【e2m15】第1回交流及び共同学習
待ってた人はいないでしょうが、やっと完成しました。色々思い出したりぼやかしたりするので大変でした。
小さな駅を出ると、閑散とした場所だった。鹿島は印刷した地図を取り出し、今向いている方位と合わせるように傾けた。そしてしばらく歩いていくと、目的の病院に着いた。
受付で分教室を尋ね、陽の当たらない廊下を歩いて行く。外来はバリアフリーだったが、ここは完全に昭和のままだった。5病棟……に着いた。窓の目隠しで中は見えない。
「ここ?」
「らしいが」
観音開きの扉を開けた。薄暗い。まっすぐ棟を貫く廊下があるだけで、人の往来はない。
「ちょっと怖いな」
と不安げに俺の方に身を寄せた。こんな所に学校あんの? 新たなお馬鹿イベントじゃないよな?
リネン室、浴場、手洗場、調理場を過ぎると、看護婦詰所というプレート。もぬけの殻で、埃すら溜まっている。かなり前に閉鎖したのか、薬品の臭いすらしない。さらに進むと、左右がオープンスペース区画になっていて、ベッドが雑然と並んでいた。よく見ると、手すりが高く、紐すらついている……。
ローハーだけが音を出す。ゲーマーとしては、ホラーゲーを想起せずにはいられない。ウォーターフォンの音色すら聞こえてきそうだ。敵が出てきた場合、あそこのロッカーに隠れるか……。
「あっ!」
最も奥まで来ると、鹿島が明るい声を出した。指差す方を見ると、車椅子用の学習机が並んでいた。壁には子どもの絵が掲示してある。また、ある部屋から電灯の光が漏れて、コピー機の音が鳴っている。中では先生たちが事務作業をしていた。病室を職員室にしているのか。
その後、軽くオリエンテーションを受けた。肝心の相手は、おやつのため一旦別病棟に帰っているそうだ。しばらくすると、先生と共にごつい電動車椅子がやってきた。
「こんにちは」
先方から低い声をかけられてから、初めて生徒を見た。俺たちと同じ高校生で、ややぽっちゃりした青年だった。
「ど、ども……」
「こんにちは〜。えっと、じゃあ始めていいですか?」
鹿島は先方の先生に尋ねた。彼らは後ろで座って頷くだけ。んだよ、この人たちが前に立たないのか?
「では、第1回学校間交流及び共同学習を始めます。今日はですね、自己紹介を含めた懇談と、次回の予定を決めることになっています」
司会の鹿島が、プリントに目を通しながら次第を確認する。過去の実施案を参考にしているのだろう。
「じゃあ早速自己紹介ですね」
一拍置き、改めて車椅子の生徒に向かう。
「東高等学校の看護科2年、鹿島梢です。趣味は読書とハンドクラフトです。将来は、看護師を目指しています。短い間ですけど、仲良くなりたいです。よろしくお願いします」
そして、鹿島は目線で俺に振った。
「えっと、大宮伸一です。よろしく」
「素っ気なさすぎ……」
「えぇ? ……唐揚げが好きです。将来の夢は……ないっすね」
「アハハ」
電動車椅子君は、俺のだらしない様子を笑った。ふと気付いた。この人、まだ夏じゃないのにTシャツと半ズボンなんだ。頭も野球少年かと思うほど、刈り上げている。
「じゃあ今日中に名刺作るね」
そんな彼が、当たり前のように提案した。毎年この時期、作業学習という授業で作っているらしい。そしてなぜかは知らないが、あだ名を記載するのが慣例となっている。彼の自己紹介は、プライバシー保護からカットさせてほしい。そして今後は、“フクちゃん”と呼ぶことになった。
「えっと、何か質問はありますか?」
時間が余っているのだろう、鹿島が提案した。フクちゃんがすぐさま呼応する。
「“宮くん”の趣味は?」
「あーゲームとか」
「僕も好き」
「へぇ何持ってんの?」
彼が挙げたのは数々の家庭用機。驚いた、筋金入りじゃん。ただ長時間のプレーはご法度らしい。肩や尻の負担が大きく、しかも座位保持の調節が難しいからだ。車椅子の背もたれを傾けると、姿勢は安定するが、テレビは見えにくくなる。
「携帯機とかスマホがメインかな」
