【e2m1】部室クリーンナップディテール
申し訳ありません。やはりこちらで続けていきます。何度も変えて申し訳ないです。
俺の目前で、ガンガン音を立ててドアを開けようする女子高生がいた。普通科の桜カレンだ。
「違う鍵じゃね?」
「合ってる!」
これ見よがしにレッドキーを突き出す。けど、開かねーじゃん。もうヤケになって、こじ開けようとしているのが見苦しい。
俺たち3人は、校庭の隅にひっそりと立っている、プレハブ小屋にいた。長らく学校の物置だったが、今日からeスポーツ同好会室となるのだ。
「ちょっといい?」
横から慎ましく出たのが、看護科の鹿島梢。カレンに代わってドアノブを握る。
「開いたよ?」
先日までの騒動を、おさらいしよう。コアゲーマーで学校の問題児である桜カレンが、唐揚げパンを食べたいがために、ちょっとしたドンパチを引き起こし、職員室の怒りを買った。そして校内謹慎の終了日、eスポーツを部活として認めろと訴え、先生方の怒りにさらなる油を注いだ。
「マジ⁉︎」
この“無理を通して、道理を引っ込ませる”女子は、開いたドアをわざわざ閉めた。なんでそうするかねぇ。で、再び自分で開けようとすると……?
「なんなのヨォ! メディックには通れて、アサルトには通れないドアなわけぇ⁉︎」
音量大にして怒鳴る。このように、喚き散らせば問題が解決すると思っているらしく、周りに散々迷惑をかけ、最後には家出に至った。見るに見かねた俺らは、カレンに協力し、無理承知でeスポーツ部設立のプレゼンを仕掛けた。当然却下になりそうだったが、鶴の一言で認可されたのだ。非公認の同好会という形で、且つ今後乱暴狼藉しない、という条件付きではある。いわば職員室との手打ちだ。
伝家の宝刀パンツァーファウストこそ取り出さなかったが、ガゼルの足を挙げると、そのまま力一杯ドアに叩き付けた。
「エントリーポイントじゃないんだよなぁ……」
「フハハハハ!」
「壊れてないといいけど……」
薄っぺらなドアを凹ませて、蹴り開けやがった。頰に手を当てて心配する鹿島。
さて、栄えなきeスポーツ同好会の初日は、この清掃から始まる。舞い上がった埃と共に、むわっとした不快な臭いが鼻をついた。
「しっかし骨が折れそうだな?」
中に入ると、それは一層強くなった。数多のダンボール、古本が入った棚、不要な教材教具、束ねられたパンフレットや新聞紙などが、所狭しと並んでいる。とりあえずカバンを置くが、どこから手をつけよう。
鹿島は窓を開けた。カレンは“武器スロット1”から、スレッジハンマーを取り出した。『何を?』と声をかける暇もなく、それを振り回し始めた!
「ヒャン! ちょちょっと!」
とっさに鹿島を引き寄せる! ポニーテールが顔にかかると、カビの臭いに替わって、清潔感の香りが広がった。そのまま戸口に連れ出し、寄り添ったまま唖然としていた。
ダンボールからガラクタが飛び散り、棚は本を撒き散らしながら倒れ、ドラム缶が空を舞い、資料は紙吹雪となり、使い残しの缶からガスが漏れ……いちいち描写をすることはない、とにかくカオスだ。
スタミナが底を突くまで暴走するつもりだったろうが、ガシャーンと窓ガラスを粉砕するに至って、やっと止まった。
「やばっ! やっちゃった⁉︎」
「あ……ありがとう。もう大丈夫だから」
近距離で鹿島と目が合うと、恥ずかしそうに呟いた。俺から離れると、恐る恐る中を覗き込んだ。
「えっと……何したの?」
「掃除」
「バカ! 何が掃除だ!」
たくさん不要物が押し込まれていたとしても、一応整理されていて、2時間頑張れば終わる程度だった。しかし、バカが大バカなことをした今、もう足の踏み場もなく、終日作業しても怪しいぞ。
「ゲームで物ぶっ壊すと、消えるでしょ?」
あっけらかんと言うカレンに、鹿島は顔を覆ってかぶりを振った。そんなんで掃除できるなら、世界の環境問題はあっという間に解決だよなぁ?
