【e1m17】eスポーツ部を立ち上げたい
ちょっと日本のeスポーツについて調べないといけません……。
「大宮君」
次の日、職員室を出た所で声をかけられた。スーツ姿の男性。一見教師と見間違えそうだが、カレンの親父さんだった。軽く会釈をする。
「ども」
「元気?」
この人がここにいるってことは……と邪推する。しかしPTA会長だからな。有給を取って奉仕活動をしたり、休日の愛校清掃作業に参加したりと、精力的に学校に協力している。
「はい、おかげさまで……」
「それはよかった」
あまり感情を見せない人だが、この言葉が出るときは、わずかに口元がほころぶ。真面目で世話好きなんだろう。
「PTAの仕事ですか?」
こう言っちゃなんだけど、あまり親父さんと共通点がないので、会話が広がらない。そのため、当たり障りのない話題で終わってしまう。
「そうだね……」
彼は少しだけ目線をそらした。会話終了。うーむ、次の選択肢がないぞ。授業も近いし、もう退散するか。
「じゃ、教室に戻ります」
「ああ、呼び止めて悪かったね」
軽く一礼して片足を出したときだった。
「大宮君……カレンを宜しく」
大の大人が未成年に頭を下げた。周りにいる人は驚くが、彼は娘に関係する全ての人にこうするのだ。俺はよしてくださいと断っているが、それでも止めてくれないので困っている。
「ブンダバー!!!」
ガターンと音を立てて、あいつは突如イスから立ち上がった。
「ブンダバー……」
あまりにも高揚したのだろう。立ったまま、もう一度小さく呟いた。
「ねぇっ!」
振り向きざま、高く明るい感動詞を俺の顔にぶつけてくる。残りの生徒は、口を開けているか眉根を寄せているかのどちらかだ。
「シンイチ! ちょっと!」
なんという喜色満面。机間を縫いながら、俺の目前にやってきた。やってきたというよりシリアン・ウェアブルのように“突っ込んできた”と表現したほうが正しい。
「今マジでいいこと思いついたんだけどほら昨日女子ソフト見ながら帰った時に俺は帰宅部で家帰ったらゲームして寝るの繰り返しでいいわとかなんとか言ったじゃんじゃあさアタシたちで立ち上げればいーのよ部活をよくない何言ってんだお前って顔してるけど聞ーてアクションゲーム専門の部活動ってどーよいい感じじゃない他の学校でそんな部は聞いたことないっしょちょっと待ってeスポーツ部の方がいーかもしんないこれで全国制覇やっちゃったらアタシたち超有名になっ――」
これ文字起こしすると、谷崎潤一郎のようになるんだろうな……と閉口つつ、遮った。
「俺も今マジでいいこと思いついたぞ。席に戻れ」
「最後まで聞いて!」
「カレェン……」
俺は極上の呆れ顔をしていただろう。チョイチョイと教卓の方を指差しした。
「あん?」
「今授業中なんスけど……」
担任の梅本先生が石像になっていて、カレンを凝視していた。
「あ〜梅っぴ! ちと待ってくんない? でさアタシが思うn――」
「いやいや、お前は離席行動をどうにかしろ!」
「ハァ? 遺跡ィ?」
話にならんわ……しかめっ面で頭を掻くと――
「とりあえず席に戻れ。な? お前のその“思いつき”とやらは、紙にでもまとめてくれ」
やむを得ず俺も離席し、彼女の肩に手を添えて誘導した。こいつ教卓の真ん前の席なんだぜ? 授業中そこを無許可で立ち歩くとかあり得んだろ?
「何よぅ、話の腰を折られてムカつく……」
席に戻ったカレンは、一心不乱に何かを書き始めた。
「そうやってすぐ着席してくれると、先生もありがたいんだがなぁ……」
ここで先生は初めて口を開いた。もはや怒っても無駄なんだろう。その後、カレンによって授業が中断することはなかった。ただし、俺も集中して取り組むことができなかった。
「で? で? どー思う?」
「お前は救い難きバカだと思う」
Shinchi was fragged by Karen with MP40.
「メディィィック!」
「はいはーい」
即刻、鹿島に蘇生してもらった。
「イテテ、サンキュー」
「どういたしまして」
「なんでっ! どーしてっ! アンタアタシの話――!!!」
俺は目の前にいるというのに、どうしてそんなボリュームを捻り出すかね?