顔を掻くのも、座位の調節も先生が介添えしてる。なるほど、これが彼の困難か。今はまだ腕が上がるようだが、上肢にスナップをきかせて振り上げていた。将来は、手先と足先しか動かなくなるらしい。
「なんでTシャツなの?」
俺は、さっき思いついた質問を投げかけた。
「えっとね……病棟は一年中同じ温度に維持されて、着替えの時にボタンは面倒だから」
フクちゃんが、笑いながら応えてくれた。なるほど、そんな事情があるのか。
「はいはい、私も質問いいですか? えっと――」
自己紹介が終わった後、次回の内容を決めることになった。
「今体育で、ボッチャとかタブレットのボウリングとかやってる。誰でも楽しめるよ?」
俺らも彼も困難なくできるレクリエーションは、当然容易に思いつかない。なので先方に案を出してもらった。鹿島の頭上に?マークが出る。
「ボッチャって何?」
「俺に聞くな」
「えっとね――」
フクちゃんが割って入ってくる。赤と青の2サイドに分かれ、白い的球に向かって各々のボールを投げ、どれだけ近づけられるかを競うスポーツらしい。パラリンピックの種目にもなっている。後で動画で観よう。
「上手い下手はともかく、誰でもできるよ。反射神経はいらないから」
「じゃそれをやりたいです。あと……タブレットでボウリングやってるの?」
「無料アプリだけどね」
「私もできる?」
「僕にできて、“梢ちん”にできないことはないよ?」
ふふっと吹き出して、あけすけに言った。鹿島はちょっとたじろぐ。
「そんなことはないと思うけど……よかったら後で教えてくれない?」
「え? わざわざ? まあいいけど」
「最後に確認です。体調不良や用事がある場合は欠席して構いません。では明日に会いましょう」
最初は形式的というか、ぎこちない会話だったが、いつの間にか普通に話すようになっていた。ちなみに、交流が3回しか実施されないのは事情がある。まず冬以降は、インフルエンザ等で病院側が了承しない。2学期は文化祭、体育祭、修学旅行及びその準備があって多忙。その他、お互いの考査などが入っているからだ。
「小中学部、風呂に帰りまーす」
先生らが同僚に確認して、他の児童生徒さん何人かを足早に連れ帰った。夜勤職員は少ないから、昼に入るのか。
「フクちゃんはいいの?」
「僕、別日なんで」
電動車椅子の音を鳴らしながら、生徒用タブレットを持って来た。最新型じゃないが、ペンもキーボードも揃っているのな。
「1人1台持ってるけど、他の人は手の可動域小さいから、スマホサイズがいいんだけどね」
ちょっと中身を見せてもらう。すごいな、教科書・ノート・辞書が全部入っている。
「タッチペンの方が、筆記抵抗小さいからね。消しゴムに持ち換える手間もないし。それに紙の辞書引いていたら体力使い尽くすよ」
すごい先進的……と鹿島は目が点になっていた。ウチにも電子黒板はあれど、アレ使えない先生が多いのか、倉庫にしまってあるんだよなぁ。鹿島が最もな質問を投げた。
「画面で勉強するのって、目が疲れない?」
「病室の机は狭いし、9時には消灯だからね。目は悪くなるけどしょうがないよ。病院は療養の場であって、生活の場じゃないから。普通にできないから、色々工夫が必要なんだ」
知り合って幾許もないが、笑顔の裏では色々な苦労が見え隠れしていた。それを見通したのか――
「そんな目で見ないでよ。僕、これでもラッキーなんだ。交通機関は割引だし、テーマパークの列に並ばなくていいし、受験勉強もしてないしね」
分厚いメガネの位置を苦労して調整しながら、フクちゃんは続ける。
「えっと、ボウリングはこれ。体育の授業では、テレビにミラーリングしてる。他の人も観戦できるから。梢ちんちょっと接続ケーブル取ってくれない?」
言われるまま取ってやった。フクちゃんはしっかり鹿島の方を見据えて――
「ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
些細なことで大げさに感謝され困惑した。そんな気持ちを知ってか、
