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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e2m16】鹿島家の事情

今回も面白いネタはありません。つなぎの部分です。

「ただいまー!」

 室内は明かりもなく、しんとしていた。

「おかーさん起きてるー?」

 トントンと廊下を奥に歩いていく鹿島。俺は玄関で待つ。すると、かすれ声が漏れてきた。

「あらぁおかえり……今何時? もうこんな時間?」

「あっ、また飲んでない」

「調子が良かったのよ」

「退院したばっかりでしょ」

「お金の節約にもなるし……」

「ちょっと大宮くん来てる」

 気まずそうに小声で叱る。

「あらぁ? いらっ――」

「そんな格好、見せないでっ!」

 このお母さんは、鹿島曰く“世話の焼ける人”らしい。体が強くない上、自立生活のための知能指数が、やっと足りているレベルとか。時々話す感じ、そうとも思えないのだが。

「着替える前に飲んで……秀太は?」

「遊びに行ってるんじゃない?」

「大宮くぅん、ごめんお部屋で待ってて!」

「いらっしゃ――」

「だから着替えようね?」


 許可を得たとはいえ、主なき女子の部屋に入るのは気後れする。しかし、突っ立っているのもしょうがないしな……。鹿島の部屋は、今時の女子高生のイメージから程遠い。小学生の頃から使っている学習机、簡素なベッド、小さな棚、クローゼットしかない。女の子らしいものといえば……手作りのぬいぐるみが棚に飾ってあるぐらいか。

 机の本棚には、参考書やら看護の書物やらがびっしり並んでいる。それらはクタクタに折れ曲がって、付せんが貼ってあり、手垢もついていた。

『卒業したら、すぐ就職したいな』

 進路の話になった時、こう言った。ネットで銃撃戦に興じる俺やバカには、耳の痛いことだ。

「お待た――座ったら?」

「あ? ああ……」

 すると、鹿島は思い出したようにすねて、

「申し訳ないですね、女っ気がなくて、消毒液臭くて」

「そんなこと思ってないが?」

「中学の時忘れた?」

 口をとんがらせてあっちを向く。

「忘れた。それはさておき、やろうか」

 俺が鹿島の家にお邪魔した理由。それは、さっき彼女が最新のタブレットとタッチペンを買ったので、その初期設定とガイダンスのためだ。買う前に、何度も『よく考えてろ』と言ったが、聞かん坊だった。

 フクちゃんが巧みに使っていたのに驚き、『私も頑張らないと』と思い切ったのだ。加えて、今日の医療現場のIT化というのも、背中を押したらしい。タブレットとクラウドで患者の健康情報を管理する云々があって、予め操作に慣れておきたいとか。

「そこがミュートで、下が音量調節……メモらなくてもよくね?」

「忘れそうで……あ、さっきのボウリングのアプリ覚えてる?」

 律儀なことよ。明日に備えて練習するのか。

「さあ。検索で出てくるんじゃね?」

「そだね……操作難しいな」

 そう言うものの、彼女はパソコンで文書作成、表計算、プレゼン作成、動画編集ができる。なので、要は入力方法の慣れだろう。俺が来る必要もなかったが、彼女の希望あってのことだ。