「けど窓割ったのはマズいかも……知らぬ間にリスポーンしないかなぁ」
ほんっとに都合のいい女だ。俺がよからぬ顔をしているのに気がついたのだろう。
「何そんな顔してんの? 唐揚げパンの時だって、壊れた土嚢は消えてたじゃん」
「そりゃドンパチイベントだからだ! 今は? 清掃イベントだろ! 暴れてクリアできる掃除ゲームがどこにあるんだ!」
「箒とチリトリと新聞紙あるかな?」
「わからん」
「とりあえず電気を……え? なんなのこれぇ?」
見たくもない惨状を見るべく、カレンが電灯スイッチを入れたが反応なし。見上げるとブレーカーは落ちていた。トグルを動かしても変化がない。
「アンタ修理して」
「簡単に言ってくれますねぇ……」
「どーせしょうもないミニゲームでしょ? 同じ色のケーブル接続するだけじゃん。アタシがやってもいーけど、学校中が停電するかもよ?」
「どけっ!」
クッソ! いっつもこんな感じだ! カレンはよく考えずに物事に飛びつくので、壮大な厄災を引き起こす。もはや様式美と言ってもいいだろう。だから、俺がやったほうがまだマシなのである。
脚立を持ってきて、配電盤の蓋を取っ払った。エンジニアなら楽々修理できそうだが、俺にできるかな?
「あ、配線が抜けているだけか。ここに挿せBBBBBBB――」
Shinichi got electrocuted!
「アハハハハ! 失敗してやんの!」
「残念。良い子の皆さんは、絶対に配電盤を触らないように。電気に問題がある場合は、速やかに専門家を呼びましょう」
鹿島から蘇生注射を打たれた俺は、改めてミニゲームに臨む。一旦全てのスイッチを落として、配線を挿し戻した。再度トグルを上げると点灯。バカレンのやらかしが明らかになった。もうね、描写もしたくない。
鹿島は散らばったガラスを新聞紙に包み、箒でさっとはわいた。こんな作業は不要だったものを……。
「ねぇカレンちゃん、あれをゴミ倉庫に持って行ってくれない?」
「えーメンドイ……ねぇ?」
「火炎放射器はダメだよ?」
ぴしゃりとはねつけた。危ねえ……注意してなきゃ、その辺でぶっ放して、樹木や部室に着火させたぞ。
「そ、そんなこと考えてないし……」
「ちゃんとリサイクル倉庫に入れるんだよ! 乱暴に投げ入れて、中が飛び出さないようにね!」
カレンの行動がわかりきった台詞だ。結束した新聞紙や古紙などを両手にぶら下げ、のろのろ歩き出すカレン。
俺は割れた窓をダンボールで修繕した。さしあたりこれでいいが、雨風にさらされる前に事務室に報告しないと。そうだな、“既に割れていた”と報告するか。
黙々と清掃しながら考えた。eスポーツ同好会の今後についてだ。いや、今後の発展なんてないだろう。なぜなら、この会は、“桜カレンを満足させた”というミッション完遂をもって、既に存在意義を果たし終えている。
俺らは2年で、もう活動期間が短い。それにカレンはともかく、もう俺はエンジョイ勢だからな。鹿島に至っては、ゲーマーでもないし。それに、彼女にはちょっと家庭の事情もある。
活動費に関しては、県民の厳しい目により支給されない。加えて、校務用ネットワークには制限があるので、ゲームには使えない。別途に回線を引いてくれることは、絶対にありえない。
俺は鼻でため息をつき、部長殿を見た。職員用文具カタログを、ペラペラとめくってやがる。非公式に勝ち取ったeスポーツ同好会であるが、奴が望むような活動や実績は無理だろう。
校長先生もよく考えたよな。ただカレンを押さえつけても、余計に不満を募らせて爆発させる。だから表面上奴の希望を叶えても、実質そうしていない。しかも、今後の悪事を止めさせる約束までとりつけている。
カレンが部をどう回していくかは知らんが、俺としては彼女の機嫌と調子が戻ったことで十分だ。鹿島もそうだろう。
