【e6m10】かぐや姫(2)
それ以後、かぐや姫は広長舌ふるった。俺の中の読者さん、つまらないと思ったら、他の人気ラノベを読み始めて構わない。俺があなたなら、とっくにやってる。では心の準備をして、ご拝聴しましょうか。
「源氏にも、“物語の出できはじめの祖なる竹取の翁”とあり、物語文学の嚆矢と言われておる。古代の人々の、宇宙に馳せる想いが込められて、まこと浪漫のありますな」
どうでもいい定期。
「作者は不明であるが、中国の神仙譚に影響が大きく、漢文訓読語を交えておるので、男性というのが通説。また地名語源説話、掛詞、洒落などを多用しており、我が国の伝承・書籍にも通じておる。古来、源順、源融、僧正遍昭などの説があるが、確固たる根拠はありませぬ」
空で朗々と言えるのはホントすごいが、俺にはホントどうでもいい定期。どこかに会話スキップボタンないかなぁ?
「して、その成立であるが、“六衛の府”・“頭中将”などの官職が出ておるので、九世紀頃ではないかと思われる。その時は漢文が栄えており、後に仮名文体に翻訳されたとも言われておる。末尾に“その山を『富士の山』とは名づけける。その煙、いまだ雲の中へ立ち上るぞと、言ひ伝えたる”とありて、古今和歌集の一節に“今は富士の山も煙に立たずなり……”とあり、また大和物語にも竹取物語をふまえた歌を読んでおるので――」
彼女にプリントの解説などを賜っている内に、いつの間にか距離が狭まっていた。艶めく香りが濃くなる。耳に掛けた横髪がパサリと文机に落ちる。匂い立つ端正優雅な美しさが眩しい。こいつさ、こんなに綺麗だったか?
「はて。何か物言いたげな目つきでおざるな?」
「え⁉︎ ええ。貴重な文字数を無駄にしてくれて、ありがとう」
ハァと喟然と嘆息漏らした従姉妹は、閉口する。
「そもじは竹取をどう思われる?」
「どう思うって……日本人には当たり前すぎるから、別に何とも思わんな」
「ほ。障りある故、教科書には部分のみ載せておるが、本来は通して読むべきよ」
そんなこと言ったってなぁ。俺は別に古典に興味があるわけじゃないから、本を取る気にはなれない。
「先の問いに戻るが、かぐや姫は本来天人であるのは存じておろ?」
「まあ、それくらいは」
「では、なでふこの世に現れたかは?」
「それは知らん。絵本には書いてなかったからな」
「げに、さこそ候へ。では佛教の、前世の業が前世に現れるのは?」
「それは知っている。そして現世の行いが来世に繋がるんだろ?」
「左様。姫を迎えに来た使者は、『かぐや姫は罪をつくり給へりければ、かく賎しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり』と申しておる。つまり、かぐや姫が地上に下ったのは、前世の罪障消滅ための流離、これよ」
語る言葉に継ぎ穂の辻さんの言葉。
「天界は物思いも老いもない世界。そこに住う人々は、人間的な感情を持たぬ。当然よ。憂うものが無いからの。かぐや姫もその一人。されど、翁や翁より慈しみ育てられ、5人の貴公子に求婚される内、人間的成長を遂げておる。翁らとの別れが迫り、悲しみ涙する、血の通った人の姿。神々しく神秘に満ちた姫の、内心が描かれておる。“かぐや姫の嘆き”は、物語が最高潮に到しておるから、教科書にあるわけで。先程の問、“人目も今はつつみ給はず云々”は、かくして、問答になっておるのであろな」
「へー」
「悩みなく永遠の命より、限りある命ゆえの、交わされる人間の情愛。これが竹取物語の醍醐味と言えますの」
「わかった。ありがとう、かぐや教授。じゃその発問例集とテスト問題集と漢字・語句問題を貸してくれ。一気に終わらせるわ」
彼女は呆れて、呆れ傾れた。“あな心憂”と言わんばかりに。俺にはやけに印象的だった。いつも端正で能面のような顔が崩れたからな。