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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e5m48】写姿

苦戦しましたが、書けました。ゲームネタがないと厳しいですね。

「数量限定のコレクターズ・エディション買うとさ、主人公フィギュア、未使用音源も含んだサントラ、オリジナルTシャツ、印刷された世界マップ、公式設定資料集、非売品トレカまでついてくるんだぜ? まあ3万超えで、アメリカから発送されるのがちょっとな。俺は通常版買うけど、お前こっち予約するんだろ?」

「そーね」

「そうそう。散々延期してたAAAあったじゃん? アレついに出るってよ。デブがアコードで認めてた。期末テスト直前なのが最悪だけど。今考えるとさ、エコシステム構築に苦戦しているから延期、フルライフ2とのバッティングを避けるために延期、ソースをパブリッシャに提出したくないから延期、長引く開発で大半の人が辞めて延期、ストーリー分岐を豊かにするため延期、致命的バグが見つかって延期……相当長かったよな? お前も速攻で買うだろ?」

「もち」

「あ、『ハンブルで買ったけど、グラフィックガクガクでやってらんねーっ!』て喚いていた奴あったじゃん。あれパッチ当たったぞ。まあパフォーマンスが最適化されても、そもそも面白くないぜ? いまだにメタスコすごいことになってるからな。発売当初なんか3点だぞ? それでも拡張パック2本出す予定とか信じられねーよな?」

「ほーん」

「そうだ。水曜からパブリッシャーセールやるの知ってる? 東欧産ゲームが、バンドル割引で500円ぐらい安くなるぞ。ものすごくヤバそうなやつもあるけど、ああいうのって中々割引渋いからな。俺いろいろポチってしまいそう。気になるのはチェックしとけよ」

 帰り道、カレンと他愛のない話をしていた。コイツはいつもみたいに話に乗ってこず、意味ありげな顔を俺に向けている。辻さんが心慰になってくれてから数日、相変わらず常田先輩からの連絡はない。だが、ようやく自動回復してきて、以前のように打ち沈むことはなくなった。

「ねー」

「あん?」

「ピンクから連絡あったん?」

「ない」

「もうさ、ネットのフレとでも思ってマジ忘れたら? よくいんじゃん。昔はよく一緒に遊んだけど、段々疎遠になっていく奴みたいに」

 どういうつもりで言っているのか知らんが、スッパリと別れ惜しみしないカレンらしい。けど、もしも別れるのが俺や鹿島だったらどうなるだろうと、ふと疑問が過ぎる。まあ、こいつとの悪縁は、そうそう切れなさそうだが。

「つかさ、アンタ以前メグと仲良かったくせに、次にささみとデートして、今はピンクに失恋とか、何してるん?」

「俺だって何やってんだと思っている。耳当たりの良いことだけ言って、その場凌ぎしているよな」

「はぁ? それって女子の純情踏みにじってんじゃん。酷すぎ」

「女子じゃねーやつに言われたくない」

 急にカレンに首を掴まれ、そのまま片手で宙に浮かせられた。流石ゴリラ並みの腕力……。

「言ってくれますねぇ(怒)」

「%&*@$#」

 必死に悶えていると、カレンの目線は俺の後ろに向けられた。

「あ……あれってピンクじゃね?」


 夕方前のファミレス。まだラッシュアワー(THE DAWN OF A NEW ERA OF FEASTING IS AT HAND)には早く、店内は閑散としていた。(いぶ)るタバコとアイスコーヒーを隔てて座っているのは、先輩――の母親だ。

「……」

 何を切り出していいかわからず、お互い気が詰まる。前に会ったのは、児童養護施設だった。と言っても会釈ぐらしかしていないが。

 やっぱり若いな。近くで見る俺には、まるで先輩の近い将来のように感じた。いわんや、カレンが遠目で見るに、本人と間違えたのも肯ける。

 以前のオフと思しき時は、色々“手抜き”が見え隠れしていたが、今日は仕事前なのだろう。目立つ服、化粧及びアクセサリーで着飾っている。色々苦労しているとはいえ、蠱惑(こわく)ともいえる(えん)な美は、どこも()せていなかった。失礼だが、出るべき所はしっかり出ていて、それが先輩に継承されている。

「すいません急に……」

 ただ、先輩と決定的に違うのは声。タバコで喉をやられているのか、はたまた酒焼けしているのか、少々かすれていた。

「いえ暇ですし」

 俺はこの人を、よく思わないはずだった。なぜなら先輩を堕すつもりだったと、本人を前にして言い放ち、泣かせたからだ。けどなぜだろう。目の前の彼女は、先輩の写姿。長らく彼女を見ていない俺には、枯れ木に水と言える。

「最近まいちゃんが、仕事していると聞いたんです。だから、どんな感じなのか知りたくて」

 なるほど、先輩は基本的に母親を拒否しているから、児相経由で最低限知らされているのか。さて困ったな。俺には箝口(かんこう)令が敷かれていないとはいえ、どこまで喋っていいのやら。

