【e1m30】ボス戦
やっと終わりました。ちょっと字数が多すぎたので、ラストの部分が急ぎ足になってしまった……。
『早く出る。遅刻すな』
朝パソコンを見ると、カレンがそう寄越していた。なんだ? 珍しいこともあるもんだ。
教室に着くと、奴は原稿に穴が開くほど見入っていた。話しかけるのも、はばかる程だ。そこへ鹿島がやってきた。
「おはよう」
「あれは?」
「私より早く来てたんだよ。ずっとあんな感じ」
さては練習しなかったな? クラスがその異様な雰囲気を感じて、引き気味である。
「受験の時みたい」
だな。俺らがここを目指していると知って、カレンは猛勉強した。短期特化型なので、本気になれば信じられない程の集中力と記憶力を発揮する。
「そっとしておこう」
カレンは授業中もずっとそうしていた。原稿を見ながらブツブツ呟く姿は、それはそれは怪異だった。
果たして昼休みとなった。3人とも昼食をとる気分にならなかった。鹿島は機材と資料を持って来た。一方カレンはゲンナリとしていた。強気な目力はどこへやらだ。
「大丈夫か?」
「もーイヤ」
職員室に向かい、生徒指導主事を呼び出す。通されたのは……校長室⁉︎ 目を白黒させる俺らに対し、彼は言い放った。
「校長たちも立ち会います。今PTA役員会に出席中だから、待ってなさい」
「えええ⁉︎」
応接室で生徒指導の先生に、とばかり考えていたので予想外だ。
「あ、あの! スクリーン使っていいですか?」
俺はとっさに願い出る。
「プレゼンを作ったので、見てもらいたいんです」
主事は訝しげ。『どうせ却下なのに』と言わんばかりの表情だ。やがて事務室のドアからやって来たのは、そうそうたる面子だった。校長、副校長、教頭、学年主任、担任、副担任、生徒指導主事、顧問会の教師2人。また御前会議かよ……。
「パパりん」
最後にカレンの親父さん。どこから話が広がったのだろう? 鹿島もたじろがずにはいられなかった。
「あ、あの、設置やってますので、ちょっと待ってください」
「うむ。ゆっくりやりなさい」
ふくよかで禿げ上がった校長が、ガラガラ声で応えた。他の教師もそうだが、会議ではないので、これから映画鑑賞するような雰囲気だ。一方、カレンは顔面蒼白だった。
「どうしよう……こんなん聞いてないし」
消え入りそうに囁いた。見ると、未知なる恐れで固まっていた。俺だって聞いてない。こんな面々の前でやるプレゼンでもなかろうて。
「マジで怖い……ロケランでみんなマルチフラグにしたい」
ボクはそんな貴女が怖い。冗談とは裏腹に、あまりに緊張しているのか、カレンは俺の手首を握った。謹慎を決めた連中と場所はほぼ同じだが、今回は自ら主となって話すので、気の持ちようが違うのだ。
「シンイチィ、アンタやってよぉ。アタシ無理ぃ」
「バカ言うな」
「だってぇ」
銀河級バカで、たわ言を喚き散らす女子はどこにもいなかった。小動物のように怖気ずく女の子だった。無理もない。カレンと面と向かい、かなり近い距離で囁いた。
「あいつらは、カボチャとでも思っとけ」
「無理ィ」
「前に出てさ、壁に向かって喋るだけだ。必要なら原稿持っていけ。困ったらカバーしてやる。ゲームでもそうしてるだろ?」
ちらと鹿島を見たが、もう完了しそうだ。先に資料を渡してしまうと、先生らの注目がそっちに向くので、終わってから渡せと指示してある。
「じゃ全部カバーして」
「んなもったいない話あるか。必死で覚えたんだろ?」
コクリと頷く。今更ながら、聴衆の目を見て話せとか、丸暗記しろとか、無理難題を言ったものだ。申し訳ない。
「なぁ、俺の好きなゲームのキャッチフレーズ知ってるか?」
「“恐怖に立ち向かえ”」
そう、あれは代理店が独自に作っていたっけ?