「僕、いろんな人にたくさん支援を受けるから、小さなことでもしっかり“ありがとう”って言うようにしてる……あれ?」
滑舌の良い声が止まった。一向にミラーリングされないからだ。接続具合や変換アダプタの確認をしてもだめ。彼は小僧のような坊主頭を掻いて途方にくれた。当然鹿島にも対処できない。
「大宮くん……」
「あ? ああ」
トラブルシューティングきましたか。まずは問題の切り分けだな。とりあえずタブレットを再起動してみるか。
「あっ!」
その間ケーブルの断線を調べていたので、鹿島の声で解決したのを知った。なんだ、初歩的な問題か。
「ねえ宮くん、トラブルが起こった時どうしてる? うちの先生いっつも慌ててさ、詳しい人を呼びに行くんだよ」
「まずは問題機器の特定かな。今の場合タブレット、ケーブル、変換アダプタ、テレビのどれかなので、それぞれ別の物に切り替えてみる。パソコンは再起動することで、正常になることも多い」
「なるほど、ありがとう」
早速ボウリングの無料アプリを起動し、実際にフクちゃんがデモを示してくれた。なんだ、投球時にスワイプするだけじゃん。なにが“操作に慣れておくのが好ましい”だ、大げさだっつーの。
「すごい。直感的でわかりやすいね」
「小中学部も、これなら自分でできるからね。難しいスポーツだと、先生のやらせになっちゃうし」
なるほどね。鹿島もスワイプして触感を試していた。
「私にもできそう」
「だから言ったでしょ。僕にできて、梢ちんにできないことはないって」
「そうだね、心配して損しちゃったよ、あはは」
「ねえ宮くん、eスポーツって知ってる?」
「まあ」
平然を装っていたが、正直驚いた。そんな単語が飛び出すとは。鹿島は意外という顔を隠していない。
「僕勉強嫌いで、卒業後も継続入院だけど、eスポーツプレイヤーには憧れているんだ」
誰かさんの台詞のようだな。
「eスポーツだったら、体格差とか性差とか、ちょっとした肢体不自由でも無関係だからね。実際は、そう甘くはないけど」
確かにこの程度のゲームだったら、カレンだろうがフクちゃんだろうが平等に競い合える。全然気づかなかったよ、eスポーツの利点の1つじゃん。
「この前、ダンジョンキープとかディアボロスとかにハマった教授がここに来て、視線でパソコンを操作するデバイスを試したんだ。コントローラが発達すれば、重たい障害の人でもスポーツを楽しめるって」
「アイトラッキング? すごいなぁ」
「でしょ? 授業でゲームをやるのも楽しいし。この前校長先生が私物のウェイユーくれたんだよ。マジでラッキー」
字面だけ見れば、とんだ嫌味だ。しかし彼から滲み出る人柄の良さというか、素朴な気持ちというか、そういうので全く不快に感じなかった。
病院を去る頃は、日が傾いていた頃だった。
「来てよかったな」
俺は素直に思った。鹿島の問題を解決し、且つ同好会の評判を上げてやろうと打算的な考えとは、別の収穫だった。
「けどあのオリエンテーション、“毎日命がけで生きてる”とか大げさじゃね?」
「そうは思わないけど……」
「まあみんな強いって言うか、たくましいよな。病気なんか全然怖がってない感じ」
「それは間違いだよ。あの人たちの平均寿命って30台なんだよ」
「マジ⁉︎」
「短いって思った? 実際は逆。前は20台で心臓や肺が弱って亡くなってたけど、人工呼吸器の発達で伸びたんだよ。けど、健康寿命じゃなくて、寝たきりの日々が伸びただけ……」
と言うことは、もう人生の半分というわけか。ダラダラ生きている俺には信じられん話だ……。
「フクちゃんあんなに前向きだけど……きっと病気の進行や寿命なんかネットで知ってるよ。夜のベッドの中で、人知れず恐れたり泣いたりしてると思う」
何も言えなかった。
「ねえ大宮くん、これから時間ある?」
鹿島は何かを決意したような顔を見せた。それが夕日に映えて印象的に際立っていた。
ちょっと年末正月とサボっていたので、また頑張って書きます。