「明日盛り上がるといいね」

 彼女は画面に目を落としながら言った。

「そんなワーワー言う奴いないだろ」

「けど競技だからさ、盛り上げ役がいた方が絶対楽しいよ」

「わかるが、いないものをどうや――」

「……あっ」

「あっ(察し)」

「どう?」

「元々お前の行事だから何も言わんが、呼ぶ前に釘刺しておいた方がいんじゃね?」

「流石に病院で暴れることはないと思うけど、まあ一応」

 どうやら思い浮かべた人物は一緒のようだ。お互い誰とは言わずとも話が進んでいく。その時、ドアが開いた。

「いらっしゃい。ごめんね、こんなのしかなくて」

 鹿島のお母さんが、お盆にお茶とクッキーを持って入ってきた。俺は『ども』と軽く会釈する。鹿島が疑惑の目を向ける。

「ねぇ、それ賞味期限大丈夫?」

「……どうかしら」

「大丈夫っす」

 俺はそのクッキーにかじりついた……完全に湿気っとるわい。まあ、変な味はしないけど。

「問題ないぞ」

 お母さんはウフフと笑った。髪はショートだが、あのタレ目は娘そっくりだ。いや、鹿島がお母さんに似たのか。

「ゆっくりしていってね」

 そう残して、部屋を出た。

「お茶は大丈夫かな。この前すごかったんだよ。こんなにお茶っ葉入――」

 突如ガタンッと、ドアの向こうで落下音がした。

「あーあーおかーさーん?」

 うろたえず、もうわかりきった様子で、鹿島は立ち上がる。ドアを閉めて去ったので、その様子は分からないが、会話だけわずかに聞こえてくる。

「ちゃんと飲んだのに」

「すぐに効き目は現れないよ。どこか打った?」

「大丈夫。お茶渡した後でよかった」

 そんな問題じゃないでしょ……と心の中で突っ込む。

「安静にしてて。血糖だけじゃなくて、他にも爆弾抱えているんだから。もう火や包丁使っちゃダメだよ? 作業が終わったらご飯作るから」

 リビングまで連れ添った後、何食わぬ顔で戻ってきた。

「大変だな」

「慣れたよ。まあ外は危ないけどね。事故にあったりするから」

 その落ち着き払った横顔は、立派な看護師のそれだった。よく考えれば、こいつの取り乱した姿って見たことねぇな。俺がフラグされようが、お馬鹿イベントに突入しようが、驚き呆れることはあれど、大童になったことはない。

 俺の隣で体操座りをして、ぼんやりお母さんのことを考えているのだろう。タブレットは放置していた。

「お前って、もっとおっとりキャラだと思ってた」

 すると彼女は、急に生気を吹き返したようにプッと吹き出す。

「いきなり何? 以前はそうだったけど、そのキャラ属性は、まい先輩に移行しました。今はしっかり者属性が付与されてるね。このタレ目は以前の名残だけど」

 自身の目を指す。ヒロイン自身が言うな。

「大宮くんもさ、もっと爽やかになってよ」

「無理です」

「残念……」

 他愛もない会話を交わしながら、操作等を教えていく。元々要領の良い奴だ、メモなんか取らなくてもすぐに習得していった。


「なあそろそろ終わりにしねぇか? さしあたり明日は大丈夫だろ?」

 初期アプリの簡単な説明、タッチペンの使い方、そして例のボウリングアプリを入れてから切り出した。彼女を夕飯に取り掛からせるため、早く退散したかったのだ。

「そだね。今日はありがとうございました」

 律儀に頭まで下げやがった。フクちゃんの影響だな?

「……」

「また変な顔してる。だってフクちゃんが言ったこと、すごく大切だなって気付かされたから」

「軽々しく影響受けすぎなんだよ」

「そうですか。大宮くんは私の心からのお礼より、実績解除の方がお好みですか?」

「はぁ?」


!実績解除!【大宮の恩返し】

 :条件:大宮伸一が鹿島梢の役に立った。


「おめでとう」

「あのさ、お前が実績を管理してんの?」

「鹿島梢の実績はね」

 彼女はえへんと咳払いすると――

「貴方は大宮伸一として、ヒロインの全実績を解除し、“すべての実績を獲得しました。おめでとう!”を目指さなければならない」

 と、俺の中の人に向かって話しかけてた。あの、当初の目的から変わっていません?


 アパートから出ると、完全に日は暮れていた。

「うー寒み」

 春は過ぎているはずだが、まだしんどい朝夕もあるな。その時、小学校高学年の男の子が歩いて来た。鹿島の弟、秀太だ。

「よう」

「……」

 一応声をかけてやるが、こいつは絶対に返さない。一瞬視線を寄越し、そのまま脇を過ぎ去る。以前鹿島がお母さん代わりに、『ちゃんとあいさつしなさいっ!』と叱った時、イヤイヤ高い声を披露したことがある。奴の後ろ姿を見届けていると、なんだか昔の俺のように思えた。

 “目を合わせない。人の話を聞かない。何を考えているのかわからない”。あゆみの総合所見欄に、いつもそう書かれてあったっけ? まあ、今日そんなことを書こうものなら、即管理職の付せんを食らうと聞くが、端的に俺を評価していると、母さんは感動していた。半袖半ズボンじゃ、夜風がしみるだろう。現に鼻たれてたしな。

「風邪引くなよ」

 俺は小声で呟いた。

また読んでください。

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