「お父さんの会社ですね」

「どんなことを?」

「俺も詳しいことは知りません。けど、色んな業務やった後、総務課秘書になって、今は――」

「今は?」

 他人行儀のよそよそしさだったが、愛娘の話題となると膝を乗り出す。

「幹部候補生として、本社勤務になっています」

 うっかり口を滑らせた感もある。が、俺の憂慮を他所に、彼女は顔を綻ばせた。当然だ、生みの娘が、立派に働いているんだから。

「そうですか! それはよかった。あの子には、私のような人生を歩んで欲しくなかったので」

「……」

「あなた、まいちゃんの彼氏ですよね? すいませんがお名前は?」

「大宮伸一です」

「今後もまいちゃんをよろしくお願いします。どうか捨てないであげてください」

 “捨てないで”とは引っかかる。てか、俺の方が捨てられたんだよな。言い方が悪いけど。訝しげな表情をしていたのだろう――

「あの……まいちゃんから聞いていると思いますし、あなたも私をよく思っていないのもわかります」

 と先方の顔に影が差す。そこから自分語りが始まった。

 高校卒業前から、惚れた男の元に転がり込んで、そのまま同棲開始。程なくして妊娠すると、動揺した男は逐電(ちくでん)する。彼女の家庭も“ワケあり”で、到底子どもを育てる余裕はないので堕胎。その後、いわゆるナイトジョブを始めるも、多数の男性と同時交際になって……と、先輩から聞いた話とほぼ一致する。

「あの子がお腹にいるのがわかった時、堕すには遅すぎたんです。頼れる人もいなくて――頑張って産んだのはいいけど、お金がかかって、ずっと面倒見なくちゃいけなくて――だんだん疎ましくなって――」

 語る言葉に、継ぎ穂の母親の言葉。

「あの子を手放して、解放された気分になったけど、すぐに罪の意識に苛まれて、仕事も何も手がつかなくなりました。思えば、とっても手がかかる赤ちゃんだったけど、天涯孤独の私には唯一の肉親だったんです」

 お母さんはコーヒーに角砂糖ではなく、塩の雫を入れていた。ワンオペのウェイターさんが、遠目から何事と見ている。

「街を歩いて、親子を見ると胸が締め付けられます。『まいちゃんは、きっと今頃このくらい成長しているだろう』って。あの子を置き去りにした病院に行っても、『母親の証明がない』と拒否され、その後どうなったかも知りません。いろんな所を探しても、『そんな子はいない』としか言われず……。ほんの数年前に、娘らしき子がいるって電話があって、そこからはもう会いたいの一心だったんですが、まいちゃんにはその意思がなくて……」

 先輩がある程度大人になって、家や児相の人との話し合いを経て、母親に存在を知らせたのだろう。ただし児相というクッションを挟んでいた。

「見て」

 彼女は、今はもう使えなくなった縦折のガラケーの電源を入れ、低解像度の写真を見せてくれた。先輩の家のアルバムよりもさらに前の写真。間違いなく乳幼児の頃の先輩だ。細目とか、目元のホクロとか、完全に一致する。色々と苦労話を聞いたが、一緒に自撮りしている写真なんて、幸せな母娘そのものだ。

「この頃、ほんっとに夜泣きが酷くて――」

 そう言うものの、顔は愛でる娘を見る優しい目。そして、彼女は思い出したようにブランドバッグに手を入れる。小さなオルゴール箱を取り出した。開くと素朴な音色で、オクラホマミキサーが流れる。

「これ……あの子が赤ちゃんの時、とっても気に入ってたんです。ぐずっていた時も、これを聞かせると泣き止んでくれたんです」

 親心の吐露に心打つものがある。この人と会う前は、畜生にも劣る冷徹無心の母とばっかり思っていたが、そうではなかった。

「まいちゃんが私を嫌っていても、このオルゴールを持っていて欲しくて。自分勝手ですけど、まいちゃんの人生の中に、わずかに私との思い出があるだけでいいんです」

 こうやって膝を突き合わせなかったら、口だけとか、罪の意識からだとか、薄笑いを浮かべただろう。だが、彼女の誠実さが伝わった。大きな間違いを犯したが、だからといって今更過去を変えようがないからな。

「あ、いけない。そろそろ電車の時間」

 リストカット跡ある手首の小さな腕時計を見て、驚く。

「今日は、これをあなたからまいちゃんに渡してもらいたくて声をかけたんです。今は無理かもしれないけど――」

 あの面会のプレゼントは、これだったんだ。けどこの人は、今の俺と先輩の関係を知らないのだろう。正直、このミッションは達成できそうにない。だが、無下に断ることも心苦しい。俺が無理なら、パートナーの辻さんにでも頼もう。

 お母さんは、丸まって収まっている伝票を摘むと――

「それじゃあ失礼します……」

 軽く頭を下げ、カツカツとヒールの音と残り香をたなびかせて去っていった。

「……」

「ほ。子を想う親の姿、心に来るものがありますの」

「え⁉︎ お、お前いたんか……」

 白檀のほのかな香が立ったかと思うと、先輩のパートナーヒロインが側に立っていた。哀愁に満ちた目を、窓越しにお母さんに向けている。

仮令(けりょう)ここらに侍ればこそ」

「お前、今の話ペラペラ人に喋るなよ?」

「言わずとも心得ておりまする。して、こは(しょう)からの贈り物ぞ」

「なんでお前の伝票を俺に握らせるんですかねぇ?」

次回がフィナーレで、そこそこ書けているんですが、ゴールデンウィークは遊びたいので、パスするかもしれません。

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