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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e5m47】代わり身

書けました。やっぱりシリアスは苦手だから、おふざけに走ってしまいますね。

 もはや同好会御用達の営倉と化したカウンセリング室。俺はぽつねんと学習机に向かっている。一緒くたになると、むしろ危険極まりないので、カレン、メグや小早川氏らは各々別部屋に詰め込まれた。

 つい先ほど、校長臨席の上での聞き取りが終わった。進路指導主事は、しきりに俺の不遜な態度を理由に、厳重な処分を求めていた。

『訓告』

 担任の梅本先生以外から、どよめきが起こった。そりゃそうだ、あれだけヒロイン3人が対教師暴力を振るって、保健室の蘇生用注射器とメディキットが湯水の如く使われたからな。鹿島も立場がないと頭抱えてたし。

『あり得ません! 4人とも停学に処した上で、同好会は廃止すべきです!』

『いや体罰をしたのがいかん。本来なら君が問責の対象だよ』

 OSA長官そっくりの校長は、気色ばんでジロと睨み付ける。横柄と傲慢の権化は、流石に最高権力者の物言いには逆らえない。

 口頭で注意を受けた後、午後の授業は自習にして頭を冷やしなさいという、寛大にも程がある処分だった。当然、反省文提出などもなし。校長先生、俺が言える立場じゃないですけど、そんな激甘だとこいつらますますつけ上がりますよ?

「てか無罪になるなら、俺もあのクソ野郎に1発お見舞いしておくべきだった……」


 放課後。放免されると、そそくさと1人家路に向かう。

 カレン達が飛んだり跳ねたりするのは、本当に愉快だった。けど、それもひと時の忘れ草。慰めるすべもなく思い沈んでいる身に何になる?

『常田のことで、俺に恨みでもあるのか?』

 よく考えると、俺と先輩を裂いた進路指導主事は、単に教師としての分掌を全うしただけだ。もう卒業が迫っているというのに、先輩はうかうかと日々過ごして、何ら将来を決めず、挙げ句の果ては俺の家に入ると言ったのかもしれない。真っ当な人からすれば、世迷いごとに他ならない。世話をする田中さんも、先輩の先を案じていただろう。

 俺だって、当初は反対したけど、一緒に過ごす時間が楽しすぎて、いつまでもいて欲しいと願うようになった。卒業後、ちょっとぐらいパートしてくれれば位に考えていた。

「恨むなら、俺だよな」

 本気で先輩と暮らす気があったなら、さっさと行動していれば良かった。なぜなら、いつでも“常田まいエンディング”に行けたから。彼女が進路指導室に呼ばれる前に、『俺と付き合ってください』とでも言っておけば、こんなバッドエンドにならなかった。文字通り、俺には毎日毎時間毎分毎秒のチャンスがあったのだ。

「それを、やれ恥ずかしいからとか、やれ辻のんエピソードが残っているからとかで逃すなんて、愚かにも程がある……」

 鬱のオーラが、周囲から忍び寄って俺に(まと)わり付く。一旦、嫌な考えを持つと、グルグルと負のスパイラルに落ち込んで、気分もふさぎこむ。


「イテテ寝違えた……」

 窓の外を見ると、すっかり夜だった。あれだけ学校で寝ていたというのに、よくこんなに寝たな。けど、今朝のような酷な夢は見なかった。下手に先輩と再会した後、目覚めて惨めな思いをしたくないので、これでいい。しかし、夢ですら先輩と会えなくなると、一層想いは募るばかり。

 以前辻さんが言った。相手の夢に自分が出てくるのは、自分が恋しく想っているからだ、と。普段だったら、俗信とせせら笑うが、今はどうだ? つまり先輩の夢を見ていたことは、まだ彼女は俺に気があった。そして、夢に出てこなくなったってことは……?

