【e6m22】トライアゲインアゲイン
車から降りること3度、小走りで裏門に向かうが、今回は警備員が立っていた。しばらく様子を伺うが、奴はテコでも動きそうにない。門の周りは切り立った土手で、更に背の高いフェンスが張り巡らされている。ステルス用の抜け穴はあるかもしれないが、そんなものを今から探す気にはなれない。
「どうすんだ?」
「こうすんの」
何かに火をつけたカレンは、それを茂みの方向に投げる。パパパパッ……と奴の人生で引き起こす規模としては、最も慎ましい爆発だった。爆竹か。案の定、音に釣られた警備員はダッシュで確認しに行く。その隙に、校門を乗り越えた。
「てか辻のんの奴、なんで先生に通報しないの? そしたらアタシら即終了なのに」
「さあね」
確かに通報した時点で、防諜チームの勝ちが決まって対戦終了だ。けど通報することは即ち、eスポーツ同好会の悪事が、もう1つ学校に知れ渡ることでもある。
そこで、俺ら諜報チームに問題を盗ませないが、同様に学校にも通報しないことで、事荒立たないよう仕向けている……気がする。カレンのため、というのも大きい。姿見えぬが、辻さんの“心しらひ”が改めて思いやられる。
増強された動物警備員や監視ドローンを避けつつ、南校舎へと忍び歩く。足を止めるたびに、カレンがウザいウザいと不満をこぼす。
排水管に再び手を掛ける時――
「こう繰り返し遊ぶなら、ローグライト要素欲しいなぁ。例えば、このパイプの位置とか変えるとか。有刺鉄線張り巡らしてもいいし。単調なのはゲーム的にマイナス評価ね」
とふざけたことを抜かす。カレンの愚かさは、永久保証書付きだな。メモリと同じだ。そうなると困るのは他でもない、お前だろうに。しっかしスタミナの違いを見せつけられる。ひょいひょいとパイプをよじ登っていくカレン。遅れを取らないよう必死でついていくと――
「――っぶねえ。下がれ下がれっ」
急に滑り降りてきやがった。奴の靴、続いて尻が顔面にぶち当たる。
「ななな、何っ?」
「しっ!」
お前の声の方が、音声メーターで大きく反応している定期。3人称視点でなければ、上の状況がよくわからない。けどまあ想像はつく。動物警備員が、手すりの間際にいたのだろう。とりあえず釘を刺しておく。
「下から胸ぐら掴んで、引きずり落とすなよ」
「チッ」
じっとしている時間が長く、いい加減手足がプルプルしてきた。下は見ないようにしているが、落下したら確実にフラグだな。やがてカレンは再び登り始め、俺を引き揚げてくれた。
「うわぁ」
先程まで誰もいなかった屋上が、警備員の巡回場となっている。どんどん難易度が上がっているな。カレンが毒づくが、これはお前のせいなんだぜ? 連中のフラッシュライトの外に回り込むのが、面倒でしょうがない。
階段室近くに身を隠す。カレンが閉じた扉をインタラクトすると――
「うげ、錠が強化されてる。アタシのスキルレベルじゃ、ピッキングできない」
「ご愁傷様」
「トークコマンドで、“skillz”って入力したら、アップグレードできるかな?」
「このイベントを1度クリアしてからな」
さてどうしますか? カレンは辺りの安全を確認した。そして扉の窓を通して、階段室の中にいる動物警備員に手を振った。当然そいつは血相を変え駆けて来て、閉じた扉を押し開けるのだが――
「ふんっ!」
一歩下がったカレンが、開いた扉を蹴り返すことで、その警備員を戸口に挟み込みテイクダウン。アクションゲームのグリッチをexploitしやがった。
「あ、外の奴が怪しんでいるぞ。ちょっと音出しすぎだ」
「やっべ。ボディ運んで」
「テイクダウンだから、その言い方は不適当」
カレンの指示通り、気絶したサイの警備員を抱えて、階段室に侵入。カレンはバールを取り出し、扉の取手を鎖し固めてしまう。警備員が外からガチャガチャと開けようとするが、『Won’t budge』と字幕が表示される。
「その辺に捨てて」
「人体消滅香水とか持ってねえよな?」
「それコバートオプス専用ガジェットね。アサルトじゃ装備不可なんよ。つか、デジタル再販早くしろ」
階段室を下って、適当な教室の掃除用具入れに、その気絶したサイを入れ籠めた。満足げなカレンは――
「まだ1人もフラグしてない。やるじゃんアタシ」
と自賛する。特に昔のステルスゲームなどは、テイクダウンした敵は2度と起き上がらない。実質フラグと同義であるが、ミッション終了後の採点システムがある場合、“殺してはいない”として、評価はそこまで下がらない。
一方、時間経過後に起き上がる者もいる。この場合、うっかり居眠りしてしまったとして、警戒状態にはならない。仲間に見つかったとしても、叩き起こされるだけ。
今のカレンにとっては、スパイとしての点よりも数学の得点が重要だ。だから、“#回までのテイクダウン”という項目があったとしても、それは無視しても構わない。