【e6m44】焚く藻の煙が風に靡く
これで一旦区切りです。
次の日の休み時間。教室で昨日の事をぼんやり振り返っていた。当然あんなことがあったから、通い妻の辻さんは、もう姿を現すことなはい。そこに鹿島がため息をつきながらやって来た。
「なあ。次の調理実習って、俺は玉ねぎだけ持ってきとけば良かったんだっけ?」
「そだよ……それにしても昨日は大変だったよ」
「?」
「カレンちゃん。教室を封鎖して、補習をストライキしたんだよ。私が説得して事無きを得たんだけど」
校門を出ようとした時、奴の喚き叫ぶ声が、そこら中に響いていたからな。補習をストとか、相変わらず馬鹿すぎて桜満開だな。
「そういえば、今日ものぞみちゃん来てないけど?」
「さあな」
鹿島は、人差し指を唇の上に置き、“う〜ん”と考えるエモートをする。
「もしかして、何かあった?」
「鹿島先生は、なんでもお見通しなんスね……」
「そろそろお話の転換かなって。それに今日は、必要なカロリーはおろか水分も取ってないでしょ? 考え込むのはいいけど、ちゃんとご飯は食べてからにしてね?」
健康観察スキルを最大まで上げているのだろう。多分こいつのHUDには、俺の体温・血圧・SpO2・脳波・摂取カロリーはおろか、水分とかビタミンとかミネラル類とか、全部表示されてそうだ。
「……マジで怒らせちゃったんだよ」
「残念。そもそも大宮くんが悪いよ。まい先輩に惹かれるのもわかるけど、のぞみちゃんがどんなコかわかるでしょ? むしろ、今までよく我慢した方だよ。本当なら、とっくに見限って、同じ空気すら吸いたくもないと思う」
いつもの残念顔を隠さない。てか、俺がなにも言わずとも、先輩絡みとわかっているのな。まあ、いつものことだからか。
「あんな女の子、滅多にいないよ? この前の儀式1つ取ってもわかるでしょ? 髪はとっても綺麗だし、品格があるし、お料理やお掃除洗濯も完璧、“立てば芍薬、座れば牡丹”だよ、本当に――」
「あぁ〜!!! ま〜た補習プリントよこしやがった! お〜シンイチ……って何シケた顔してん?」
そこに、“立てば爆薬、座ればボカン”が帰ってきやがった。俺の憂顔を見るなり――
「ははぁ、とうとう辻のんに三行半突きつけられたな? バカじゃね? アンタがピンクの乳に、ず〜っと吸い付いているからじゃん」
と指差して笑われる。銀河級馬鹿にバカ言われる筋合いはないが、言わんとする所は、鹿島と寸部違いないので、何も言い返せない。
「ついでだから、教えてやろうか? アンタさ、メグやささみとも仲良かったじゃん? だから男子が相当なヘイト溜め込んでるって。好感度メーターは敵対に振り切れてんじゃね?」
「本当?」
「誰も俺に忘れ物を借してくれないし、体育の時2人組になってくれない。すれ違う時、よく睨まれるし悪口も言われる」
「ウハハ〜! そりゃご愁傷様。もうアンタはさ、アタシとゲームしてりゃいーんだよ」
「そんな気分になれん」
「はぁ⁉︎ なによ、何の不満があるわけ? アタシほどかわいくて、清楚で、いじらしいヒロインいないっしょ⁉︎」
「「えぇ(困惑)」」
2人して声を揃える。全く笑えない冗談だが、本気でそう思っているのなら、いよいよ鹿島に病院を紹介してもらったほうが良い。
「あっ……ほらほら、プリントをいじらしく頑張ろうね? 私も手伝うから」
「あ、ちょ、ちょっと――」
急にきまりが悪そうに、鹿島がカレンを引っ張って行く。何だ……と思ったら、辻さんと菅がやってきた。2人とも、神妙な顔つきだ。愉快な事が起こりそうな雰囲気ではないのが、瞬時にわかった。
「よう。あのさ……報告があるんだ」
と言う菅の目は、俺と合わせようとしない。声も言い淀んでいる。なんとも言えない鉛色の空気が漂う。しばしの空白の後に、思い切って切り出した。
「俺と辻ちゃん……付き合うことになったわ」
「は……?」
「あの着裳の時、親父が『とても素晴らしい娘さんだ』って感動してね。俺もそう思ったから、玉砕覚悟で告白したんよ。そしたら受け入れてくれて、今ココみたいな感じ。従兄弟のお前が気がかりだったけど、そもそもお前にはかわいい先輩がいるじゃん?」
虻の目のくり抜かれたる有様で、辻さんを見ると、彼女は物言わずコクリ頷くのみ。その表情は、能面のように無表情。昨日泣き腫らした目は、脂粉で巧妙に埋めていた。
「そうか……」
「お前にはちゃんと言っておかないとなと思って……じゃな」
「左様なら」
凝縮した想いを短い言葉で放った従姉妹は、名残惜しさすら見せず立ち去った。垂髪のゆらゆらとして見事で、彼女を止めるには今ここで一房掴むしかないが、手が出るはずもない。遠くの席からヤジが飛ぶ。
「うっしゃ、今日からアタシと遊んでっ!」
「そうだな、完全にフラれたからFPSでもやるか~……ってなるかバカッ!」
「ウハハ。どーせ辻のんも、マジで付き合ってるわけじゃねーだろ。アンタを試すつもりだって。最後には『巫山戯申しておりました』ってなるに決まってるし」
「こら、そんなこと言わないの。大宮くんも、泣いちゃダメだよ〜?」
「泣いてねーよ、今玉ねぎを切る練習をしているだけだ!」
即座に馬鹿の馬鹿めいた合いの手が入ったから、シリアスな雰囲気にならずに済んだ。俺としても、そっちの方が助かった。そして、今日の家庭科で作るカレーは、一層塩気が増すこと請け合いだ。
今回も読んでくださってありがとうございます。