【e1m16】ハイエンドが欲しい
今回戦闘はなく、普通のイベントです。桜カレンが大暴れしないイベントは中々難しいです。
その日の放課後、俺ら3人はPCショップに行くことになった。カレンが最新グラボを見たいと言う。先のゲット&ランで逆転勝利を収めたせいか、彼女は上機嫌だった。
「アンタさぁ、マジになればそこそこいけんのに、どーしていっつもやる気ないの?」
昇降口でローハーに履き替えながら、問いかける。そりゃあ、お前と違って、俺には恥も外聞もあるからだよ。“そこそこいけん”のは、唐揚げパンウォーフェアの面目を挽回したかったからだ。
「あんな悪ふざけは、もうやらんぞ」
「ちょっとは大人しくしようね?」
「はいはーい。善処しまーす」
鹿島と釘を刺す。結局誰1人として、職員室から招待されることはなかった。少なくとも今日は……。カレンは自らを全く心配していない。やはり学年全員で悪事をやれば、全員悪事をやっていないに等しいと考えているのか? いや、そんな論理を考える頭はない。単にやりたいことをやっただけ。“明日は明日の風が吹くさ”と言わんばかりの顔をしている。
運動場沿いを歩いていると、女子ソフトがキャッチボールをしていた。
「ねぇ、部活とか入らないの?」
鹿島が指差した。“カレンのあり余るエネルギーを、部活で消化すればいいんじゃ?”という意図だろう。同感だ。こいつは体を動かしている時、生き生きしている。一方、座学では所在なさげにストレスを溜めるばかりだ。
「そうねぇ……」
カレンの歯切れは悪い。そう、彼女は走ったり、跳んだり、泳いだりと、基礎身体能力は非常に高い。陸上や水泳から勧誘が来たり、代理選手になったりするほどだ。ただルールが複雑だったり、知的戦略や心理的駆け引きを要すると、からきしダメなのだ。単細胞だからな。
「お前ソフトのルール知ってんの?」
「ボールを投げて打って取って、後は自分が走るんでしょ?」
至言かもしれないが、このように大雑把にしか把握できない。これ以上は面倒臭いと言って全く覚える気がない。
「何よぅ? 苦笑いして」
「なんでもねぇよ」
「部活ってたまにやんのはいいけど、毎日訓練のようにやらされるのはイヤ。それにさ、ゲームできなくなるじゃん! 今はゲームが一番って感じ」
ビシッと言い放つ。肩をすくめる俺に、鹿島は優しくも“残念”という表情を覗かせた。だったら俺をフラグしたり、学校でドンパチしたりするのだけはやめてくれ。
「けど――」
カレンは続けた。豊かな睫を持つ大きな瞳は、まっすぐとどこかを見据えていた。
「部活じゃないけど、何かデカいことやりたい」
「大きいこと?」
「うん。何かあるわけじゃないけど……ちょっとモヤモヤすんのよ。偉業やって有名になるとか」
「そ、そうだね……」
鹿島は引きつった笑いと共に目を逸らした。お前既に悪名高いじゃん。
「アンタにはそーいうのあんの?」
「ないね」
即答だ。学力も運動能力もゲームスキルも半端な凡夫に、何ができるというのだ。どうせ何もできないから、無駄な努力はしたくない。
「残念……」
「俺は帰宅部で、家帰ったらゲームやって寝るの繰り返しでいいわ」
「んじゃ結局アタシと一緒じゃんバカ」
俺を嘲ったつもりだが、なぜか嬉しそうだった。
神社前の参道を歩いていた。色あせたブロック歩道に、楠の並木が整然と続いている。見上げると、空はほとんど枝葉で覆われ、木漏れ日が優しく降り注いでいる。国道沿いの発展と比べて、ここは昔とさほど変わらない。ちょっと洒落た店ができた程度だ。昔からある空き家は相変わらずだし、街の電気屋さんはいつも開店休業中。
この参道が好きだった。あの神社は、小さい頃の遊び場で、この並木道は冒険のフィールドだったからな。その後幾度となく俺は転校して、友だちと遊び場はリセットされた。新しい環境に慣れる間もなく引っ越したので、その度郷愁の気持ちは増すばかりだった。
結局中学の時に、居を構えるという形で戻ってきたのだが、悲しいかな当時遊んでいた子どもも転勤族。なので、今は誰1人残っていない。今の学校に、幼稚園で見たような顔はある。ただ、俺自身あまりフレンドリーではないので……。
「?」
鹿島から覗き込まれて現実に戻った。ローカル線の遮断桿が上がったというのに、俺はさらに高所の高架道路を見ていた。これも昔はなかった。
「何やってんのよぅ」
こいつと一緒に帰ることはよくあるが、とにかく喋る喋る。“中堅開発元の新規IP”とか“あの業界人が別会社に移籍した”とか、ゲームの森羅万象を喋りまくる。鹿島は黙って拝聴しているようだが、俺は大抵上の空だ。
頰に衝撃!