「終わったよ」
鹿島が戻ってきた。俺はいつの間にかカレンの二の腕を掴んでいた。
「いいか、今から恐怖に立ち向かうが、10分後には終わる」
「そうだよ、ちょっとだよ?」
「下手打ったら?」
「言ったろ? カバーするから心配すんな。もし上手くいかなくても、何も言わんし怒りもしない。お前もそうだろ?」
「うん」
「さあ時間だ。いつもみたいに喚き散らしてこい」
カレンの背中を軽く押した。一度俺を見たが、もはや泣きそうな顔ではなかった。
「はぁ、やっぱ主人公のような気の利いた台詞は出てこねーな」
かぶりを振りながら呟いた。
カレンは目を瞑って息を吸った後、はっきり通る声で口火を切った。
「先生方、こんにちはっ!」
背筋をピンと立てて、気力に満ちた目はしっかりと聴衆を見据えていた。そこからのパフォーマンスといったら、『誰コイツ?』だった。まるでスピーチプロンプターがあるのかのように、淀みなく朗々と、しかも自信たっぷりと話していた。ジェスターも大げさで、先生らの前を歩きながら、原稿を自分の台詞のように語りかけている。
「凄い……」
鹿島はあっけにとられていた。それ以上に面食らっていたのが、親父さんと梅本先生だ。あの顔は内容以前だろう。尊い先生方にも、“こうかはばつぐんだ!”った。よもや昨日今日で、こんなプレゼンを用意するとは、誰が予想しただろうか? 裏で企んだのは俺や鹿島だが、やはり奴に発表者をやらせて正解だった。俺らは絶対に今のカレンのようにできない。
鹿島は熱い視線を送っていた。うっすら潤んでる。俺まで胸が熱くなっていた。もはやイラつくね、人生であいつに感心したのは2度目だ。
「では、実際のeスポーツの大会をご覧ください」
動画を流した後彼女は帰ってきた。俺に向かって手を伸ばす。
「原稿」
「お、おう」
「カレンちゃん凄い……凄すぎるっ」
鹿島には耳も貸さず、残りに目を通すカレン。お前、手ぇ震えてるじゃん。
「5秒前になったら言って」
平然と……いや強張った表情。呼吸が浅い。手汗がすごい。思わずハンカチを渡した。手早く拭きながらも、カレンの視線は原稿に釘付け。こんな顔見たことない。アニマル◯ラネットで言うところの、“これは世界的にみても大変貴重な映像です”。極端なストレスを受けている真っ最中なのだ。
「時間だよ」
「おっけ」
カレンは指の関節をポキポキと鳴らして出て行った。あの調子ならプレゼンはもとより、想定した質問も大丈夫だ。気になるのは、どう生徒指導主事が出てくるかだ。まさかこれだけのことをやって、『終わりましたか? では却下です』とは言えないだろう。いやしくも管理職の前だぞ?
「以上で終わります。ご静聴ありがとうございました」
発表時間は7分。ちょっとした拍手が出たが、カレンは全く表情を崩していない。今からが本戦だからな。
「えーじゃ司会いいですか?」
女性の副校長が、周りに伺いながら役を買って出た。
「桜さんありがとうございました。では質疑応答に移ります」
来たな。カレンはこくりと頷く。
「担任から何か?」
思いがけないカレンの勇姿を見て、梅本先生の顔は綻んでいた。
「桜が人前で、こんなに雄弁に話すなんて、思ってもみなかった。昨日の怪しげな集まりはこのためだったか。内容に移るが……eスポーツのことは初めて知った。ゲームは子供の遊びぐらいにしか認識していなかったもので。質問だが、諸外国の状況についてもう少し知りたい」
まずい。そこは既に述べたので、想定していた質問にはない。しかしカレンは、自分の言葉で、欧米や近隣諸国の状況などを簡単に答えた。過不足なく、トンチンカンなことも言わなかった。
「日本が遅れていることも含めよくわかった。桜がゲームを部活にしたいと言った時、またとんでもないことをと思ったが、このような事情を踏まえてだな? 担任として保証はできんが、検討してもいいだろう」