「言いたいことはわかった。お前さぁ、eスポーツにかこつけて、放課後ゲームしたいとかそんなんだろ?」
「そんなんじゃないぃぃぃ!」
可愛く、きれいに並んだ歯並びを見せつけたが、表情は小憎たらしい園児だ。
「えっと……カレンちゃんは、その部活で何がしたいの? ゲームするなら、今まで通りお家に帰ってからでよくない?」
鹿島が当然のように尋ねた。対するカレンは、刮目せよとばかりに、俺らにプリントを見せつけた。授業中必死で書いていたやつか?
「「……」」
評価に困るな……。凄まじい筆圧で描かれた、黒々とした物体が3つあり、板がその上に掲げられている。返答次第では、またフラグされること請け合いなので、ここは鹿島女史の判断に任せよう。彼女は人差し指を唇に当て、んーっと声を出しながら考えた。
「私にはストーンヘンジに見えますっ」
「ロールシャッハテストじゃないし!」
「んじゃ洞窟壁画だろ? お前の未開人っぽさが如実n――」
Shinchi was fragged by Karen with Panzerfaust.
え〜またまた読者の皆さん、こんにちは。残念ながら、鹿島梢です。大宮くんはロケット弾に連れ去られて、後ろの棚で消えてしまいました。もう蘇生のしようがありません。リスポーン待ちです。
「これは、アタシと梢ちんとあのバカです!」
3つの物体がそうなのかな? まあ現代アートと思えば、そう感じるかもしれない。それはさておき、何をしているんだろう? カレンちゃんは、さっきeスポーツ部を作りたいと言っていたので、それを考えると……?
「あ、大会で優勝して、賞金を獲得した絵?」
「ビンゴ!」
この掲げている板、賞金パネルだったんだ。けど$の字が乙なんですけど……。
「えっと話を戻すけど、普通にゲームをやるならお家でも良くない?」
「違う違う! 単なる遊びじゃなくて、れっきとしたお金が動くスポーツなの! 体は動かさないけど、将棋や囲碁と同じ! 何? マインドスポーツっていうの?」
「私は、ゲーマーじゃないからよくわからないけど……環境っていうのかな? 周りに相手をしてくれる人がいないと、どうしようもなくない?」
近隣に同じような部があるなら、学校も認めてくれるかもしれません。けど、そうでないならオンラインで競うしかありません。これだったら普通にプレーするのと同じで、学校は首を縦に振らないでしょう。
「アタシたちが1番になんの。んで、実績あげれば絶対周りの学校もついてくるって。アメリカの高校でも、eスポーツ部があるって話じゃない!」
それは理解ある欧米だからであって、日本の、しかも地方都市だと、理解は難しいんじゃないかなぁ。せっかくやる気がある人を挫くのは申し訳ないけど。
「それにさ、リアルで切磋琢磨するともっと楽しくなると思わない? アタシたちさ、3人で連んでるけど、同じゲームやっているわけじゃないし」
「なるほど……」
昨日私がソフト部を示したように、きちんと集まって練習や試合をしたいのだと思いました。好きなゲームだったら、毎日練習しても全然苦痛じゃないでしょう。
「家だと家族に気を使うし、ネット越しだと感情が伝わりにくいよね?」
「あ、それわかる! お互いの顔が見えるといいよね?」
「でしょでしょ? シンイチなんかゲーム中ずーっと黙ってんのよ? 勝っても負けても! ボイチャやってる意味ないっての! 」
「カレンちゃんの気持ちはわかった。けどさ、一番重要なことだけど……機器とか通信環境とかの費用はどうするの?」
「そりゃ――」
『2年F組、桜カレンさん。2年F組、桜カレンさん。至急職員室梅本まで来なさい』
にわかに校内放送が入ってきました。2人してスピーカーに注目します。これってもしかして……。
「っしゃ! ナイスタイミング。今から梅っぴの所で、eスポーツ部設立の話つけてくる!」
「え⁉︎」
カレンちゃんは、もう駆け出していました。
「あのバカに、必要な機材をリストアップするよう言ってて!」
ドアから消える前に、こう私に言い残して……。
今回も読んでくれてありがとうございました。