【e6m53】廃人に戻らず
とりあえず間に合いました。これからしばらく投稿できそうです。
『オレはゴールドで止まったことがないから、わからない』
このメールを読んだ瞬間、頭に血が登り、握り締めた拳が震えた。
以前、俺を叩きのめしたプラチナランカーに、恥を忍んでゴールドから抜け出すアドバイスを仰いだのだ。無論、アコード等で収集した戦術のトレンド、ゲーム解析から得たデータ各種、グリッチの研究など、自分なりの研究を長文にまとめたり、動画を撮影したりした。かなりの時間と労力をつぎ込んだのだが――
「まるで相手にされてねぇ……」
5秒で返せる回答だった。あのクソ外人……当然どんな奴なのかも知らないが、嘲笑っていたに違いない。あまりの恥辱に、声にならない呻きを絞り出してしまった。悔しくて、机を数回叩く。
奴がいそうなサーバーを片っ端から探して、今すぐ血祭りに上げてやりたい。けど悲しいかな、どうせ返り討ちに遭うのが関の山。最も得意なゲームが通用しないので、何かにかこつけて貶めようとしても、人格否定ぐらいしかできなかった。
以前、小学生と思しきキッドが、『どうやったら強くなれる〜?』と馴れ馴れしく聞いてきたことがある。下品な笑いと声変わり前のトーンが癪に障ったので、『お前は無理。今すぐ○んでくれ』と返したのを思い出した。
「巡り巡ってきたってわけか……」
10:18
10:19
12:20
『You lost the match』
「……」
そして、今日も言葉も出ないほどの負けだった。しかも今まで格下と思っていた相手にだ。別に手を抜いたわけでもない、ながらで戦ったわけでもない。それどころか、“16番ドック”と呼ばれる俺の得意なマップですらあった。あまりの不甲斐なさに顔を覆って、モニターの前で固まってしまった。
新たな終端装置が送られて来たのは、故障から約2週間後。その間、すっかり腕が鈍ったのか? パッチでゲームバランスが調整されたが、それでもこんな負け方はしない。やる気が底まで落ちたので、力なくパソコンの電源を落としてしまった。
「人心地は戻った……けど失ったものも大きかった」
真っ当な生活を犠牲にしていた頃は、集中力が極限まで高まり、指先と目の感覚が研ぎ澄まされ、6時間ぶっ通しで戦おうとも疲労を感じなかった。プラチナランカーにも粘り強く迫って、競り勝つこともあった。
その代償として、衣食住すら危うくなり、平気で学校をサボり、昼夜が完全にひっくり返り、わけもなく殺気立っていた。
「これでよかったのか?」
ゲーミングチェアを回転させ、小綺麗になった部屋を見渡す。あれから、叔母さんの作り置きの料理は残さず食べ、時々自炊もしている。シャワーではなく湯船も張り、部屋の掃除にも気を遣う。
「ランキングが日に日に落ちているのがツレぇ。かと言って、また押し上げるには、それこそもう一度倒れる覚悟でやり込まないと」
従姉妹と叔母さんが脳裏を掠めた。流石に2度目はヤバい。今度やらかすと、堅苦しい辻家に押し込められるか、2人がここで暮らすことになりそうだ。
「ん?」
手持ち無沙汰に、スマホを弄っていると、スパムに混じって、とあるeスポーツカフェからメールが届いていた。
『拝啓 Wolfplayer様 拝啓 突然のメール失礼いたします。弊社は――』
この慇懃な文面を要約すると……とあるインディ開発元と提携し、そこが作ったチーム戦FPSのeスポーツチームを編成する予定である。その選手の1人として、俺が候補に上がった。選抜戦を行うので、挑戦してみてはどうか――というものである。
「はっ」
鼻で笑った。あのちゃちでアホっぽいFPS? それに俺が? 随分と見下げられたもんだ。そもそもチーム戦ってのが気に食わん。そんなのマヌケが1人いるだけで、負け確だろ。その上、責任がぼんやりして、他の誰かのせいにしがちだ。結局、馴れ合いになってしまうからな。
「ワンオンワン以外、eスポーツじゃねよ」
それにあんなクソゲー、よくてアジアで流行るだけだろ。プレー人口もレベルも低すぎる。今俺がやってるのは、全世界で遍く普及してるからな、井の中の蛙なんてまずない。
そして、企業の走狗になるぐらいなら、死んだ方がマシだ。俺は実力だけで頂点を目指したいんだ、誰からも利用されたくないし、面倒な仕事なんてやりたくねぇよ。
「それに、あんなのやり始めたら、周りから嘲笑われるぜ。落ち目のなんとかってね」
というわけで、辞退のメールを書――いや面倒だからシカトしとけ。
「はあ、ゲームやんねーなら普通に学校行ってさ、出席日数稼げば良かったな……て、もうとっくに放課後か」
ゲーミングチェアを平にして横になり、窓の外を見る。薄雲がたなびきながら、旅路を進んでいる。部屋はシンと静まりかえり、時計の秒針はもちろん、耳鳴りまで聞こえる。
「はあ、さっむ……」
パソコンを切ってしまったので、途端に部屋がうすら寒く感じた。けどエアコンを入れるには早い季節。何かを羽織ろうとした時、インターホンの音がなった。
「比日起居すること何如?」
従姉妹だった。以前、あんな強い調子で責め立てたので、きまりが悪い。目線すら逸らしてしまう始末。それでも彼女は、何事もなかったかのように買い物袋を置く。レトルト食品や叔母さんの作り置き料理だろう。最近は俺を避けるためか、玄関先に置きっぱなしだった。
「のう、仏前に手を合わせてよかろうか? なに御懸念くださいますな、手短に致しまする」
「?」
「そのお顔……今日は母上どのの月命日ぞ? よもやお忘れか?」
月命日どころか、命日すら忘れていた。
従姉妹は買ってきた花を供え、数珠を押しもみ、読経を上げる。その様子を、戸口に寄りかかって、しげしげと見つめる。俺自身、何回手を合わせただろう? 多分1回もない。ましてや、納骨堂に行こうとすら思わない。
つか、コイツも律儀だよな。まあ叔母さんに言いつけられて、しかたなく来ているのだろう。俺がコイツの立場だったら、面倒で絶対こんな世話焼いたりしない。
そう考えている内に、なんだか申し訳なくなってきた。あの時は先公に説教をくらって苛立っていたとはいえ、コイツに八つ当たりすることなんてなかったのに。
衣擦れがしたかと思うと、従姉妹は立ち上がって、帰り支度をしていた。
「たまには宮どのも手を合わせたも」
俺に物を言われたくないのか、そそくさと家を出ようとする。彼女が玄関に座って靴を履いている時だった。
「なあ……」
「?」
「あのさ……」
「何か? また文句の一つでも?」
振り返る従姉妹は、冷淡で事務的だった。
「違う。その……この前は……悪かったよ。ほら、さっさと帰れって怒鳴って」
「ほ」
こう一笑に付すと、静かに扉を閉めて帰ってしまった。
「くっそ!」
小さな怒りが爆発し、思わず壁を殴った。ちょっと下手に出たらあの態度だよ……。こんな事なら、謝らなければ良かった。つか、殴った拳が痛ェ……。