3人は内心でガッツポーズをしたはず。贔屓に見てくれる人とはいえ、これは大きい。
「では次に生徒指導から」
「私も門外漢ですが、このような競技が起こりつつあるのかと、興味深かったです。設立の可否はともかく、体育教師として、あなたのスポーツに対する熱意は受け止めます」
よしっ! 部活動を管轄する部署の先生を動かしたのは、かなり大きいぞ。これはひょっとして、ひょっとするかもしれない。
「では学年主任からどうぞ」
副校長に振られた、“ザ・公務員”とあだ名されている彼を見た。手を組んで、まるでカレンを突き刺さんばかりの目で見ていた。
「では私から。まず先日の件ですが……貴女は我々を“M教師”と冒涜して、許可なく退出しましたね? なぜそのような言動をとりましたか?」
クッソ! 変化球で攻めてきやがった。予期しない口撃に、カレンは目を見開いた。
「……気が動転していました。無礼を働き、申し訳ないです」
精一杯の謝罪として、彼女は深く頭を下げた。
「高校生ともなれば、普通感情をコントロールできるはずです。しかし、貴女は暴言暴力でしか物事を解決できないようです。それはゲームの影響じゃないですか?」
悟った。こいつがカレンを激怒させたのだ。主たる敵は生徒指導部じゃなかった!
「違います……」
「そうですか? では、過去に自動車大泥棒というゲームに影響を受けて、銃撃死亡事件が起こっていますね。あれはどう説明します?」
驚きを隠せない。まさか奴の口からあのゲームが出てくるなんて! こいつぁ厄介だぞカレン。ゲームが教育的に悪い事例を調べてやがる。
「それはよく知りもしないメディアが、“ゲームは悪”と結論ありきで、センセーショナルに書き立てただけです」
「しかし犯罪心理専門家が、裏付けていませんでしたか?」
「そうすれば、事が簡単に済むからです。先生はそのゲームの販売数をご存知ですか? もしその1000分の1のプレイヤーでも凶行に走っているのなら、悪影響は明らかです。しかし、たった数件では証明できません」
いいぞカレン。今回は感情を抑えて論戦しているじゃないか!
「数件とはいえ、尊い人命が失われています。そのゲームの利益は知りませんが、失われた命より価値があるとは思えません」
「そう仰るなら、映画や小説なんかも全て規制しないといけませんが?」
「今はゲームのことだけなので、話題を拡大しないように。今日において、ネットと暴力ゲームほど子どもに悪影響があるものはないでしょう? ちなみに、貴女はあのゲームを遊んだことは?」
「……あります」
バカ! 正直に答えて墓穴を掘るな!
「なるほど……私も少し調べました。現在ゲーム市場で大きな位置を占めるものに、1人称シューターがありますね? その元祖に、“シューターは残酷で教育に悪い”、という考えを社会に広めた物があるでしょう。貴女が熱心にやり込んでいるのもその類ですね? 自分も影響を受けていると思いませんか?」
「あり得ません」
すまんカレン、俺大ありだと思ってる……。
「他にも事例はあるので私はそう思いますが、ゲーム専門家の貴女が反対するなら、それにも耳を傾けましょう。ここで関係あるなしを客観的に証明できません。水掛け論になりますから」
他の先生たちは、2人のマジ論戦を固唾をのんで見守っていた。
「そもそも貴女は学生です。学生の本分は勉学です。貴女の学業成績は、どうみても称賛できません。家で十分ゲームをやっているなら、学校では勉強に専念すべきです」
最も痛い所を突かれ、カレンは黙してしまった。頭で反撃の言葉を必死に探している。『何か言わなきゃ! 早く何か言わないと負けちゃう!』、そんな叫びが聞こえる気がする。彼女は石像となり、視線を学年主任から外していた。
誰も何も言わないので、大時計の振り子の音がやけに大きく聞こえた。俺には却下までのカウントダウンに聞こえ、気が気じゃなかった。カレン……頼むから何とか言ってくれ! このままじゃ負けだぞ!
