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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e6m37】饗宴

 饗宴(きょうえん)を始める前に、座布団の配置直しがあった。もう辻さんの舞台は必要ないので、目一杯に余裕を設けて座り直す。

「そういえば……」

 時香盤に盛られた抹香の煙が、いつの間にか吹き流されていた。着裳の途中、その香りが何度か変わって、見るだけの儀式に変化をもたらしていた。辻さんらが、時間の経過を知る手がかりにもなっていただろう。式の時間が押すことも巻くこともなかったから。

 バケツリレー方式で、1人1つの懸盤が回される。そこに休む間もなく、割烹着の叔母さんと()の衣装に戻った辻さんと叔父さんが、齷齪(あくせく)陪膳(ばいぜん)する。

「のぞみちゃん、とっても綺麗だったわよ」

「今日は大成功ね」

 俺は遠目で見ていたが、配膳するたびに、彼女は客人から褒め称えられ、頬を紅にする。ただし、ヒロインらに持って行って言葉を交わしている時は、いつもの気色だった。膳部が行き渡ると――

「それでは各々方、盃をお取りくだされ」

 と祖父が、声高に呼びかけて一献挙げた。大人たちの瓶子(へいし)には日本酒が入っていたが、紐で小さく花結びしてあるのは、未成年者への甘酒だ。

 そこからはもう親戚同士の集まりといった感じで、和気藹々と会食と談笑が進む。

「これもアイツが作ったん?」

「そうだね、すごく美味しい」

 ヒロインどもは、慣れない人と場所に萎縮気味だが、まあ5人もいれば話し相手には困らないだろうし、後で辻さんも合流するだろう。カレンも全く問題起こさなかったしな。

「……」

 それにしても食器からしてすごいな。懸盤には漆と蒔絵(まきえ)とが施され格式高いし、お椀にも菊の柄が描かれ、季節感を盛り込んでいる。箸はピンセットのような折箸だ。こんなもん、どこから買ってきたんだ? ウニティのアセットか?

 料理についても、たくさん食べたい人とか、濃い味付けが好きな人にとっては、辻さんの手料理は合わないだろう。どちらかというと、旬の食材を大切にし、量より絶妙な味わいを重んじている。

 彼女が最も気を使うのが煮物碗(お吸い物)だ。これは和食の中で、献立の華といわれ、慶事やおもてなしとして、ぴったりの一品である。

 吸い地にはミネラル水を用い(水道水はカルキ臭がすると嫌う)、昆布は選りすぐり羅臼(らうす)、鰹節は必ず削りたてものを使用。今晩の碗だねには、今が旬の(はも)のしんじょ。魚の団子にバーナーで焼き目をつけたものだ。それに、季節の碗づま、青み、吸い口などを添えて完成する。

「辻さんの成せる技だな」

 絶妙な塩加減と旨味がする吸い地を、一口味わってひとりごちた。時々、彼女が厨房に立っている姿を見ていたからわかる。

 もちろん、この煮物碗はあくまで一品。今晩の饗宴では、本膳三客(十七品)に引物三客(九品)もやってくる。もちろん一品の量は少ないので、全部食べても満腹にはならないが、たとえ作り置きをしていたとしても、辻さんらにとっては、とんでもない労力だ。

「涼しげな顔で配膳しているが、厨房では叔父さんと叔母さんと3人で、はちゃめちゃ協力料理アクションゲームになっているんじゃないか? 俺も黄色のコックタイ締めた方がいいかも……」

 しかも、カレンの親御さんが贈った(スズキ)を今しがた捌き、ちょっとした刺身として出す手際の良さよ。

「酒の肴が来ましたぞ。さあさあ、今一度盃をお取りくだされ」

 さっきまで厳つい顔だった辻家の祖父は、心良く数献に及んで全くの赤ら顔。怡怡如(いいじょ)たる様で酒を上げた後は、子や孫らと語らっていた。本来は饗宴も儀式であり、単なる食事会ではない。だから厳しい作法があって、例えば今のように、膳が変わる度(引物は主に酒の肴)に盃を上げる。

『されど、あまり作法作法と拘っていても、息苦しいだけよ。本家後継の元服ならともかく、のぞみの学友もおるに』

 と、いつぞやの夕飯の時、叔父さんがざっくばらんな形式でと提案していた。

「……」

 それにしても、近くに話し相手がいない。ヒロインらの所に行けばいいかもしれないが、叔父さん叔母さんの手前、馴れ馴れしくしたくない。ふと菅のやつを見ると、アイツも父親の横で、静かに箸を取っていた。

 宴も(たけなわ)過ぎし(みぎり)、徐々に参列者は引き出物を手に中座し始め、祖父の帰り際には親族全員で見送った。ヒロインらも、食事を終えたら帰ってしまった。菅一家もいつの間にかいない。

「今後ともよろしくお願いします」

 叔母さんが、最後の客を見送ったら全て終わった。イベント的にはなんら面白いことは起こらなかったが、裳着は(つつが)無く(おわ)んぬというわけだ。

「お疲れ様でした」

「ひと段落ね。無事に終わって」

「ええ」

「ちょっとお風呂は待ってね?」

「もちろん。俺も後片付けやりますよ」

「そう? 申し訳ないけど助かるわ。じゃあ早速だけど、お椀を洗って仕舞うのをお願いしようかしら」

 客間では早速、叔父さんが本家から借用した調度品などを、丁寧に箱に詰め戻していた。儀式は終わったとはいえ、事後も一苦労しそうだった。

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