【e6m20】リトライ
「それで? 逃げ帰ってきたわけ?」
その通り。全警備員にステルスが露見して、このバンまで追っ立てられた。辻さんは細やかに笑ひて止まず……だろう。
「こいつが、フルチャージで殴れとか言うのが悪い」
「あれはフルチャージと言うか、桜カレン(★★★☆☆)の固有スキル発動だったぞ」
俺の光源・音源メーターが、完全に振り切れていた。学校近辺の住人も、飛び起きていただろう。小早川氏は、心底呆れて言う。
「真面目にやらないなら、追試の方が早い」
「アタシはガチのマジのガチだって!」
「……」
小早川氏が助手席から振り返り、真偽の程を無言で問うてくる。俺は、コクコクと軽く肯くしかない。真面目かどうかは知らんが、コイツはこのままスゴスゴと引き下がる玉じゃない。氏は軽くため息をついた。
「了解。じゃあステルスツールを選んで。貴女のスキルポイントも、振り直して再考する」
「ウチにインタラクトせんね。フレンド割引しとくけん♪」
「スナック取るん?」
蜂の巣を突いたような騒ぎが収束し、辺りが再び静まり返った。カレンはゆっくりと車のスライドドアを開けて顔を出す。小走りで坂を上がり、裏門を再び協力して乗り越えた。しかし、先ほどと異なる雰囲気だった。何かを見つけたカレンが指差す。
「うげ……見てアレ」
ブーンと羽音がすると怪しんでいたら、多数のドローンがスポットライトを照らしながら、敷地内を巡回していた。ええ……リトライすると、警備が厳重になっていく仕様ですか。
「1機来るぞ、茂みに隠れろ」
斜め上空から、眩しいライトを照射され、俺らに緊張が走る。かろうじて隠れているが、バレてしまうか? ドローンは中々動かない。プロペラ音の中に、ピッピッピとビープ音も混じっている。
「ヤバイ?」
「なら、あの緑のランプが疑惑の黄色になって、バレたら赤に変わる」
「うぜ〜」
確かにうざったい。もしあれが、もうちょっと前進してきたら終わりだ。コイツが言っているように、警報を鳴らされる前に撃墜して、時間を稼ぐしかない。
「……」
突然スポットライトの範囲が逸れた。ドローンが別の方に飛び去ったからだ。緊張から解かれたカレンがホッとしている。その手から、レンガが落とされた。しかし前途多難だな、ドローンや警備員の動きが複雑になり、結果として動線の隙が少なくなっていた。
更に悪いことは続き――
「え……ええっ⁉︎ この窓、修理されてるじゃん……?」
先ほど侵入口として使った、1年C組の壊れかけの窓が開かない。舌打ちし、苛立ちを隠さないカレン。拳を前に突き出して問いかける。
「ガラスが割れる音って、聞いててスッキリしない? アタシ、無意味にゲームの窓割るんだけど――」
「ゲームではな。けどマジで破壊は止めろ」
「チッ、しゃーない。じゃあ……屋上行ってみるか。上の警備薄そうだし、ドローンもいないっしょ」
「はぁ? どうやって登る」
カレンは返答する代わり、校舎外壁に這ってある垂直排水管を登り始めた。マジかよ……。俺がスタミナを切らしてゼィゼィ登る一方、奴は霊長目ヒト科ゴリラ属に分類されるだけあって、スイスイと登っていく。
果たしてカレンの言った通りだった。警備員もドローンもいない。だが、屋上の扉は閉じていた。
「どうすんだ?」
「決まってんじゃん。ここはピッキングすんよ」
ものの10秒程度で、カレンはヘアピンで解錠。ピッキングにスキルポイントを割り当てたのだから、当然といえば当然か。そうでなくても、意外にも手先が器用なんだよな。
再び校舎内に侵入し、職員室に直行する。同好会のパソコンは、手元にあるからリトライというよりコンティニューだな。
「うげ……監視カメラ増えてる」
「お前のせいなんだよなぁ」
再び真下に回り込んで回避する。身を縮め、息を凝らし、巡回する警備員の視野外をこそこそと進む。教師共用パソコンの机には、先ほど同様に菅がいた。
「いててて、桜のやつ容赦ねぇな。まだ後頭部ズキズキするわ〜」
こう一人不満を漏らす彼は、ヘルメットから頭を摩る。さてどうする? 頭部への打撃は、もう通じないぞ。カレンはスタンガンを取り出してニヤリとする。
「マジでなんで俺が、こんな目に合わないといけないんdddddddd――」
対戦相手ながら不憫でならない。菅の身体中から放電し、酷く痙攣してぐったりと机に突っ伏してしまった。息はあるのでテイクダウンだが、実質フラグだよな。背中から、薄らと煙出てるわ……。
『申し申し⁉︎ アダプト34501どの? ござりまするか? 何か事でも起こりたる様子にある。いらへ給えッ!』
驚いた俺たちは、声を殺して側目合わせた。この声遣ひ……間違いなく辻さんだろ。ここでペイジャー対応しないと警備員を呼ばれるが、対応をすると彼女にバレちまうぞ? 判断に迷っていると、カレンが菅のペイジャーを拾い上げた。
「ア、ア、アタシアタシ〜。なるほどね、赤いボタンが警報で、白が異常なしね。やっと分かったわ〜(汗)」
『ほ』
「…………あっぶね。バレるとこだったわ〜」
もうバレた定期。まあいい、少なくとも職員室のステルスが露見した様子ではない。カレンは菅を抱えて窓から捨て、パソコン横のファイアウォールを停止した。
「大丈夫だよな? 変なこと起きないよな?」
「当たり前じゃん。ゲームじゃ動いている物は止め、止まっている物は動かさないと進まないんだし。ささみ、同好会のノートを共用パソコンに繋いだ」
『接続中……職員ネットワークの一部に侵入成功。これは……良くない。アンチウィルスソフトが巡回していて、定期的に職員のパソコンをクイックスキャンしている』