「校長先生ちょっと」
と、申し訳なさそうに沈黙を破ったのは、事務員さん。手を受話器の形にしたので、電話なのだろう。
「ん? ああ」
腕組みをして、口をへの字にしながら聞いていた彼は中座した。
「先生。ちょっとは桜さんの頑張りを認めたらどうですか? こいつ必死こいて原稿を覚えたんですよ?」
できるだけ口を挟むまいと決めていたが限界だった。うなだれている姿に耐えられなくなったからだ。
「ええ。プレゼンとしてはコンパクトにまとまっていました。桜さんの態度も堂々として非常に素晴らしかった。そこは評価します」
全く事務的な調子だ。
「鹿島さんも頑張って原稿を書きましたね。設立志望動機は大宮君が考えましたか?」
正確に言い当てられて、俺らは目を見合わせた。
「生徒が書く文章の癖はわかります。見た所、桜さんは発表だけですか?」
「そこは桜さんの気持ちをくんで書きました。暴力性云々に戻りますけど、先生の主張はわかりました。僕が思うに、犯罪に走る人は、ゲームじゃなくても何かしら影響を受けているんじゃないですか? というか、先生がそんな危うい子どもを指導すべきでは?」
「もう一度言いますが、仮定を俎上にのせて、あれこれ推論するのは止めましょう。そして、教師にそのような役割を求めるなら、すぐにでも実施できます。しかしながら、君たちには不都合じゃないですか?」
確かに……学年主任の攻勢は続く。
「先日桜さんには伝えましたが、君たちにも説明します。学校は教育機関です。なので、県民の理解を得られない活動は認められません。今のプレゼンでも指摘していたように、よく見積もってゲームは余暇活動ですから。eスポーツの認知はもっと怪しい。もし苦情や悪意のある報道が出ると、正常な教育活動ができなくなります。対応に追われるのは我々教職員ですからね」
要は、危うい活動を認めて厄災を被りたくない、というものだ。それをもっともらしい言葉で飾り立てているだけ。
「部活動となると、金銭が発生します。使われるのは税金です。ゲーム用の高価なパソコンに公費を投入するとなると、各方面から疑問を呈されます。昨今、公的機関に対する目が非常に厳しい。おかしなことをやっていると、ネットで簡単に炎上します」
「だから指導要――」
「指導要領は中央教育審議会にて、国有数の有識者が議論を経て策定されます。それを遊びにこじつけること自体おこがましい。君たちは妙案と思ったでしょうが、どう考えても子どもの浅知恵で、見当違いの論理です」
「納得いきません! 先生の言い分では、世間体ばかり気にしているじゃないですか⁉︎ 野球好きの生徒には、野球部があるように、ゲームが好きのコイツにはeスポーツがあってもいいでしょう?」
「もうやめて! アタシがバカだった」
すっかり戦意喪失したカレンが、悲痛な声を出した。
「コイツは本当にゲームが好きなんです。だから、学校で活躍できる場が欲しいんです」
「やめて!」
「うっせぇ! お前黙ってろ!」
「仮にもそういう遊戯を1つでも認めたとしましょう。そうすると似たような事象がいくつも出てきます。どうなるかわかりますか? 学校は遊園地になります」
「もう遊園地じゃないですか? 授業中に菓子食ったり、スマホゲーで遊んでいる奴なんかごまんといる!」
「そんな行為を、公に認めるわけにはいかないでしょう?」
「部活がダメなら、カレンが納得する処置をして下さい! コイツ謹慎からずっと凹んでいて、見てられないんです! バカなことを喚いたりやらかしたりして、本当にしょうもない奴ですが、こんなんだと俺まで調子が狂います! コイツがやりたい放題やって、満足する顔を見ていないと俺は……!」
「シンイチ……」
「それは君自身のことでしょう? 学校と関係ありません。聞き分けがよくないので、端的に言います。現在の社会通念上ゲームは遊戯です。いわんやeスポーツは認知すら怪しく、且つ遊戯の延長上でしかありません。一方、学校は教育機関です。故に学校で遊戯を行うことは認められません。そして君たち学生の本分は勉強です」
ぐうの音も出ないほどの正論に、なすすべもなかった。まだ反撃を食らわしてやりたいが、『なるほど、わかりました』と返すより他に選択肢なかった。
「一応提案を受けたという事で、後日私を含めた顧問会で設立の可否協議はします。しかし、私の見解は述べるまでもありませんね?」
俺たちはお手上げと確信し、学年主任は口をつぐんだ。もはや議は決したと思った副校長は、最終確認を乞うために、事務室へのドアをちらりと見た。
「最後に校長から……と言いたいのですが、まだ電話中ですね。では時間なので終わります。運営委員会が押してますので」
レースのカーテンの外に、先生たちが立っていた。
「最終的な可否は後日通達しますので、あなた達は退出して結構です」
お互いの顔を見ず、何も言葉を交わすことなく校長室を出た。終わった。3人ともそう確信していた。通夜だった。ナイトメア難易度だとわかって敢えて挑戦したんだが、やはりゲームのようにはいかないか。現実は厳しい。虚無感が半端ねぇ。
「どう……なるかな」
言うな。慰めにもならん。一層惨めになる。あのずらり並んだしかめっ面で明らかだろ? こんなことなら、初めからカレンに協力しなければよかったのか? 鹿島に説得されても、突っぱねればよかったのか?
