【e2m3】情報科の處女
前巻でも少し名前が出ていた新ヒロインの登場です。ご覧の通り、適当な勉強でかなりいい加減に台詞を作っています。
「うん……よかった。じゃ、お家に帰れるんだ」
次の日、鹿島がeスポーツ同好会室で電話していた。校則では、携帯電話等を校内に持ち込んではいけない。しかし彼女の場合、母親から緊急連絡があるため、特別に許可を貰っている。俺の存在に気づいた彼女は、急にきまりが悪くなって、急いで切り上げようとしていた。
「無理しなくていいよ? 前もって準備すればいいから……あー大宮くん来てるから切るね、じゃあね」
通話を終え、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね、うるさかったでしょ?」
「いや、全然」
「あのね、お母さん退院できるって!」
「へぇ、よかったじゃん」
俺は詳しく知らんし、また敢えて聞きもしないが、彼女の家庭はワケありだ。両親は離婚され、母親と年の離れた弟と3人で暮らしている。そのお母さんは時々入院しており、骨折る仕事ができないらしい。だから、鹿島が家事をやっている。これが理由で、彼女はゲーマーではない。
同好会ができたとき、正直彼女を入れるべきか迷った。カレンは『絶対に入れる。家が忙しいなら、そっち優先で結構。変に気を使う方がおかしいでしょ』と、迷わず主張した。
「――やくん? 大宮くん? おーい」
「はっ⁉︎ すまん。時々さ、俺の中の人への独白が長すぎて、会話をぶつ切りにしてしまうことがある……しかも息苦しい」
「呼吸ぐらいはしようね?」
クスクスと愛らしい笑顔を見せた。
「ブンダバー!」
部室に入るなり、そいつは拳を突き上げ、野太い声で叫んだ。今日のドアは、ガンガン鳴らなかった。なぜなら、俺がドアを少し開けておいたからな。
「ちょっとコレ見て!」
これ見よがしに突き出したのは、ある家庭用ゲーム機。
「なんだぁ? お前ほどのPCゲーマーが転向とはな……」
「違う違う。今月末にさ、アピロスでゲーム大会があんのよ」
「そのハードを持ってるってことは……あの色塗る奴か?」
「ご名答!」
「でもあれチーム戦だろ? 面子はどうするんだ?」
そう指摘すると、ちょっとモジモジして上向き加減になった。
「ねぇ……シンイチィ?」
「パッドでシューターはやらんからな、俺は絶対」
「なんで⁉︎」
「楽しんでいる人を、別にディスってるわけじゃない。けどな、生粋のPCゲーマーからすると……あぁやめやめ。とにかく、シューターはマウスとキーボードじゃなきゃ絶対にダメだ」
「そこをどーにか! お願いっ!」
「何度ロケットでブッ飛ばされても、こればかりは譲らんぞ?」
そう突き放すと、流石に食いつかなかった。カレンも、マウス・キーボードこそ至高という、自明の摂理を重々わかっているのだ。
「チッ! どーせそう言うと思ったし!」
「じゃあ、どうするの?」
「今SNSで募ってる」
鹿島は不思議そうな目線を寄越した。“そんな即席で勝てるの?”と。勿論答えはノー。
「ガチゲーマーの実力を見せてやる」
残念ながら、そっちにもガチ勢わんさかいるんだよなぁ。コイツの実力はそこそこあるとはいえ、いきなり他のタイトルで勝つなんて、あり得ない。イスに座ったカレンは、早速ゲーム機の電源を入れ、初期設定を弄り始めた。てか、わざわざそれ買ったのかよ。
「なんでまたゲーム大会に参加しようとするの?」
俺も気になっていたが、鹿島が尋ねた。
「んー? 同好会の実績に決まってるじゃん」
「……」
「今さぁ、『参加賞は実績にならないんだよなぁ』とか思った?」
「思ってませんから、拳銃を鼻の下に突きつけないでくだしゃい……」
「見てなさいよ。全員フルボッコにしてやんよ!」
それからしばらく、各々好き勝手にしていた。カレンは色塗りゲームをプレー。鹿島はプリントを見ていた。俺は課題だ。