「数学担当のパソコンを調べて。テストのデータがあるかも。ユーザーIDは9N411で、パスは❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎(カレンの口にモザイク)」
「なんで知ってんだよ……」
「いや、さっき机を通り過ぎた時、付箋に書いて貼ってあった」
うーん、それは先生が悪い。そしてカレンは、自分自身も共用パソコンを操作し始めた。
━━━県教職員月報メルマガ 第23号(令和##年##月##日)━━━━
本号では、令和##年度XX県立学校管理職(校長・教頭)任用候補者選考試験問題について掲載しています。
****** 令和##年度管理職任用候補者選考試験について ******
┏━ 添付ファイル ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃校務ネットワーク内の下記フォルダに保存していますので各自ご参照く ┃
┃ださい。 ┃
┃保存場所:\\Common-ZR039\共有\職員\share\geppoh\rx\056 ┃
┃ ┃
┃◎【資料1】令和##年度XX県立学校管理職(校長)任用候補者選考 ┃
┃ 論文試験問題 ┃
┃◎【資料2】令和##年度XX県立学校管理職(校長)任用候補者選考 ┃
┃ 論文試験評価の観点 ┃
┃◎【資料3】令和##年度XX県立学校管理職(校長)任用候補者選考 ┃
┃ 試験問題 ┃
┃◎【資料4】令和##年度XX県立学校管理職(校長)任用候補者選考 ┃
┃ 試験解答用紙 ┃
┃◎【資料5】 令和##年度XX県立学校管理職(校長)任用候補者選考 ┃
┃ 試験解答例 ┃
┃◎【資料6】 令和##年度XX県立学校管理職(教頭)任用候補者選考 ┃
┃ 論文試験問題 ┃
┃◎【資料7】 令和##年度XX県立学校管理職(教頭)任用候補者選考 ┃
┃ 論文試験評価の観点 ┃
┃◎【資料8】 令和##年度XX県立学校管理職(教頭)任用候補者選考 ┃
┃ 試験問題 ┃
┃◎【資料9】 令和##年度XX県立学校管理職(教頭)任用候補者選考 ┃
┃ 試験解答用紙 ┃
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「なんだこのメルマガ。テストに関係あんのか?」
「こんなメールの中にさ、暗証番号とかパスワードが載ってることが多いじゃん」
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◆ 【改行位置のずれについて】 ◇
◇ フォントの種類が「MS Pゴシック」や「MS P明朝」に設定され ◆
◆ ている場合、改行位置が揃わず、文書の体裁が崩れた状態で表示、印刷 ◇
◇ されます。 ◆
◆ 改行位置を揃えるためには、フォントの種類を「MS 明朝」や「M ◇
◇ Sゴシック」に変更してください。 ◆
◆ ◇
◇ ◎教育コミュニケシステムの場合 ◆
◆ ①インターネットの画面を開き、上段にある[ツール(T)]ボタン ◇
◇ をクリックします。 ◆
◆ ②表示されたメニューの[インターネット オプション(O)]をク ◇
◇ リックします。 ◆
◆ ③表示された「インターネット オプション」ウィンドウの[全般] ◇
◇ タブの[フォント(N)]をクリックします。 ◆
◆ ④表示された「フォント」設定ウィンドウで、Webページフォント ◇
◇ を「MS 明朝」や「MS ゴシック」に変更します。 ◆
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発行:県教育センター 〒###-#### XX市XX区XXX#番#号
TEL ###-###-####
FAX ###-###-###
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「全然関係なさそう」
「くっそ……」
そこからしばし、それっぽいフォルダを片っ端から開けまくり、闇雲にテスト問題のデータを探す。しかし徒に時間が過ぎていくのみ。
「あ、成績の様式見っけ。全部評定5にしたヤツ捏造していい?」
「期末テスト終わってもないのに、そんなことしても意味ないだろ」
「そっかー。じゃあさ、ここに問題行動記録用紙ってファイルがあるんだけど、絶対アタシの汚点が残ってるでしょ。抹消できる……あーだめだ。これも様式じゃん。つまり紙ベースで残しているのか。アタシのそれを探して抹消する任意ミッションを追加していい?」
以前さ、進路指導主事がeスポーツ同好会の面子から癌を誘発される、とかほざいていたのを覚えているか? 今俺も癌になりそうだ。
すると突然――
「Huh⁉︎」
と誰かが声を上げた。あ……しまった。2人して画面に夢中で、巡回にお留守になってたわ。
「お前ら動くなっ! 両手を上げて、こっちを向いて立てっ!」
サイとパンダの2名が、両側から挟むように迫ってくる。手には放電するスタンガン。ヤベェどうしよう? チラとカレンを見ると、彼女は戸惑うことも怒るわけでもなく、平然としている。ノシノシと更に歩み寄ってくる警備員。近くに来ると、本当に大柄だな。サスペンダーの鎖骨あたりに付けている、無線機に向かって話しかける。
「本部、本部へ。コソ泥を発見。倉庫に連行する」
「菅さん? 菅さんはどこだ?」
「窓の外で伸びてる」
カレンは、あっけらかんと白状した。
「おい、早く手を上げろ……ん? 何を持っている⁉︎ 俺の目の前に投げろっ!」
「あいよ」
カレンがポンと投げ捨てると、その煙玉の導火線には火がついていた。すぐにボンと弾ける。
「うわっ⁉︎」
たちまち一帯が煙で覆われた。すかさずカレンが俺の手を引いて喚く。
「撤退っ!!!」