「シンイチ、ちょっとちょっと!」
「へいへいなんでしょうか」
妙に嬉しそうな顔をしていた。そっちの方に行くと金庫があった。
「シークレット、ファウンド!」(お宝発見のSE)
「そりゃよーござんした」
「何よぅ、気にならないの?」
「ならん」
「どーして⁉︎」
「あのな、貴重品はこんな所に置かんだろ?」
「でも金庫じゃん」
「知るか。どーせ何も入ってないよ」
カレンは動かそうとするが、ビクともしない。あてずっぽうにダイヤルを回すが、もちろん開くはずもない。
「コンビネーションの書かれたメモが、その辺に落ちているはず!」
「アドベンチャーゲームかよ」
てかさ、さっきからコイツ全然掃除してねーじゃん。しばらく部室を歩き回って、そこらじゅうをインタラクトしたが、何も見つけることができないようだ。
「今それを撃つとどうなるか、ちょっと考えてみない?」
うっわ、怖っ! 鹿島の一言で、視線をカレンに戻したが、あのバカはパンツァーファウストを取り出していた。そりゃ装甲を貫くにはもってこいだが。
「うー! 気になる、チョー気になる! そうだ! 明日メグに点火装置とプラスティック爆薬をもらおう! 空洞のある円錐状にすれば(以下略)」
それパンツァーファウストの原理と同じだからな?
外に出しておいた大型ゴミを処分している時だった。カレンが仁王立ちして、部室をじっと眺めている。俺は彼女を見据えながら、適当に手元の物を抱えた。
「おい! 何サボってんだ! 仕事しろ!」
「今忙しい!」
「忙しいだぁ? 部室を眺めるのにか⁉︎」
「外装デザインに決まってんじゃん! そーねぇ壁はマットブラックにして、毒々しい紫のLED照明を加えて……」
「バカ野郎! どこにそんな金があるか! さっさと運――」
パァン!
「うわぁい!」
ルガーを撃ちやがった! あぶねー! またフラグされる所だった……。幸運にも、俺が抱えていた物が弾を受け止めてくれた。ん? これ赤いドラm――
Shinichi got exploded!
「……いい加減にしようね?」
カレンの愚行のせいで、やはり丸一日かけても清掃は終わりそうになかった。
「シンクがすごく汚れてる……明日重曹持って来なきゃ」
「ええ⁉︎ 重装甲が何だって⁉︎」
鹿島は小さな洗い場を徹底的に磨いていた。長く使われていなかったようで、水カビ、埃、昆虫のフンなどで酷く汚れていた。しっかしこのプレハブ、結構ガタがきているな。今は過ごしやすいけど、真夏真冬はしんどいぞ。エアコンがないからな。カレンの奴、今は気づいてないけど、いずれ『こんな劣悪な環境におしこめやがって!』と怒るだろうな。
「見て、大宮くん!」
壊れた机を2人で処分した帰りのことだ。鹿島の指差す方を見ると、日が落ちて綺麗なマジックアワーが出ていた。
「お掃除がんばったかいがあったね?」
“掃除をがんばったから、マジックアワーが見れた”か。ニッコリと微笑んだので、照れ臭くなった。鹿島の顔はテカつき、セーラー服はかなり汚れていたが、全く気にしていない。掃除の知識や経験があったため、彼女が一番がんばった。俺は指示待ちだったし、バカは半分遊んでいたし。
「終わらんかったけどな」
「しょうがないよ。どうせ洗剤やブラシが必要だったから」
鹿島もカレンに散々足を引っ張られたが、恨めしいとも思っていない。いい友だちを持ったと思えよカレン。
「そろそろ終わりにして、明日にしよっか?」
「だな、おーいカレン! 撤収するぞ!」
部室内のカレンに呼びかけると――
「了解! あ〜疲れたぁ!」
彼女のカバンを持って飛び出してきて、ガチャガチャと鍵を閉めた。俺らは、顔を合わせて苦笑いをせざる得ない。
「あれ? アンタら手ぶらで帰んの? カバンは?」
「カレェン……」
今後もよろしくお願いします。