【e6m52】真昼の品定め
ここで一旦終わりです。
昼休みに、教室のドアが勢いよく開いた。余りにも力みすぎたのか、反動で閉まりかける。
「ブンダバー86点〜!!!」
数学の追試を振り回し、踊り出す勢いで喜び帰ってきたカレン。そりゃよーござんした。これでお勤めを果たしたことになる。数学の評定も2になって、留年の危機を乗り越えたわけだ……少なくとも1学期は。
「おめでとう、いっぱいがんばったもんね」
「よゆ〜よゆ〜」
「流石に極端に簡単なテストだと――あ゙い゙でっ!」
「うっさいバカッ!」
平手打ちすんな。鹿島もアハハと呆れ顔だ。
「やっっっと、今日からゲームできるわ。マジ長かった……ご褒美にパパりんから何か買ってもらお」
コイツの頭脳は、ところてん突きだからな。つまりゲームで遊ぶと、学習内容は右から左に出ていく。こんなことを口走ると、今度はマジでフラグされるから黙っている。
その時、予期せぬキャラが来た。G組の菅だった。カレンに向かって、俺を指差しながら言う。
「よお、ちょっとコイツ借りていい?」
「あ? 借用願書いてきたん?」
「なんでお前の所有物なっているんですかねぇ……」
日陰になっている渡り廊下で、開口一番にこう強く言われた。
「なあ、辻ちゃんの事教えてくれないか?」
「?」
「お前従兄弟だろ。だから、趣味とか触れちゃマズい一線とか、とにかく色々教えてくれよ。頼むっ!」
「お前ナイトレイドで同じチームだったし、着裳にも出席したろ? あんな感じだよ」
「そんな漠然と言われても、わかんねぇよ」
俺から思ったような答えが出てこず、焦ったさを滲ませる。恰幅の良い姿を乗り出しており、おふざけではなくマジのようだった。
「あのな、お前といる時の辻ちゃんて、すっげーキツいだろ? けど俺の前だと違うんだよ」
「まあ、あからさまに心化粧してるな、あれは」
「だろ? だろ?」
「けどそれって、付き合い始めの嬉し恥ずかしだから当然だろ。そのうち素が出てくるんじゃないか?」
「そうか……わかった。じゃあさ、一緒に遊びに行くとしたら、どんなところがいい?」
いくら俺が従兄弟だからって、そんなのは自分で考えろと言いたい。つか、俺自身もわからない。なにせ、共通の趣味なんてないんだから。まあ少なくとも、これだけは言える。
「……お前らバーガー屋行ったろ? あれ最悪だぞ」
「マジィ⁉︎」
「考えてもみろ。普段から季節折々の和食で舌も肥え、あの年でお袋の味を捻り出す手腕なんだ。俺自身は悪く言うつもりはサラサラないが、ジャンクフードで騒がしく風情もない所、あいつは胸中どう思ったことか」
菅は見る見るうちに真っ青になり、両手で頭を支えた。
「うげぇ〜! 俺といる時はずっとニコニコして、期間限定バーガーにも『大変美味しゅうございまする』とか言ってたのにぃ!」
「ハッ、既に手痛い一振りくらってやがんの、笑える」
「ちょっと土下座してくるっ!」
「おいおい待て。人の面前でそんな恥かかせるな」
「そ、そうだな……」
これ以上になく取り乱している。コイツは気さくだから、男女ともに仲良くなれるんだが、殊に辻さんに関しては神経質になっているようだ。そりゃそうか、彼女は今ドキ女子とは違うから。
「ま、あいつはそんなことで幻滅する奴じゃないよ」
「だよな、だよな? そう願いたい……てか、俺らの後をつけてたのか?」
「うっ……偶然からの好奇心だよ。帰っている時、後ろ姿を見かけてね。ほら、髪がめっちゃ長いから、すぐわかるだろ?」
「あのツヤッツヤの超ロングマジやばくね⁉︎ あの少しいけずな流し目でさ、すんげーいい匂いを漂わせるんだぜ? 可愛い系じゃないけど、目利きは1年女子の中で彼女を推してるんだぜ?」
めっちゃ早口で、彼女自慢をするこの男。呆れるわ。
「俺にはわからん」
「そりゃ身内だからな。なぁ、辻ちゃんの人柄とかもっと教えてくれよ」
「……少し嫌味っぽくてねちっこくて、愛嬌も無いけど気品はある。頑固だが一本気だよな。所作も綺麗で、家政も完璧。自然や風景を愛でる教養も豊か。一見冷徹に見えるけど、恋の道には武士よろしく負けじ魂を燃やすんだ。俺が先輩にかまけて1人物憂う姿も、また幽玄なんだよ……ってお前、何メモってんだよ」
青空の入道雲を眺めながら、思いつくことをつらつら話していると、いつの間にか菅の奴はメモ帳に俺の言ってることを書き取っていた。
「いや、今後の会話の選択肢で参考になるなって」
「なるかよ」
「あのさ……変な事言っていいか? なんだかさ、辻ちゃんは当て付けで付き合ってくれてんじゃないかと思ってんだよ。ほら、お前にはめっちゃ可愛い先輩いるじゃん。でも辻ちゃんだって、絶対お前以外にあり得ないって気概だったじゃねーか」
征矢で胸を射られる心地がした。そうだ。俺だって、あんな保守的な従姉妹が、どこの馬の骨かわからない野郎に、なびくなんてあり得ないとタカを括っていたからな。けどよくよく考えると、彼女には進取的な一面もある。
指切る心中をもして、更にそれを題目にした和歌まで送っても、好色を省みる気なしと判断した彼女は、赤い糸をバッサリ両断した。そこに偶然コイツが現れた。ではお手並拝見と言うわけだ。
「お前らはよく痴話喧嘩やってて、校内でも有名だっただろ。だから玉砕覚悟で突撃したんだが、まさかのOKで未だに信じられねーんだわ……お前と辻ちゃん、何かあったんか?」
「別に」
「なんだよその顔。スッゲー不満そうじゃねーか。お前には先輩がいるだろ? 辻ちゃんまでキープしておこうなんて反則じゃね?」
非難の気を含んだ物言いに、返す言葉もない。平然を装っているが、奴の目も直視できない有様だった。その時、そよ風の中にほのかに白檀の薫りが乗って届けられた。俺は菅の追及を躱すため、無言でちょいちょいと、彼女の方を指差す。
「あ? なんだよ、おっ! あれは……ちょっとイベント起こして好感度上げてくるわ。じゃな!」
鼻息を荒くし、シリアのウェアブルのようにスプリントする菅。助かった。俺だってフラフラしているのはよくないってのはわかってる。けど辻さんと先輩が、ワーキャ〜愉快に喧嘩しているのが楽しくてな。
「そうだ、いいんだ。俺には先輩がいるからな……可愛い先輩が」
「|*'ヮ')」
今回も読んでくれてありがとうございました。