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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e6m39】豊明

続きです。

 裳着の日以来、俺と辻さんの距離が縮まった……気がする。彼女は先輩みたいに、押して押して押しまくることはない。けど、家庭はおろか学校でも可能な限り一緒にいて、影のように添ってくれる。

『また女を替えてる……なんだよコイツ』

 すれ違いざま、モブキャラにこう呟かれると、従姉妹は屹度(きっと)眼差しで射抜く。これだけで、(すく)み上がること請け合いだ。それでも何か嫌味を言われようものなら、薙刀で斜交(はすか)いに一条切るのも躊躇しないだろう。

「あはいと堪へがたげなり」

 仲良く家に帰った後、彼女はささ濁りながら、そう切り出した。正座して、三色団子と甘酒を乗せた盆をつと前に差し出す。俺が着替えるまで待ち、手を出すまで彼女も手をつけない。

「?」

「ほ。謗られておったのに、そのお顔」

「ああ、さっきのね。気にしてないよ」

「然ればこそ申しつれ。わ殿が『この女をこそ』だに思わず、女房皆一人残らず鮑を賜はすのが悪うございまする」

 アワビがなんだと訳がわからんが、とりあえず俺の半端な態度が気に食わないらしい。

「よっこらせ。いただきまーす」

 呑気な俺に長大息漏らすと、部屋の掛け軸にそば目する。それには、着裳の時に拵えた俺の和歌が、改めて書かれてあった。墨飛沫が迸るほど躍動する筆の跡で、まるで俺に“ゆめ/\忘れるべからず”と凄んでくる。団子を持つあの白い纖手(せんしゅ)から、あのような字を流すとは、澎湃(ほうはい)たる気持ちだったのだろう。

「つとに櫻どのと艶色無双は、事ある毎に宮どの宮どのとしきりに要じて、(しょう)に憚ることすら知りませ……これッ! 聞いておりますか⁉︎」

「おりまする」

「ほ。(しょう)が涙で目も曇りつつ、月の光もおぼろに浴びていた日々を知らずして、合歓(ねむ)の花のまつ毛をあはれび、胸乳を(かなし)ぶ御心、まこと優雅にございますな」

 かこち顔で、甘酒を一口。あーあ。このままだと飯の時間まで、嫌味を長々と言われることになる。彼女は、高そうな茶碗を両手で腿上に置くと――

「よのなかに ももとさくらの なかりせば ひとのこころは のどけからまし」

 これ聞こえよがしに詠む。本当、先輩に負けず劣らずの生一本で、情熱的且つ自己中心的なロマンチストだよな。ただ嫉妬深くて、婉曲的な表現しかできないから、損しているようにも見える。

「おもむろに ひとのこころと いふけれど のどけならずは なんじがこころ」

「あは、こはなでふことのたまふぞ。人心を置き惑わして、いと不便なる“かへし”なりや」

 思わぬ反撃を受けて、顔を赤めてプイとする。適当に思いついたものだったが、意外にも相手に裏搔いたようだった。

「もう知りませぬ。恋ひ詫ぶ心を弄ばれて、何心地かせまし」

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ」

「……」

 まずいな、そっぽを向いたまま物も言わないが、そんな顔のにほひも美しい。俺が悪いのはわかっているが、散々人を非難しておいて、いざ自分が反撃を食らったら、これかよ。

「なあ機嫌直してくれよ」

 彼女はグイと甘酒を一気に空にした。ちょっと気まずい沈黙が流れている。外から、草刈りの香りが、そよ風と共に届けられる。叔父さんが庭いじりしているのだろう。

「なあ……」

「………………」

 辻さんがこちらを振り返った時、赤い頰に妖艶な笑くぼを浮かべていた。そして、スッと腰を浮かせると、すり歩いて来て、そのまま俺の隣にぴったりと寄り添う。潤んだその上目遣いで――

「これでさる方にやあらむ」

 と耳語ささやく。彼女の顔色は(あか)らめて……これ酔っ払ってね? 甘酒って普通アルコール入ってないよな? 少しふらつく彼女の肩を軽く抱く。その取る手まで匂い立ちそうな白檀(びゃくだん)の香が、髪や衣服にたきしめられていた。

「あなはづかし。はしたなう顔が火のようにほてって……。宮どの、今日のわ殿はいとよう見栄えますの。近くてよう見えまする」

「酔っ払った?」

「甘酒で酔う柔弱骨が、どこの世におるか」

 俺の目の前におりまする。もうね、俺の手に力なく全身預けており、普段の鏃のような鋭い目は、とろけそうに崩れている。口の呂律も定かではない。

「のう、我らは共寝を既に致しております。もはや嫁打ち棒を蜜局に植えるのみにあらずや」

「なんてことを。お前は大切だから、そんなことできん」

「…………そのお言葉、しかと胸中に納めておきます」

 息が絶え入りそうなぐらい荒く深い。額に掛かった髪をかき分けて手を当てると、かなりの熱があった。

「なあマジで大丈夫か?」

「息が苦しうて、身体中が熱うございまする」

 額どころか、彼女の着物を通してカッカッとした体温が俺にも伝わる。って、おいおい。崩れかけた衿元を一層開けるな。俺はそれを阻止するため、華奢な身体を力一杯抱きしめた。

「あは、なんというお戯れを」

「ちょっと休め」

「なでふさることあらむ。この幸せの中で命果てとうございます……」

 顔を俺の胸板に突っ込める。あのな、俺だって恥ずかしい。常田先輩とキャッキャウフフするのと訳が違う。もし叔父さん叔母さんに見られたら、どうなる? 

 程なくして、スースーとかわいい寝息が聞こえた。抱擁を解き放つと、薄化粧の下に無垢な顔を覗かせていた。甘酒が入った茶碗と見比べる。

「たとえ酒粕入りだったとしても、これはないだろ。度の強い酒なんか(あお)ったら、ひっくり返るんじゃないか?」

 とりあえず、自分の布団に持っていこう。垂髪を踏まないようにしなきゃ。小柄な彼女は軽く、そのまま俺の布団にゆっくりと横たえた。その寝顔を見ていると、昔は俺も横に並んで昼寝していたこともあったなと、ふと思い出したのだった。

今回も毎日投稿できますが、そこまで続きません。

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