「考えたくもねぇ」

 いてもたってもいられず、パソコンでアコードを開き、先輩に音声通話を試みた。

 当然応答はない。寝起きとあって、ますます気が滅入った。


 孤食の夕飯。先輩が来てから、一緒にリビングのテーブルを囲っていたが、最近はパソコンデスクで動画を観ながら、冷食やコンビニ弁当を詰め込む日々に戻っている。

 テーブルに向かうと、ひどく惨めで虚しい。いつもワーキャー言ってくる先輩がいないから。

「溶き卵のワイン炊き……」

 あの同棲初日に先輩が作った、得体の知れない一品があった。あの時は、嫌々食べたな。今それがあったらどうする?

「喜んで頬張るだろう」

 結局あの後、2人でスーパーに出かけたんだ。夜だったから売れ残りしかなく、半額の唐揚げパンだった。正直それも美味しくはなかったが、俺と先輩が知り合ったのが売店前で、唐揚げパンウォーフェアの真っ最中だったので、記念にはなった。

 もうね、何につけても先輩先輩先輩……。俺の中で、ここまで彼女の存在が大きくなっているのかと、改めて驚く。ちょっとしたことで先輩に結び付けられて、なんで“常田まいエンディング”をさっさと選ばなかったのかと、何度も自分を恨めしく責める。


 先輩の家から超特急で搬入された、彼女の巨大な油絵。凡庸な俺の部屋には、異様なほど馴染んでいないが、あつらえたように床から天井までの高さがぴったりだった。

 裸体の先輩が背中を晒し、振り向き様にこちらを見ている。憂いを秘めた目見には、何度もドキリとさせられた。そして、昼と夜では表情が異なるように感じた。

『ごめんなさい、私のことは忘れてください』

 まさか絵が物言うことはないが、夜に見るたびに、あの台詞が小声で聞こえてくる。耐えきれず顔を背ける。

“人間関係が、エピソード1に戻っただけ。何も問題はない”

“先輩のような素敵な人が、かりそめにも好きになってくれただけで、いい夢見れたろ?”

 何度もカレンのアドバイスを実行しようとした。今もそうだ。

 しかし目先には、“今日のまいちゃん”の写真がずらり表示されたモニター。カリカリとスクロールして、こんなイベントもあった、あんなイベントもあったと感慨深い。くだらない日常が懐かしい。

「あの絵とこれらの写真、全部捨てたら、キッパリ忘れるだろうか?」

 と全てのまいちゃん写真を、ゴミ箱に入れた。けどまあ、空にはできない甘さよ。こんなのにでもすがっていかないと、俺はやっていけない。

「くっそ、またか……」

 気づけば、涙で目が曇り、目尻に潮が満ち溢れた。いつまでもクヨクヨしていられないというのに……。いっそのこと感情に身を任せて、さっぱりしてしまおう。誰かが見ているわけではないし、楽になる。

 涙も枯れ果てる勢いで泣いた。何度もティッシュ拭った目元が腫れ上がっている。それでも先輩の面影を浮かべるたびに、じんわりと潤うのだ。誰か涙腺を塞いで欲しい。

「此は余程よ。(なんだ)雨のごとく()き垂れておるではないか。憂き心のこちまで()んじて来よるぞ」

「!!! お、お前なんで……?」

 岸破(ガバ)と振り返ると、音も立てずに小女房が、ベッドにちょこねんと座っていた。涙と鼻水でグシャグシャの俺に向かって、従容(しょうよう)として物言いする。

「言ふもおろかなり。そもじが心痛で(たお)れておらぬか見舞い申した」

 情報科のコバートオプスってのはマジで厄介だ。親族の家とはいえ、いつどこに現れるかわからん。気まずさにティッシュで顔を拭っていると、彼女は艶かしくため息をつく。

「“人情紙ノ如シ”よ、あはれに心交わしたまふ仲なれど。いかでかさることあるべし」

「俺は大丈夫だ、もう放っておいてくれ」

「あな、かたはらいたし。いまだ目尻に鹽気(しおけ)のみ(かを)らせておるぞ。そもじはこれほど心を千々に砕くか」

「咽び泣く俺を笑いに来たんだろ? こんな様だ。もう満足したろ? さっさと帰れ」

 みっともなくて、つい邪険に扱ってしまう。しかし彼女は――

「何を申される。(げに)はな、桃どのの有様を気色とったゆえ、そもじの耳にも入れてやろと思うての」

 と淡々としている。先輩の近況……? ドキリとした。また聞きたくもないことを知ってしまうのでは……?