『あー画面小さすぎっ!』とか、『なんなの? この行ったり来たりするエイム?』とか、『シングルプレイヤーモードでもムズい!』とか、時折カレンの不満が炸裂するのみだった。
「ほ。ここにあり申したか。爾らがパソコンは」
「うん。そーだよぉ」
鹿島の間延びした生返事からして、プリントから目を逸らしてない。俺もノートに釘付けである。
「庶幾わくは、妾之を引きて取らんことを。かくなむ申すは、元より其れ我が学科が物にございましてな」
「大宮くぅん、パソコン引き取るってぇ」
「おう。カレンやい。パソコンいらねーだろ?」
「いらなーい」
「信に御志かしこまり侍り」
「……えっと……どちら様?」
鹿島がたじろいだ口調だったので、俺も思わず顔を上げた。
小柄ながらも、平安女房のような垂髪を片手に掛け、冷たい眼光を光らせる下級生が立っていた。
「お、お前……!」
「恙無きや、宮どの。妾は常の如く居りまする」
このように、古めかしい書き言葉を口にする。若干引き気味の鹿島に向かって、この新ヒロインは――
「御前は、こずゑどのにおわしますな? 能く學行に力め醫技達にして、其の為人は、矜飾せず慈悲甚だ深し。其の聲號四海にまで及んでおりまする」
と、かしこまって慇懃にお色代述べた。何と返していいのかわからない鹿島は、ポリポリ頰をかきながら、俺の方を向く。やっぱ、初対面の人はビビるよな。
「えっと……この人がのぞみちゃん? もう知り合いなの?」
「左様。妾、宮どのが従父姉妹なり。名をば辻のぞみと申して、壱學年F組に居りまする」
「“しょう”って言うのが、私って意味?」
「わっ! な、な、なんなのよコイツ⁉︎」
カレンが今更ながら驚いた。一方辻さんは、悪名高い彼女を知っているようで、ニヤと艶に咲う。
「嗟夫、野なるかな櫻や。誖暴を立こすこと極まりなく、往古に見ざるのことなり。而して勘気を蒙り蟄居の身と為る。是以天下の笑と為る」
「なっ……!」
初対面のヒロインに、ここまで言われて絶句した。あーあ、瞬間湯沸かし器をオンにしやがった。『これはまずい』と、鹿島に目配せする。彼女はすでに数歩下がっていた。
ゲーム機を投げ捨てたカレンは、折り畳み式シャベルを取り出し、ドスドスと歩み寄る。こんな時、ドスの効いた声になるんだよな。
「お前……正面から顔をぶん殴られたことは?」
「有りまする。故に迷惑至極、返さひ申す」
普通の人ならここで震え上がる。しかし、辻さんも相当に度胸が据わっていて、涼しげな表情を全く崩さない。『遠慮すんな!』と返す代わりに、カレンは柄をフルスイング! 辻さんも薙刀(先竹革付)を取り出し、タイミングよくガード!
しょーもないFPSの肉弾戦が始まった! 両者ともWASDに動き回り、飛び跳ねながら、自らの武器を振り回した。攻撃が当たっても花弁が舞うだけ。ゴアや出血は一切ないので安心してくれ。
Karen was slashed by Nozomi’s naginata.
すごい……辻さんの巧みな動きに翻弄されて、カレンがダウンしたぞ!
「ほっ! 妾が手次のほど御覧になったか、愚か者?」
「Medic!」
「ちょっと待ってね……あれぇ、全部使ったかなぁ?」
ポケットから蘇生用注射を探す鹿島。ザマァねぇぜ。俺をフラグしまくって、いざ自分が必要な時に切らしてやんの。
「Medic!」
「Medic!」
「Medic!」
「Medic!」
「Medic!」
警告【スパムを検出 次のヒロインはミュートされます:桜カレン】
「******」
うはははーバカなやつ! 口にダクトテープがガッチリ貼り付いてやんの。メディックに望みがなくなったカレンは、大きな瞳を見開いて、今度は俺に訴えかけてきた。
「んだよ? 俺は蘇生できんぞ?」
Shinichi was fragged by Karen’s Luger.
✩⋆*॰¨̮⋆。˚✩セカンド❤︎ウィンド✩⋆*॰¨̮⋆。˚✩
Nozomi was fragged by Karen’s MP40.
