【e6m12】落第(2)
「こちらに火種を拵えるのが、信お好きなようで」
カレンが職員室に入ってすぐ、俺の従姉妹が現れた。彼女もさっきの放送を耳に入れ、気になって来たのだ。
「して此度はいかなる不始末をなされた?」
「それが当の本人にも、身に覚えがないらしい」
「ほ。いずれの狼藉悪行が問い糺されるのかわからぬ、にあらずや?」
正直、俺もそう思う。ほどもなくして、内より噪ぎ立てる者の声が漏れて来た。間違いなくあのバカだ。何を言っているのかわからないが、まあロクな話し合いにはなっていないは確かだな。
「さし櫛も落つる騒ぎよ。どれ……」
「え? 入るの?」
「入らで、わかるわけもなく」
「けど、俺らは職員室に用もないし」
「用向きなど、よろしくでっちあげれば」
辻さんは、スタスタと入室していった。まあそうだな。けどここはeスポーツの連中を目の敵にする輩も多いから、どうしても気が引ける。まるで敵の城に忍び込むみたいだ。
カレンは、教務主任つまり担任の梅本先生の机の前に立っていた。その横には、学年主任の中村もいる。やんごとなき管理職はいないので、とんでもなく大きな火種ではなさそうだが、呼び出しを食らっている時点でヤバいのには変わらない。
「だ〜か〜らぁ〜、追試でなんとかすればいいっしょ⁉︎ 成績つけるのはアンタらなんだし、アタシの知ったこっちゃない!」
「その追試で済ませる態度に問題があります」
「ちょっとは頑張ってくれんかな?」
「去年は追試で進級したんだから、今年もそれでいーじゃん! なんでわざわざ呼び出すん? 信じらんないっ!!!」
職員室で、浅猿しかりし挙動は禁物だ。だから、辻のんの呆れ果てた色は、“騒がしき事、山猿に異ならず”と言わんばかりだった。
「あな、かたはらいたし。こはいかになりつることぞ?」
「あっ。なんでコイツまでいるん?」
そりゃ、お前が先生と噛み合わず、怒れるバブーンになって、暴言を吐き散らさないようにするためだ。
「これはいい所に。実はですね、かくかくと言う次第で――」
学年主任が、簡単明瞭に説明してくれた。つまり、カレンの成績が悪くて、学年会議で槍玉に上がった。期末でかなり頑張らないと、早くも進級が疑問視されるらしい。
カレンにすれば、はた迷惑な話。急に呼び出されて説教なんだから。しかも保護者召喚、もしくは2回目の家庭訪問という不名誉までチラつかされている。だから追試でなんとかしろと罵っていたんだな。
両目を瞑って、教師の言い分やこいつの喚きに傾聴していた従姉妹は――
「ほ」
と、鼻の奥で微かな含み笑いをした。
「またもや、わ御前の道理に合わぬ言い草よ。学生の本分は学業。されどその勤めを怠りて、矢弾ゲームに年ごろ専らにしておったのは、その方であろうに。それを曲げて、追試だ何だで及第目論んで、悪態の音かまびすしく鳴き立てるとは、げにや笑止の極みなる」
カレンを諫める刃は、実に鋭い。そして、それを聞かされる銃撃ゲーム馬鹿は、青筋立ててレイジメーターをフツフツと煮えたぎらせている。
「オメー、アタシを助けに来たんじゃねーの⁉︎ シンイチ、なんか言ってやれ!」
まつげの長い目が、瞬いて俺を見る。あのさ、俺もお前を擁護する材料なんか、これっぽっちもないんだが? しかしな、俺まで口撃の合唱に加わると、どうなるかわかるだろ?
「まあまあ。みんなお前を心配しているから、今度はちょっと勉強がんばろうぜ?」
「い や で す っ! 今度期待のAAAが出るでしょ? 勉強とかやってられっか!」
相変わらず、驚異的な愚かさは衰退の兆しすら見せず、俺は呆れてしばし物も言えない。内心そう思っていても、普通は『努力します』って刀を収めるのが普通だろ? それを逆に振り回すんだぜ? 辻のんの顔を想像して欲しい。
「テストでダメだったら追試。それもダメだったら、下駄履かせて進級させなさいよ!」
最近の学校は、病気などの長期欠席など、よっぽどの理由がない限り進級させる。教師だって、厄介者にはサッサと卒業してもらいたいからな。カレンもそれを知っているから、強意見を引っ込めないのだ。
「それにアタシがイラついてんのは、まだ落第したわけじゃないのに、あたかもそう確定したように責めてるからっ! 他にも成績ヤベー奴いんのに、ど〜してアタs――」
「櫻先輩?」
吠え猛るカレンを収めるため、辻さんはただ一言、名前だけを口にした。冷涼たる音聲には、“含み”で満たされていた。流し目もまた、辻さんらしい。教師の目前で、罵倒と非難の詞戦を交わす胸は、露ほどもないからな。
ではカレンは? 辻さんの言葉の裏まで察するお頭を、果たして持ち合わせているか? 『何よぅ⁉︎ 文句があるならはっきり言え!』など物問いでもしたら、後で軽め侮らるる事一定。
「…………」
2人は物言わぬ応酬をしている。一対は、刃のように鋭く冷ややかな眼。もう一対は、まつ毛繁く、烈火極まる釣り上がり眼。職員室は事の推移を見守ろうと、寂となっていた。エアコンの風を受けて、彼女らの末髪はゆらゆらとたなびく。
「ごめん、ちょっと俺トイレ行っていい?」
「はぁあああ⁉︎」
「何ぞ其は。興もさめて、こと苦うなりぬ」
「いやさ、ふざけているんじゃなくて、もう授業始まりそうだから。あ〜先生、わかったよ。俺と鹿島で、こいつの勉強時間を確保するから、とりあえず今は手打ちにしてくれません?」
「ちょ、何勝手な事言って――」
「宜〻しきこと哉。一時の忿懣に身を委ね 、辺りを騒がせたと存じますが、無骨者の呶罵も今は哀れと聞こし召されて、どうか御容赦お聞きとどけ給へ」
教務主任と学年主任は、そば目合わせた。