【e6m31】樺桜
「かぁ〜!!! わけわかんねぇ!」
「イライラしたってダメだよ。あのね、この問題は単に公式当てはめるだけじゃなくて――」
その日の昼下がり。鹿島教授のご指導の元、カレンが補習プリントを解いていた。俺は自分の席で、辻さんと一緒にゐる。
「目もあやなる様よ、あは」
「アイツが全部悪い。結局追試になるのなら、あんなイベントやらなきゃ良かったんだ。約2万5千字分、浪費しただけだったし」
「ほ」
紫ひほへる妹の、颯と横髪うち払うと、白檀の香ばしきが、ほのぼのと薫る。
「さもあらばあれ宮どの。とかく定むる事ございまして」
「?」
「近き吉日、妾遅ればせながら、裳着をば致します」
「……モギ? 模擬試験?」
「何をお巫山戯を。辻家に於いては、男子が元服を迎えると同じう、女子も成人の儀を行いましてな。すこしばかり由あらむ装束着て、み所あらん形に出で居侍り」
頓珍漢な返答に、彼女は白けた目線を射向ける。それ国語便覧で読んだ気がするが、昔の通過儀礼だったな。古来の伝統や風習を重んじる辻家では、今でもそういうのが続いている。民法上では未成年だが、一族の間では、もう成人と見做されるんだ。男性は、いまだに字名を付けて呼び合っているし。
「して、儀には祖父君を筆頭に、親昵全て残らずおはしますことになり申して――」
「ああ、俺の父さんだろ?」
「いえ。叔父君からは、『ちと障りありて』と既に聞こえておりまする」
「そっか。じゃ大宮からは俺が出るか。せっかく居候してんだし、手伝いとか必要?」
「申すに及ばず、宮どのの座は拵える所存。それにわ殿は、辻家の人にあらず。助太刀は無用。されど――」
「されど?」
ここに及びて、細やかなる従姉妹の頬の、紅を塗ったごとく朱に染まった。意味がわからない。
「と、とかく近々、父御より詳にお聞きあれかしッ!」
「はぁ……」
そして辻さんは、尋常の息差しに返る。
「はて、忘るる所であった。さても疎からぬ女房どもも皆、客人としておはす事になりましてな」
「え? ヒロイン全員呼ぶんか?」
こくりと頷く従姉妹。驚きだ。それ叔父さんや叔母さんの案なのか? ここで彼女の色に陰一つ挿して――
「されど、妾うしろめたく結ぼほれたる心地して……」
歯切れが悪いが、カレンに射かける冷やき目は不安を隠さない。
「ああ〜もうやってらんねぇぜ!!!」
ここでピンと来た。
「なるほど。親戚一同が集まる儀式で、“樺桜の、おもしろをかしく咲き乱れたるを見る心地にはなりませぬ”だろ。大丈夫だよ」
「ほ。何の料ありて左様にのたまう?」
「全校集会とかで、アイツが大声で暴れたことあるか? そう言う厳粛なイベントはちゃんと空気読んで、大人しくするぞ。正座がしんどくて中座するかもしれないが」
「ふむ」
得心しそうで、それでいてなお不安な面差し。カレンが、向こうでギャアギャア喚くたび、従姉妹の蛾眉間に波寄せる。今度のイベントは、女の一生で最も厳儀となる。五月蝿なす悪態なぞ、禁物中の禁物だろう。もしやらかすと、本人は勿論、一族まで恥をかく。かと言って、カレンだけ呼ばないのも失礼だ。
「あ。そんなに心配なら、良い案があるぜ?」