【e6m35】人々到来
朝のちぎれ雲は風早に吹かれどこへやら、昼には日うららかに射して、濡れる草木に置き添われた露ぞ光輝く。
「おお。瑞雲どころか、虹まで立ちおったわ」
辻さん家に帰ると、縁側に立っていた叔父さんが空を指差す。仲良く並んでいた叔母さんもにこやかに笑っていた。どうやら全ての前準備は終わったようだ。今日も辻さんは学校を休み、最後の下稽古に臨んでいた。
古来ゟ、重要な行事は夜に行われていたので、今日の裳着もそれに則って、戌の刻より挙式となる。既に辻さんの姿は見えない。もう部屋に籠り居て、着付師が容作りや着装などをしているのだろう。
一家の人々が、ファストトラベルで徐々にやって来つつある。まあ俺の知らない顔ばかりだ。叔母さんは、厨房でお料理大混乱なので、叔父さんが玄関に出迎えているが、話し込むこともあって、俺が客間まで案内することもあった。
「お?」
聴き慣れた声と共に、セーラー服の女子高生ら(俺もこの時は学生服)が現れた。
「これはこれは、よういらしたの」
「こ、この度はおめでとうございます」
鹿島が代表して挨拶するが、慣れない場に緊張している。メグや小早川氏もどこか落ち着かない様子。先輩は流石だ、いつも通りにニコニコしている。そして、カレンは借りてきた猫のように大人しい。
「これ、みんなからぞみちゃんにお祝いの品です」
「あ。アタシの親からも、預かってますんで」
「おお、わざわざ有難うございまする」
鹿島がプレゼントを差し出した後、カレンも親御さんから預かっていた、大きな鱸をインベントリから取り出す。しまったな。来客は皆漏れず、祝儀を取り出しているが、俺は何も用意していなかった……。
その後も、何人もの客を客間に通していると――
「よう」
徒党に混じって、立派な袴着姿の菅が入ってきた。恰幅が良い分、とても見栄えのする出で立ちだった。
「えっ⁉︎ なんでお前が?」
「オレと辻ちゃんの親同士が仲良くてね」
「……世間って意外と狭いのな」
見ると、確かに叔父さんは客人を迎えるというより、友人と話している風だった。その後、菅ご一行は奥に去っていく。それにしてもアイツ、あんまり面白そうな顔をしていなかった。まあ、遊びじゃないからな。
客間を区分する襖は取っ払って、新調の錦端畳に座布団が敷かれ、人々が着座する。本家の年長者は上座、俺は親族らが座る場所にいる。一方でeスポーツ同好会面々は末席だったが、痺れステータスが発生しても、誰の目前も横切らず中座できる位置だった。カレンには鹿島が貼りついているが、今日は気配を感じさせないほど落ち着いているので、絶対に大丈夫だ。
書院造のしつらひには、形だけの理髪用具、辻さんの豪華な生花が置かれて、細緻の筆を尽くした書も掛けられている。そして時香盤から白檀が濃く煎じてある。
中でも目を引くのが、調進された二帖の屏風だ。描いてある倭絵は、職業絵師のものだろう。霞かかった幻想的な雰囲気の中、寝殿造の簀子に座り居る平安女房の姿があった。
その隅に、俺の歌が清書された色紙形が貼られてある。辻さんの筆蹟は、濃い墨で舞い奏でるように一気に書き上げた風で、見るも鮮やか且つ生き生きしていた。