学年主任が言ったことは、俺がカレンを止めようと説得した内容そのままだった。笑えねぇよ、いや笑えるのか? どうでもいい。
「ごめん。アタシさ、次クリアー当てられていたんだった」
カレンが精いっぱいの笑顔で繕った。ボリュームがあって長く美しいまつ毛は、露で潤っていた。
「先帰る。2人ともおつかれっ!」
タッタッタと軽快にスプリントして去っていった。
「カレンちゃん……」
奴なりの労いだろう。気持ちは爆破寸前だが、目一杯笑ったのだ。カレン、お前はがんばったよ。もちろん鹿島、お前もだ。見ると、黙ってさりげなく眼をおしぬぐっていた。
その後、カレンはモルモットのように丸まって、ぶっ通しで寝ていた。仮寝ではなく本寝である。寝息が凄まじく、普段注意しない先生までも、『静かに寝なさい』と諌める始末。一瞬目を開けるが、すぐに虚しい現実逃避に沈んでいく。
ホームルームが終わると、憂い顔の親父さんが迎えに来た。こうなるのを知ってたのだろう。フラフラと歩くカレンの腕を引いて帰って行った。その後ろ姿を見ていると、今更ながらフツフツと腹が立った。
クッソ! ちっとも上手くいかなかった。何がeスポーツを指導要領にこじつけるだ! 何が質疑応答の対応を考えるだ! ちょっとでも妙案だと思った俺はバカだった!
「ごめんカレン……」
その数日後、3人はeスポーツのeすら出さなかった。惨めになるだけだからな。しかし辛いことは残るもので、eスポーツ関連のニュースを見るたびに、アルファベットのeが出てくるたびに、心をえぐられた。黒歴史確定だな……。
『2年F組桜カレンさん、鹿島梢さん、大宮伸一さん、校長室まで来なさい。繰り返します……』
顧問会の結果告知だ。もういいよ……学校の立場は理解したし、俺らがバカなのも理解した。結果はわかっている。なので、死体蹴りは止めてくれ。ばっくれたい気分だった。
「失礼します……」
ドアを開けると、既にカレンと鹿島が校長机の前に並んでいた。2人とも何の希望も抱いておらず、さっさと終わらせろという表情だった。
「では揃いましたので……」
副校長が校長に一枚紙を手渡した。校長は咳払いをする。
『県立東高等学校 校長 長幹事
副校長 南部京子
教頭 卜部智則
以下の同好会の設立を認める。活動に当たっては、校則を遵守し、高校生としてふさわしい行動に努めること。
会名 eスポーツ同好会
部長 2年F組 桜カレン
副部長 2年F組 大宮伸一
会計 2年F組 鹿島梢
担当 梅本和夫』
「はぁああぁああぁあ⁉︎」
カレンが素っ頓狂な声を出した。俺も耳を疑った。
「今なんつった?」
おい、一番偉い人にタメ口使うな。
「あれから私も協議してね、どうしても君らの熱意を無下にはできんと考えた。最近の遊びの事情もよくわかって、とても興味深かった。ただ学校としては、中村さんが言った通りだ。公の立場は立場は変えられない。そこは理解してくれたまえ」
「ブンダバアアアア!!!」
海中に沈んでいたSLBMが発射されたように喜び舞い上がった。恰幅の良い校長は、イラズラっぽい笑みを副校長に向けた。
「私はね、こんな元気な子どもが好きでね。いやはや、校長になってまでM教師と言われるとは思いもしなかった」
応えるように少し笑みを見せた副校長が、俺たちに向かって言った。
「今回の同好会認定は、校長裁量によるものです。顧問会では全員が却下した、という事実を忘れずに」
