【e6m17】警備会社
誰かに見られていないかとビビりながら、小走りで坂を登る。カレンと2人、協力モーション(俺が門に背を預けて、中腰になり手を組み、そこにカレンが足を乗せて上に持ち上げる)で裏門を踏破。さらに進む。
校舎は非常灯が点されるだけで、誰かが警備しているわけでもなさそうだ。駐車場も全て空。ただ、機械警備だけ気をつけなければ。
「ね? やっぱEZじゃん?」
カレンのスマホから着信音が鳴った。おいおい、ステルスミッションに臨むなら、あらかじめ消音モードにしとけよ。マジで突発的・無計画なのが萎える。それはともかく、通話相手は小早川氏だ。
『もしもし? 今ワンボックスカーの列が、そっちに向かって行った。気をつけて』
「はぁ⁉︎ なにそれ?」
振り返って遠くを見ると、さっき乗り越えた裏門の向こうから、ヘッドライトが煌々と照らされ、人影が横切っている。
「ヤベェ隠れろ」
訝しげに物見しているカレンの腕を引っ張って、適当な物陰にカバーを取る。
荒々しいエンジン音と共に、車列が俺らの前を横切っていく。“MERCEセキュリティ”と書かれており、明らかに警備会社の車だ。あーあ、やっぱ簡単にコンプさせてくれねーのな。
車列が校舎正面玄関前に止まると、物々しい雰囲気で、ゴリラ、パンダ、サイ、ウマ(白シャツに蝶ネクタイ、サスペンダー付きのズボン)の擬人が次々と降りてくる。厳つい顔つきでガタイも良く、目を凝らすとホルスターまで装備しているのがわかる。
「なんなのよアイツら……あっ!」
「声でけぇって。てか、そんなにリーンしたらバr――」
「氣な抜きそッ! 闇夜に掻い紛れる人原は誰何して籠めよッ! 讎敵櫻御前は、沙汰に及ばず底抜けの腕白、畳み掛けて組めや人々ッ! 方人あるは、名うての車御前に狙撃の妙手ッ! されど宮どのには手出し無用ぞッ!」
何が最悪かって、徒党を統禦するのは、他ならぬコバートオプスの辻のぞみ。寂寥とする校内で、吶喊して警備員らの士気を上げる。
「なんでアイツいんのよ……」
「知るか、本人に聞け――ってバカバカ。マジで問い詰めに行くな」
苛立ちのあまり、飛び出そうとするカレンを取り押さえる。ぶん殴りに行くつもりなんだろうが、逆に取り押さえられてミッション失敗なんだよなぁ。
「え⁉︎ あそこ……菅ちゃんまでいんの?」
「菅ちゃん? おー久しぶりに出てきたな」
カレンのフレンドをレンタルするとは、辻さんも本気だな。あいつは、エピソード1と3に登場して以来だ。辻さんと軽く打ち合わせをしてから、無線機を片手に動物警備員に指示を飛ばしている。
程なくして、廊下の電灯などがパチパチと点き始めた。これはまずい。校内中枢機能を持つ校舎は、早くも連中の手に落ちたわけだ。きっとすぐに巡回警備を始めるだろう。
「まいったなこりゃ……」
「いや余裕。1人1人テイクダウンすればいいっしょ?」
「いや無理だろ」
呆れた。こいつのステルスってさ、敵を全員気絶させ、障害物は破壊する力技なんだよ。アサルトとなんら変わりない。しかも、それすら失敗するから結局ドンパチになる。
「テスト問題ってさ、どこに保存してあるの?」
「知るかよw てか、この状況でもやる気?」
「当たり前じゃん」
「相手は辻さんだぞ、絶望的だろ。もう放棄して帰ろうぜ?」
「んなことできっか。ささみ、そっからハッキングして、テストのデータ探せない?」
『今やってるけど無理ね。私物のパソコンでは、校内ネットワークに侵入できない』
当たり前だ。県教委の企画調整課に何枚もの書類を提出しないと、プリンタですら使えないんだぞ?
「物理的に盗むのも不可、データをコピーするのも不可。連中と交渉なんて、もっと不可。もう不可能の一語に尽きるな。だから諦め――」
「つかんわ。同好会のノートPCあるじゃん。あれだったら接続できんじゃね? 今日修理から返ってきたんだわ」
「……悪知恵の機転は人一倍だな」
自身のステルス適性がGで、辻さんのはS。しかも警備会社まで引き連れているというのに、カレンのこの闘志よ。圧倒的な不利な状況に、カレンは一層奮い立つ。そこだけは褒めたい。だが、胆力だけでなんとかなるとは思えない。
俺らは光源を避けながら、校舎の壁に沿ってゆっくり歩く。試しに適当な窓を開けようとするが、当然先生たちは戸締りしているよな。
「ねー、コレぶち破ったら復活する?」
「そりゃ用務員さんが朝に気づいて交換するからな。けど、そんなことすると音が響いて、警備員が殺到するだろ。さすがのお前も、武器無しじゃ畳み込められるのがオチじゃね? だから諦め――」
「おー次“諦めろ”言ったら、頭蓋骨をガラスに叩きつける物理実験やるから」
「……」
「あ、確か1年C組の窓の錠、壊れてたはず。押し上げると簡単に開くんよ。ちょっと試してみたい」
マジで悪知恵だけは、湧き水の如くあふれ出るな。それをもっといい方向に使えないのか? ともかくだ。巡回警備員を避けながら向かうと、確かにそれは壊れていた。カレンはいとも簡単に開けて、俺らは校内侵入。
「ささみ、校内に侵入した」
『了解。最初の目標は、同好会PCの回収』
「オッケー、任せて」
これほど頼りない“任せて”は、人生で初めてだよカレン。