【e6m34】鬼神をもあはれと思はせ
さて、困った。我が従姉妹を題とした歌を、一首詠まないといけない。しかも作品は、本人が清書し直して飾るという。
辻風に桜散らじと鹿島立ち恵むさざ波桃の舞
照れ隠しに、こんなのを提出したら――
『題だに解せぬ上、初めも終わりもなく、いわんや“桃”と“舞”など、あやつには2つも與えおって嘔きまするッ!』
と、袈裟懸けに斬られる事請け負いだな。そもそも、厳粛な式にネタや冗談は禁物なんで、ガチのマジで考えないといけない。けど通も多いだろうし、何かから引っ張ってきても、あれから取ったかと見透かされるのが関の山。しかも、従姉妹への心など、まったく感じられん。
「母こそ。あはいかになりつらん」
襖の外から、小女房の声がか細く届く。毎日今頃はここに来居て、寛ぐはずだが、邪魔をしてはいけないとでも思っているのだろうか? はたまた面映ゆいのか?
「面と向かえば、気の利いた言葉でも浮かぶか?」
31文字考えるだけだが、実にしんどいミッション目標だな。とりあえず、初句は枕詞で潰そう。自分で考える必要がないから。その後も、掛かる言葉が続くので、辻さんにぴったりなものを選べばいい。シャープペンの尻を口に咥えながら、彼女のイメージを羅列する。
「小柄、文武両道、嫉妬深い、女丈夫、白檀の香り、髪が長くて綺麗、凛とした美しさ……」
ふと思った。ギャルゲーに搭載されている回想シーンを見れば、作歌に役に立つかもしれない。一旦“フラグされた”のメニュー画面に戻り、“エクストラ→シーン回想→辻のぞみ”と選択する。しかし、エピソード2の登場以前のイベントは全てロックされていた。
「え……? “特定のアイテムを入手する必要がある”だぁ? なんだそれ……?」
そんな物、てんで見当がつかない。ふむ、しょうがないので記憶を頼りに思い出そうとする……ものの、10年近くも前の記憶だ、ほとんど覚えていない。
「だったら、俺自身の回想をするしかないが、俺も荒んでいたからなぁ……」
母さんが死んで、父さんは家に帰らなかったため、俺はここに預けられた。物心つかない子どもには、厳しかった家庭と覚えている。法会や年中行事はもちろん、普段から長時間正座させられ、よく箸の持ち方を咎められた。
「ジャンクフードや菓子類にも縁がなかった。俗っぽい遊びもな」
辻さんとも一緒に暮らしていたが、昔は本当に箱入り娘だった思う。学校から帰ったら、ひたすら習い事だったよな。今考えると、友だちがいたとも思えない。同居していた俺ぐらいじゃないか? まあ俺も仲が良いというほどでもなかったが。
ともかく、息苦しい家庭を早く去りたいと思ってた折、父さんの転勤と聞き、それに乗っかる形で転居した。そこで自由気ままさを初めて味わい、地元に戻ってきた時も、ここではなく実家に戻ることになった。その時には一人暮らしできる年齢にはなってたから。
その後は、俺の様子見を兼ねて、叔母さんか娘さんが色々と世話を焼いてくれる。その時も、一言二言で会話は終わっていたので、常田先輩に対抗して、唐突に恋女房とか言われても正直『はぁ?』という感じだ。
先ほど、叔父さんが“日に夜に美しゅう色付いての”と言ってたが、確かに先輩が現れてから、殊にそう思う。
「従姉妹とはいえ、関わりが薄かったから難しいな」
以後も、アイデアを思いついては消すの繰り返しだった。下手に凝ると浅学非才が返って滲み出て、かと言って素直にするとどこか物足りない。
ため息まじりに外を見やると、いつの間にか夜部の帳が降り、蝉時雨に取って代わり虫の声になっていた。草木がしっぽり濡れており、少々降ったようだ。
「もし。風呂の支度ができました」
「おう」
こう襖を隔てて、辻さんが呼びかける。“姿は見えねど、えもいはぬ匂ひ、さと薫りたるこそをかしけれ”だな。一旦入浴して、頭をリラックスさせよう。