば、残りの2人は物足りない。後ろで見ている特支の先生、授業の作り方に苦労しているんだろうな。
「では、明日で最後になります。えっと内容は……合唱と寄せ書き交換ですね」
げげげ、歌かよ⁉︎
「私は大丈夫だけど……どう?」
「無理っす」
「まだ気にしてるの?」
「アハハハハァ〜、今思い出してもウケるぅ」
俺は歌唱が苦手で、中学の“お別れの歌”の練習中にひねくれて黙っていたら、音楽の先生に見つかって、前に出されて無理やり歌わされたのだ。それはもう“セルフフラグ”してしまいたいほどの音痴で、学年の笑い者となった。
「絶対に歌わんぞ……絶対だ!」
「上手に歌うわけじゃないから。歌詞カードもあるし」
「自分で自分をミュートにする」
「そこまで? まあともかく、明日で交流は最後になりますが、会えるのが最後になったわけじゃないので……って明日言う台詞ですね」
こんな感じで第2回は終了した。フクちゃんが欠けたので、何となく消化不足の感じが否めなかった。
カレンは終了と同時に駆け出した。今走れば、次の列車にギリギリ間に合うとか。一方、俺らは急ぐ用もないので、のんびりと歩いていた。
「結局帰ってこなかったな」
「うん。もう時間なかったからね」
「大丈夫かぁ?」
「だよ。自力で帰ってたし、病院の中だし……あのさ、合唱なんだけど」
「歌わんぞ?」
「あのね、最後だから場が白けるようなことはやめてほしいな。ブスッとしている方がみっともないよ」
正論を諭すように言われると、窮してしまう。沈む日に照らされた、素朴な鹿島の顔立ちも拍車をかけた。
「せっかくみんなと大宮くんに縁ができたし、私もすっごく助かってるから。おこがましいとは思うけど……お願いっ!」
「チッ……検討するわ」
「ありがとう。歌詞カードは後で送るから。寄せ書きは明日1人1人に書いてね」
「へーへー」
「あと、みんなのぬいぐるみを作ったんだ」
「へぇ喜ぶんじゃね?」
こいつの趣味であるハンドクラフトか。さすが鹿島だ。
「それにしてもさ、無事終わりそうで安心したよ」
「俺の助けいらんかったな」
「そんなことないよ。大宮くんがいたからトラブルがあっても対処できたし。それに……本当はね……1人で心細かったんだ。だからすっごく感謝してる」
目を細めた、心から満ち足りた微笑みだった。
「そっか」
俺は内心どぎまぎしていたが、それをそっけない言葉で隠す。俺は自分で自分の顔を見れないのでわからんが、どんな顔をしているのだろう? まあともかく、当初の卑しい目的とは違って、なんだか感慨深い。つまり、色々知ったからな。難病と戦いながら病院で暮らす生徒のこと、その学校生活や日常生活の一部、あと障害者にとってのeスポーツの可能性も。鹿島もきっと同じことを感じただろう。一緒に共有できて良かったな。
その後、さして会話もなく列車に乗って学校最寄りの駅で降りた。
「私買い物があるからこっち。じゃあね」
帰路につく主婦やリーマンに混じって見えなくなるまで、彼女を見送った。恥をかかせないためにも、課題曲を調べておくか。
今回も読んでくれてありがとうございます。