「もういいよ、先輩の事なんかっ! 終わったんだし……」

「ほ、(しょう)(つまびらか)に知らねど、桃どのは日がな一日事繁く、心砕きて恪勤(かくごん)しておる。恋を挑む男も多かれど、沖つ藻はなびかず、異心も起こらぬご様子。事終わり際に、そちを思い懸ておるとか」

 こいつがスキルで収集した情報なのか、それとも連絡を取り合っているのかは知らない。嘘かもしれない。

 けど先輩に振られていない――暗澹の中もがいていた所に、一線の光明を見た心地だった。まだ俺らは両思い。枯れたと思った涙がまた湧き上がる。

「“忘れろ”とは、軽々(きょうきょう)にあれど、宮どのへの執着は、鬼をも(ひし)恋力(こいぢから)。ひと時の苦労でなんとなる。さりとて、あの腹黒の心中まで察するのは、また難きこと」

「先輩……」

「覚えあるか? 去し日に、冬来りなば春遠からじと言うたのを。宮どの、か易きことあらねど、心強く持て」

 嬉しかった。先輩との関係に進退があったわけでもないが、一人沈んでいたのを受け止めてくれるだけで、(すく)われた気持ちになった。そういえば、前も先輩との関係に困っていた時も、こいつが慰めてくれたんだよな。もう多種多様の感情がごった煮になって、ますます涙を止めることができなくなった。

「こはいみじう困った懸想人(けそうにん)よ。こち。さこそ胸乳に未練がましゅうするのは、人目にも見苦しい限りぞ」

 辻さんは、俺の顔もとにつと添ひて(・・・・・)、とめどなく流れる涙を吸ってくれた。顔を離すと、莞尓(かんじ)として微笑んでいた。菩薩を思わせる柔和な気色は、今まで見たことがない。

 そうなんだ。俺は、先輩のおっぱいに死ぬほど恋焦がれる。以前、何度か先輩のおっぱいに埋まれて、自己救済できないと言ったろ? あれは嘘だ……。

「のう。(しょう)(たわ)み乳あらねど、桃どのの代わりにならぬか? 前世からの宿縁因縁、そもじと添い遂げる覚悟は出来ておる。よもや宮()る雁にはなりますまい」

 両手を俺のほおに添えたままの従姉妹。白檀(びゃくだん)の高貴な香が、ほのぼのと匂い立つ。

「ごめん。お前が劣ってるとかそんなんじゃないけど、やっぱり先輩じゃなきゃダメだんだ。あの人がいないとダメなんだ。代わりとかそんなんじゃ……」

 突如の申し出に困惑したが、やっぱり先輩は先輩だ。誰にも代えられない。もし辻さんがいなくなって、先輩が今のように言ったとしても、やっぱり先輩は辻さんの代わりにはならないから、同じことを言うだろう。

「ほほほ、神妙〻〻。それでこそ、宿敵よ。(しょう)が恋力記し集めて、宮どののお心をば搏噬攘奪(はくぜいじょうだつ)し、恥かかせるべき御前よ」

 ある意味俺に振られたというのに、彼女はいたく満足していた。からからと(わら)って、烏羽玉(うばだま)の黒長髪を耳挟みした。そして――

「そろそろ(しょう)中座致しまする。存分に一人お泣きくだされ」

 と俺から離れた。名残惜しさも見せず、静々と部屋を後にして、バタンとドアが閉まった。

「どげんやった?」

「ほ、お聞きの通りよ。乳が欲しうて咽び泣いておったわ、まこと嘆かわしい」

「マジで情けねー奴だぜ!」

 外の廊下から、ドヤドヤと5人分の足音が消えていく。

「なんで他の奴らまでいたんですかねぇ……」

次も既に書いて、遅れることはないでしょう。しかしゴールデンウィークはゲームをしたいのでその次はしばし開くと思います。

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