「同好会……ですか?」
そういえばうちにはそんなものはなかったな。
「中村さんと梅本さんと話し、お金が動かない形で合意となった。部活動でないことに不満を持つかもしれんが、学校も十分譲歩したと思ってくれ」
と言って、両手で許可書を差し出した。
「ありがとうございますっ!」
弾みある声でカレンが受け取った。鹿島は横で優しい眼差しで見守っていた。
「あと桜さん。書面にあるように、少しばかり落ち着いてくれんかね?」
「はいっ!」
許可書を見せてもらったが、これは公的に同好会を保証するものではないと確信した。校長の職印がないからだ。それは県教委や県民の指摘をかわすためである。何か起これば、“認知していない所で、不適切な活動が行わていた”として、すぐに解体するつもりだろう。“その同好会は認めないし、活動費も支給しない。そして問題が起こっても学校は責任をとらない”意図も伺える。
一方で、“県には黙っておくから、上手くやるんだぞ”という意図もあるだろう。職印がないのは、言葉なき言葉だ。上下に通用する、実に教育公務員らしいやり方だ。
まあ、いくら責任を取らないといっても、俺らが学校敷地内で、制服着て活動している限り、教師の監督責任下に置かれているのは間違いない。“責任を取らない”というのは、彼らの威しだ。ただ、学校非公認の同好会を認めさせた実績は小さくはない。
「もう1つ知らせがある」
校長が続けた。なんと簡易の売店が、2学H組の隣にできることになった。事務長に掛け合って予算を組んでくれたらしい。2時間目の休み時間は従来の売店が開き、3時間目には新しい方が開く。もちろん商品は均等に分けられる。
「よかったな。やり方は手荒かったが、結果的に功を奏したじゃん」
校長室を出てから、カレンに言った。“the squeaky wheel gets the grease(キーキーうるさいタイヤは油を差される)”とはよくいったものだ。
「すべては計算尽くよっ!」
ウィンクをしながらサムアップ。引き算すら危ういお前がか? 俺は鼻の奥で、微かな含み笑いをした。唐揚げパンウォーフェアやゲット&ランのような大ごとを起こさなければ、決して校長を動かさなかったろう。ナイトメア難易度であってもクリアーできるもんだな。まあ俺らの力じゃなくて、校長のおかげだけど。
全員言いようがない暖かさを心に感じていた。絶対に却下されると確信していた反動も大きい。
「ねぇシンイチ……」
「あ?」
「………………」
カレンは急に落ち着かない表情になった。
「んだよ?」
「あのさ……えっと……」
「////// ありがとっ! //////」
!実績解除!【可憐な笑顔】(F12)
:条件:桜カレンの願いを叶える。
「勝手に2人で、いい感じのエンディングにしてるけど、私も忘れないでね?」
「お、おう……」
「ご、ごめん!」
とりあえずエピソード1は終わりです。今後の予定としては、再度この1巻の部分の誤字脱字矛盾点などを点検しつつ、エピソード2の執筆に取り掛かります。すでに3万5千字ぐらい書いていて、筋書きも決まったのですが、見直す必要あり。絵も載せたいのですが、そもそも私に絵心がないのでどうしようもない。一応キャラクターのコンセプトアートなどは描いたのですが、とてもアップできるクオリティーではない。
ともあれ、今後もよろしくお願いしますm(__)m