【e5m45】瀕死
アップできました。
「うぅ……」
最悪の寝起きだった。体がガチガチに固い。頭をもたげると、朝日がフラッシュバンのように差し込んでくる。時計のアラームを止めて確認すると、10時間近くも寝ていたのか。けど相当深く寝ていたのか、目を閉じたらもう朝になっていた感じだ。
昨日の通話は未だに信じ難いが、つけっぱなしのモニターを覗くと、いきおい常田先輩との記録が目に入る。
「学校行きたくねぇ……」
朝になれば、先輩は以前のように俺の隣で寝ている……と馬鹿な期待をしたが、当然そんなわけはない。ゴロンと横になり、しばしぼんやりしていると、またアラームが鳴った。体に鞭打って起き上がり、ヨロヨロとゾンビよろしくキッチンへ降りる。腹は全く減ってないので、食べなくていいか……。
洗面所に行って鏡を覗くと、とんでもなく酷い姿が写っている。
「普段通りにしないと、絶対あいつらの話の種だぞ……」
そう面と向かって自分に言い聞かせた。先輩のコップや歯ブラシを横目に、いつもと同じように身支度を整えた。
朝課外から夕課外まで、日がな一日悄然と机に突っ伏していた。現実逃避ってやつだ。あまりにも寝過ぎて――
『大丈夫?』
と鹿島から疑われる始末。ゲームのやりすぎと誤魔化したが、それで騙せるような奴じゃない。まああいつは出しゃばらないから、それ以上何も突っ込んでこないけど。
例えば小テストとか昼食とか、何かしていると、先輩のことを忘れることができた。けどぼんやりとしている時、楽しかった思い出の1コマが、スライドショーのように、浮かんでは消え浮かんでは消える。それだけに――
『ごめんなさい、私のことは忘れてください』
この言葉は、思い返す度にズキズキと胸に迫ってくる。
「起立、礼、ありがとうございましたー」
長い一日が終わった。もう猫のように寝ていたというのに、早く家に帰って寝たい。そそくさと教室を出ようとすると、後ろから声をかけられた。
「おー今日どうするん? 同好会室行く?」
「行かん」
「じゃあ帰ろ」
「自分の視界内で、仲間が倒されても気が付かない。もしくは、巡回路に死体があっても警戒しない」
「逆にかなり遠方からこちらに気付いて、超速反応で攻撃を始める」
「直線的に突っ込んで死ぬまで戦うタイプで、目の前の障害物すら超えられずにスタック」
「騒ぎがあっても、時間が経つと無かったかのように忘れる」
「互いにカバー無しの近距離で、殴り合いが終わらない」
「ステルス攻撃を仕掛けると、こちらの場所が一瞬でばれる。そしてものの数秒で、周辺の全員に知れ渡ってしまう」
「深い暗闇や茂みでも、確実に狙い撃ちされる」
「異様に追跡能力が高い」
「スプリクトでカバーに隠れるが、その後は頑に動かない」
「壁の中に埋まって、体の一部が出ている」
「目の前のオブジェクトに、グレネードやRPGを命中させて自爆」
「ドアの向こうから既にこちらを認識して、位置を変えるとそれに伴って向きも変える」
「回避スペースがないのに、無駄にローリングする」
「同士討ちが酷い」
「……それは戦術でしょ? デーモンサイバーとスパイダーマスターを戦わせると、見ててめっちゃ面白し」
帰り道。カレンと交互に“無能AIあるある”を出していた。だが話が弾んでいるというより、淡々としている。お互い気まずさを感じているよな。奴のうるさい……良く形容すると、明るくほがらかな声が沈んでいるから。
「全授業を寝ているせいか、冴えてるな」
「今日のアンタには負けるけど。ねーアンタさ――」
「あん?」
「ピンクと一悶着あったっしょ?」
「…………」
なぜバレたし? そうか。昨日コイツとボイチャやってて、先輩に切り替えたまま不貞寝したんだった。
「あんだけラブラブだったのに、どうやったらそうなるん? ま、アタシの知ったことじゃないか。もうさ、あんなの、最初からいなかったとでも思って忘れたら? どーせ間に合わせのヒロインなんだし」
言ってくれるよ。相変わらず極端で、バカっぷりが如実に表れている。そうできないから辛いのに……。
「そうだなぁ……」
カレンと道を別れ、1人ぽつねんと家路につく。
学校にいた時はさっさ帰って寝たいと思っていたが、今はそうしたくない。先輩と数々のイベントがあったのは俺の家で、無様に振られたのもまた俺の家だからだ。
牛歩のような鈍い足取りで、ふと横を見ると、空き地に立っていた売地の看板が無くなっていた。
「ああ、ついに家が建つんだ。ずっと売れないとばっかり……」
変わり無き日常なんてないのだと、俺と先輩の関係の変化に重ね合わせる。最近雨が降っていないので、伸び放題の雑草は、ぐったりとうなだれ、その地面は水分不足で、あちこちに亀裂が入っていた。夏の湿った南風は熱いが、なぜか俺は肌寒さを感じる。
「風邪ひいたんだろうか……」
一層滅入ってしまう。自分のインベントリーに、風邪薬か何かあったかなと覗こうとすると――
・*:..。o♬*゜・*:..。o♬*゜・*:..。o♬*゜
✽.。.:*大宮伸一のなかよしポイント.。.:*
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桜カレン :レベル 0 【ー999ポイント】☻⚠☠☣⚡❀
鹿島梢 :レベル24 【555ポイント】☺︎☤♥✍㊝⚖
ミーガンメイヤー:レベル21 【476ポイント】☺︎⚒Ⓕ◡̈⃝車⃝
小早川ささみ :レベル19 【423ポイント】Ⓔ✍❁☢
常田まい :レベル25 【577ポイント】♕Ⓖ⇪☹✄
辻のぞみ :レベル15 【388ポイント】☺︎☎☯
うっかり手が滑って、仲良しポイントを開いてしまった。
「先輩……」
エピソード2で初登場してから、鹿島超えとは怒涛の稼ぎだな。“本エピソードのヒロイン:5%増加”、“巨乳ヒロイン:6%増加”、“大宮伸一なかよしポイントブーストDLC(有料):30%増加”、“大宮の不審:7%減少”、“縁切り:30%減少”とパークも付いている。
いつの間にか玄関前にいた。鍵を開けるが、ドアノブを回して引くのを躊躇ってしまう。
「気晴らしに、どこかに行こうか?」
けど、とてもそんな気分じゃないし、仮に行ったところで、悲しさをここに置いて行くわけでもない。一時的に忘れたとしても、それが何になる? つらいのは変わりない。だから、思い切って玄関を開けた。
「あ……」
先輩の甘い匂いが、鼻腔を通して、しみじみと心の襞深く浸ってくる。彼女の移し香が染み込んだハンカチからだった。
『(๑′ᴗ‵๑) あ、おーみやくん❤︎』
あの可愛いアニメ声と共に、向こうのドアからパタパタやってくる面影が見えた。
もうダメだった。今の今まで、余りにも大きい狼狽で泣く余裕すらなかったが、実体のない彼女の香の気が、涙をせき止めているダムを壊した。先輩の無垢な微笑みも、ピンクのセミロングも、芳体も、目尻に溜まる涙でボワボワと不鮮明になっていく。
いつまでも眼間に残って欲しい幻影は、ゆっくりと消失していった。
「先輩、恋しいよ……」
自分でも情けないと思う。3人称視点で自身を見ることができたら、恥じ入っただろう。俺は玄関に崩れて、咽び泣かずにはいられなかった。
次もそこそこ書いているので、長くないでしょう。