「あ、1本だけ注射あった」
気づいたら、誰もいない教室に座っていた。
「なんなんだよ、セカンドウィンドって! アイツのスキルなのか⁉︎」
今更ながら、カレンにとって、俺は敵だった。もうフレンド解除して、帰……カバンは部室だったよ……。
戻ると、カレンと辻さんが対座していた。鹿島が仲裁役として、2人の武器すべてを没収している。カレンは必死こいて、口のテープをはがそうとしているが、当分そのままでいいぜ。
「おかえりー。えっと、とりあえずのぞみちゃんの言い分を聞いたんだけど、これ、本当はパソコン教室に置かれる予定だったって」
なら昨日の疑問に納得がいく。つまり、数日でパソコンが支給された理由が。普通大きな買い物は、起案書がノロノロたくさんの机を周って、検印欄を埋めないと、購入手続きすら始まらないからな。要は、ギャアギャアうるさいカレンを手っ取り早く鎮めるため、ゲームができない(させない)パソコンの配備先を、変更したのである。
なんという学校の狡猾さ。そしてなんという交渉の下手くそさ。カレンが、はねつけていればまだ交渉の余地はあったが、受け取った時点でもうアウトだ。
「要は勉強のためなんだろ?」
「或る人有りて、パソコンを毀ちての。それ故妾之を欲しております」
「どう……する?」
「いいんじゃね? 勉強じゃしょうがない」
「そだね」
「************」
両腕を振り上げて叫ぼうとしているが、“ん〜”としか聞こえない。
「んだよ? 散々ゴミだの化石だのなじってたじゃねーか? いらねーだろ?」
「************」
辻さんを指差して、気炎を……吐けないか。もう心配するほど顔が真っ赤である。
「脳溢血になるから、ちょっと落ち着こうね? この付せん使ったらどう?」
可愛い付せんとペンシルを差し出す。カレンは、芯を何度も折りながらガツガツと書いて辻さんに渡した。
「あなかしこ。女字を書くとは、妾思わざることよ」
ヤカンが沸騰するサウンドエフェクト。天を仰いでプルプル震えると、机越しに辻さんのセーラー服を掴んだ。
「忿怒すれば、亟やかに尤有り……ワニかこれは?」
俺に向かって従容と尋ねた。『はいその通り』と頷く。
「はいはい、どうどう。深呼吸して落ち着いて」
爬虫類を宥める鹿島。武器を没収しても、拳1つありゃ十分戦えるよな。らちが開かないので、カレンの付せんを見てみよう。
『このチビに渡すぐらいなら、破壊したほうがマシ』
はぁ、やれやれ。さてどうするか。こちらを立てればあちらが云々状態だ。鹿島もう〜んと困った表情をしていたが……急にポンと手を打った。
「そうだ! いいこと思いついた。のぞみちゃん、eスポーツ同好会に入ってよ?」
大人しく振る舞う辻さんも、その台詞には驚いて、カレンと目を合わせた。
「のぞみちゃんが入ってくれるなら、このパソコンを持って行ってもいいんじゃない? 放課後だけ私たちに貸してね?」
「いいね。辻さん是非是非」
「******」
ワニがモゴモゴ唸っているが、まあロクなことではない。
「あいや。則ち妾が意を快くせず侍り。故にたちまじるにあらじ」
「ああ、俺だってちっともこんな同好k痛っああぁあい」
うっかり本音が出て、カレンに鼻をぶん殴られた……。【出血中】
「清廉の比も蚫室に宿れば、羶奎の名を同烈に取れり。かように申します」
「******」
「とかく、宮どの并こずゑどのより許を得た故、よしなに」
辻さんが手を伸ばした刹那、カレンは今まで見向きもしなかったパソコンをさっと取り上げた。【出血中】
「あな若々し。さこそすれど、妾いずれの時にも取るべき」
と割れた窓を見やる。修繕した段ボールが切り取られていた。なるほど、あそこから侵入したのか。【出血中】
あれ? なんだか視野が赤くなってきたぞ? 鼻血が止まらないから?【出血中】
「さて、妾今は罷りましょうぞ」
「ああ、帰るのか?」
「櫻どの。自今猿楽しかけるのは止めたも。何者宮どのすら乱れ、学舎に於いて惡評のみ聞ゆ。宮どのも宮どのでありますぞ。可なるものはこれに与し、其の不可なるものはこれを距げ。焉んぞ彼の如き――宮どの。宮どの? すわっ⁉︎」
Shinichi got bled profusely.
「わー! 失血フラグしてる!」
今回も読んでくれてありがとうございました。