「???」
「人の話聞いてんの⁉︎ さっきから『うー』とか『あー』しか言ってないじゃん!」
「外で乱暴するのはやめようね?」
鹿島さん、場所は関係ないと思います。
「だってこいつ全然ノッてこないじゃん。『昨日プレーしてたゲームどう?』って聞いても『よかった』とか『楽しかった』とかだし!」
「男子だからしょうがないよ……」
「アタシは、有意義なゲーム談義がしたいのぉ!」
「外で喚くな。あ! 鼻血出てる! クッソお前なんか、もっかいあの鳥居で事故ってしまえ!」
地元民しかわからんので説明しよう。参道入り口に大きな鳥居があるのだが、道路両端に設置してある基部は、路側帯を完全に塞いでいる。それどころか両車線にも30センチ程食い込んでおり、車の“離合”が大変なのだ。
カレンは、スクーター(学校に運転免許許可願は出していない)で、この基部に乗り上げて吹っ飛んだのだ。幸い本人の軽症だけで済んだらしい。
「人の黒歴史をっ……!」
「ねぇカレンちゃん、その話をもう1回してくれる?」
フラグになりそうなのを察して、鹿島がフォローしてくれた。
「えっとねぇ、あの夜ぼーっと考え事をしながら運転してたわけよ。ほら夜って先が見えないじゃん。メットもしてるし。そしたら急に――」
黒歴史と言いながら、擬音語、大袈裟な形容詞、挿入句を挟む。身振り手振りはまるでその時を再現しているかのようだ。
「コレよコレ! 見てよこの傷!」
「わあっ!」
左右確認せず路側帯に飛び出し、自分が作った鳥居の傷跡を誇らしげに示しやがった。案の定、車がブレーキ踏んだぞ。余裕はあったが、運転手を驚かせるには十分だったな。
「なんなのよぅあの車! めっちゃ危ない……」
「あぶねーのはテメーだ! 園児かよ」
「はぁ? エンジはメグでしょ?」
鹿島と2人で運転手に頭を下げるが、カレンは不満げに睨め付けるだけだ。本当に困った奴だよ……。
ショーケースに食らいつく幼稚園児。年長月組の桜カレンちゃん。彼女のお眼鏡に叶うのは、ハイエンドグラボのみ。価格は涙で目も霞む17万! なんでこんなに高いんだろうな。その答えは、“DON'T ASK”なんちゃって。ともかくだ、彼女はミドルクラス以下は見向きもしない。
「お前さ、2・3年前に買い替えなかったか?」
「そうだけど、これは更なる性能アップと新しい描画エフェクトがあんのよ。つか、アンタが買い換える時じゃない?」
「今は時期が悪い……」
「出た出た、時期が悪いおじさん。チョーウケるんだけど!」
「うっせーな……先立つ物がないんだよ」
どう予算を捻出してもミドルクラスなんだ……。ハイエンドなんて高嶺の花だ。ちくしょう、誰だよ近くで玉ねぎを切っている奴は?
「アンタのVoodoo 2200ってさぁ、もう古代遺物じゃん。よくそんなんで現代のゲームが動くよねぇ?」
「うっせーなぁ」
「それにしても――」
カレンは艶めかしくため息をついて、ショーケースに向き直した。
「なんで新製品ってのは、こうも魅力的なんだろう……」
それ単に物欲に負けてるだけだ。
「待てよ。今アタシのVoodoo 5990R Witchcraft Editionは、どれくらいで売れる?」
どんぶり勘定を始めるカレン。
「おにーさん! 今アタシんグラボの売値どんくらい?」
店内で声上げんな。こいつと一緒にいるの、本当の本当に恥ずかしいわ。すると計算機を持ってきた店員さんが、彼女と話し合う。そうだった……コイツはここの上客だった。
「ゲッ! 資産滅殺スゴすぎ……」
「減価償却な?」
「使い方も変じゃない?」
カレンの奴、聞いちゃいねぇ。ウンウン唸ってやがる。
「あと1とか2盛ってくんない? お願〜い!」
店員さんは苦笑い。いくら贔屓にしているとはいえ、そりゃ無理だろバカ。
「ねぇシンイチ……手りゅう――」
「持ってないからな!」
「チッ、10万貰えるなら喜んでコイツ突き出すのにっ……!」
フレンド解除して、ブロックしていいですかね? 店員さんが去っても、ショーケースに顔ベタづけして、グラボをガン見するカレン。もう帰りてぇ……。
「ねぇ。私たちの県が、ネットでなんとかの国と揶揄される一因って……」
ああ。物騒な事件が起こるたびに、もしかして……と思うことがある。まあ、雀の涙ほどの良識は持ち合わせている……と願いたい。
ふと見ると、カレンが“お面”と“水色のゴム手袋”をはめていた。
「あの、冗談じゃ済まないからね?」
「シンイチ、人質にな――」
「るかバカ!」
訂正。塩粒ほどの良識も持ってなかった。なんですかね、NPCのように喚きらして、アラーム鳴らした方がいいんですかねぇ?
「チッ! 家帰ったらもっかい考える!」
やっと諦めて捨て台詞を放つと、ドスドスと勇ましく退店していった。鹿島は呆れてカレンを指差す。
「考える、だって」
「ありゃなんとか工面して買うぞ……バカめ」
カレンの線の細い後ろ姿を2人して見届けた。物欲のオーラが、もうもうと渦巻いているのが見えた。
今回も読んでくださってありがとうございます。次回からは1巻のクライマックスになっていきます。