【e6m45】ゲーム廃人
とりあえず完成した部分だけ毎日投稿できそうです。
「うっ……」
無意識の暗闇から視界が徐々に開けると、見知らぬ天井が目に入ってくる。頭がぼんやりして冴えない。上半身を起こすと、どこか浮遊感がある。腕には針が刺さっており、それは点滴に繋がっていた。
ベッドの側に座っていた従姉妹が――
「目覚め申したか」
と、素っ気なく残して席を立つ。あかぬけない寺の匂いを残しながら。
ここは……病院? わけがわからん、なぜこんな所に? 俺は部屋でゲームをしていたはずだが……。しばらくすると、従姉妹と叔母さんと共に、医者も入って来た。
「栄養不足と脱水症状です」
生活苦でもないのに、こんな症状で担ぎ込まれるとは……と呆れられた。日頃の生活習慣を問診すると、コイツはさらに眉根を深く寄せた。最低限の食事や睡眠は取っていたはずだが?
「カフェインの大量摂取は危険です。すぐにやめましょう」
こうも釘を刺された。じゃあどうすればいいんだよ。しっかし頭の回転が鈍すぎて、まじダリィ。このまま入院か? そんなのまっぴらだ。
「今日帰宅して大丈夫でしょう。ただし、しばらくは安静にしてください」
どんよりとした雲の下、叔母さんが運転する車の中にいる。誰も何も言わず、ただラジオが一方的に喋るだけ。車内は、重苦しい雰囲気に満たされている。横をチラ見すると、能面の従姉妹が姿勢正しく座っている。間も無く俺の家に着いた。ドアを開ける前に礼を言っておく。
「迷惑かけました……」
「いいのよ。けど身体には気をつけてね?」
「それよ。自今より廃人の如き生様は止めたもれ」
「……」
「それに、シャワーだにも浴びなむ」
車外に出て扉を閉めると、走り去って行った。去り際に臭いとか、ムカつく女だ。学校に行く前には浴びてるっての!
カーテンを閉じ切った自室に入ると、ゴミの散乱に引いてしまった。四六時中引き籠もっていたので、感覚が麻痺していたのだろう。さっきまで小綺麗な病室にいたしな。電灯を点けると、一層酷い様相が、あけすけに晒される。かろうじて足の踏み場がある程度だ。
「それに臭っさ……」
てんこ盛りで周囲にあぶれているゴミ箱から、腐敗臭が立ち昇る。脱ぎ散らかした下着もかなり怪しい。湿度も高いし、なによりパソコンの排熱で暑苦しい。窓を閉じっぱなしにしていたから、空気も淀んでいる。
『Disconnected from server』
物言わぬモニターが、最後の記憶を辿らせてくれた。“3:19”。そこまでは覚えている。観客が口をつぐむほど一方的にボコられて、惨敗と評する他なかった。ヘナヘナと力が抜け、一気に虚無感が襲う。
「人生終わった……」
そりゃそうだ、文字通り全身全霊を捧げていたのが、全てオシャカになったのだから。
「掃除でもしよう。何かしてないと鬱になる……」
撃ちまくった30㎜機関砲の排莢みたいに転がっているのは、エナジードリンクの空缶だ。ゴミ袋に詰めても詰めても、そこかしこから出てくる……ベッドの下からも。一体俺は何本飲んだんだ? 日本人が落ち始めると、少なくとも1本あおって海外サーバーに突っ込んでいったよな。
「空容器とか割り箸もひでぇ……」
時間がもったいないから、片手間で食べれる物ばかり注文していた。フラグされてリスポーンする間に、掻き込むの繰り返し。味なんてどうでもいいし、満腹だと眠くなるので量はほどほど。自炊なんてもっての他だ。ブリトーとか固定栄養食品とかカップ麺とか、そんなゴミが大量に出てくる。
「叔母さん作り置きのおかずが、完全に腐っていて、それをゴミ箱にぶち込んだままだから、すごい臭いを放っている」
倒れる前は何とも感じなかったが、今は鼻が曲がる程の悪臭だ。さっさとゴミ出しすべきだった。
「クソ、燃えないゴミの袋に入れちまった……」
キッチンに行き、可燃物用のゴミ袋を取り出す。そのついでに、冷蔵庫を開けた。確かこの中にもおかずが入っていたはず。
「これも……これも完全にアウトだな。てことは、納戸の果物なんか発酵してるんじゃね?」
玄関に行く途中、リビングのテーブルに、見慣れない買い物袋があった。
「ん? これは……?」
中を覗くと、インスタント食品の上にレシートが置かれていて、日付が今日だった。なるほど、叔母さんはこれを持って来た際、俺が這い出してこないと怪しんだのか。案の定俺は気絶していて、病院に連れて行かれた……と。
シンとしたリビングで、ため息をつく。しばらくは抜け殻のように、無気力の日々が続きそうだった。
「ダリィ……腹も減っていないし、ゲームする気もない」