【e6m14】及第(2)
それから、カレンの猛勉強が開始。ルロイ・アンダーソンの『タイプライター』が、BGMとしてぴったりだった。凄まじい筆圧で、プリントに書き殴っていく。彼女のレイジメーターが、目に見えるように、蓄積されていくのがわかる。
「あ〜もう無理ぃ!!!」
慣れない長時間の勉強で、頭がゴチャゴチャになったカレンは、気休めと称して俺のパソコンでゲームを始めた。なんかエピソード1でも、こんなことがあったよな。
「マジ遅っそ、このPC。グラボ何なの?」
「Voodoo 2200」
「税込2,200円だったん? CPUも旧型じゃん。アタシん家のフードプロセッサーの方が高性能じゃね?」
「はいはい、乙乙」
「あ――!」
ある程度休憩させた後、俺はパソコンを強制終了した。
「そろそろ勉強に戻ろうね?」
「マジ無理ィ!」
気分転換に、教科を変えさせた。丸暗記の勉強は、なんとかなっている。辻さんからコピーさせてもらった国語の教材も功を奏した。だが、やはり英数は依然として厳しい。
「私の説明が、下手なのかなぁ?」
あまりの理解の遅さに、鹿島が自信を失っている。個別指導且つ親切丁寧だが、そもそもカレンの基礎学力がなってないのが原因だ。すると、彼女はスマホを取り出し――
「こうなったら、専門家を呼ぶしかないね……もしもし?」
数秒後、ドアがガチャリと開いて――
「Howdy♪」
「おばんです」
「お前ら、俺の家をファストトラベルのポイントにしてるだろ?」
登場したのは、メグと小早川氏。確かに彼女らは英数の専門家で、指導者としてはこの上ないヒロインだ。一方、カレンの蓬を食ったような苦々しい顔を想像して欲しい。
「こは無理難題よ。藤の木に、櫻の花を咲かせる六かしき芸当かな」
「俺の中の読者が混乱するから、辻さんの物真似は止めろカレンwww」
「けど正直、難しい。今回の試験範囲を理解するには、数Aや数Iを前提としており、それすら怪しい状況。カレンの習熟度を鑑みると、最短15時間程見積もる必要がある。本番までとても間に合わない。例えば、この導入例題。難易度としては、ゴリラのココでも理解できるレベルだけど――」
「コイツはゴリラのカレンなんだよなぁ」
小早川氏による、指導結果は厳しい。数理に関して、100点以外取ったことがない彼女が言うのだから間違いない。そして、15時間を全部数学に費やすくらいなら、まだ他の科目に力を注いだ方がマシである。
「ほ。百千万億恒河沙劫無限の時があっても無駄よ」
「マジで期末テストどころじゃないな。ミラーテストすら失敗するんじゃないか? そして自虐と辻さんの真似は止めろ」
「けどカレンちゃん、一度だけ数学赤点じゃなかった時あったじゃない? 頑張ればできるって」
「あん時は、“場合の数と確率”だったからね。授業聞いてて楽しかったわ。実生活でも役に立ったし」
そうなんだよ、具体性があって、且つコイツの興味関心を引き起こせば、ある程度勉強するんだ。けど高校数学ってのは、抽象的な事柄が多いから、コイツのピンポン球サイズの脳にはオーバーフロー。それこそ本人が言った如く“藤の木に云々”だ。
「英語はどうかな?」
「まーなんとかなるっちゃなか? 構文や単語は暗記やし、リスニングもそこそこいけるごた。洋ゲーばっかりやっとるけん、数学んごつアレルギーはなかね」
それは助かった。日本語化MODの世話になっているが、基本洋ゲーは英語必須だからな。
「あんね、ウチ英語は文法的に勉強しとらんけん、実はよーわからんと♪ 授業寝とってもあんまし怒られんし♪」
あっけらかんと笑うエンジニア。これはカレンへの指導が不安だぞ。
「んじゃあ英語勉強のため、またゲームするわ。No life, no game!」
「……今の、突っ込むべき?」
「やめとけ、バカを一々指摘しする程バカなものはない」
とりあえずいくつかの教科は、なんとか赤点を免れる……かも……と言うレベルには達した……と信じたい。
此処にいる指導者陣は、必要以上に勉強を迫ると、返ってカレンは反発して怒り出すのを知っている。だから飴と鞭を上手に使っていた、いかにもフレンドらしい気遣いだった。多分、俺ら以上にカレンの扱いに長けているなんて、ご両親ぐらいなものだろう。
「う〜ん、数学どうしよう……」
鹿島は頭を抱えた。俺もメグも妙案は浮かばない。いわんや小早川氏もだ。そんな俺らをよそに、カレンは笑顔でこちらを振り向く。
「シンイチ、例のAAAのプリロード今始まった! ブンダバー!」
「そういえばあのゲーム、数学の試験2日前にローンチだったな。絶対コイツ勉強しないで、宵の口から日の出までぶっ通しで遊びまくるぞ? それこそエナジードリンクとバランス栄養食を買うレベルで」
「残念、MMORPG廃人かな?」
さらなる悪材料に3人とも閉口。下手したら、体調不良で期末試験に臨んで、全滅の可能性すら出てきた。もう拘束でもしなければ勉強しないだろう。しかし俺らが束になって飛びかかっても、餌を目の前にぶら下げたゴリラには敵いっこない。