【e5m44】コマンダークラス
短いですがアップします。
ピザパーティから数日後。あれから常田先輩からの連絡はなかったが、俺は焦慮に駆られることもなかった。あの時しっかりとお互いの気持ちを確認したので、離れていても大丈夫と信じていたからだ。むしろ安心しきってしまったのか、彼女を忘れる時すらあった。ヘッドセット越しに――
「ピンクはどうしてるん?」
と訊かれて、改めて思い出す始末だった。
「あ? ああ、まあなんとかやっているだろ」
そういえばプレゼン上手くいったかな? 何も連絡がないってことはそうだよな。こんな風に楽観的になっていた。その時、別アカウントから通話呼び出しがあって、その発信者は先輩だった。カレンに一言入れて、通話を彼女に切り替える。
「あ、どもども」
「…………」
「先輩? 聞こえませんよ?」
デバイスに問題あるのか? けど彼女はスマホだから、特に設定はいじらなくてもいいはず。不可解な沈黙が続いた後、やっと先輩のアイコンにエメラルドグリーンが色付いた。
「もしもし……」
「あ、聞こえました。お久です。プレゼンはどうでした?」
「……お陰様で、無事に終わりました。本当にありがとうございます……」
「どうしたんです? えらく沈んでいるじゃないですか?」
悪い意味では事務的、良い意味では朗々としているお嬢様モードの口調が、誰がどう聞いたって陰鬱になっている。俺は眉根を寄せた。先輩は、またトラブルが発生したように押し黙ってしまう。ここまでされると、流石にこれは変だぞと疑わざる得ない。
「また研修担当から嫌味でも言われたんですか? 愚痴なら聞きますよ?」
「いえ、そうじゃありません……」
「じゃ一体どうしたんです?」
3度目の不穏な沈黙。また金銭に関わる重大なミスとか、個人情報をうっかり流出させてしまったとかのコンプライアンス違反をやらかしたのか? けどお嬢様モードの先輩は、基本的に有能だろう。そう色々な不祥事が頭に浮かんでは消えていると、彼女の重い口が開かれた。
「今日付で辞令が出て、正社員になりました」
「はぁ⁉︎」
「幹部候補生として本社勤務になります」
不意に肺腑をえぐられた。それ以外に表現のしようがなかった。職場体験の“まとめ”のプレゼンが終われば、もう先輩は帰ってくると信じて疑わなかったからだ。職場体験生から正社員への昇格なんて、誰が予想できよう。あまりに唖然として、しばし物も言えずにいると、先輩が話の継ぎ穂を補う。
「近日中に関西に引っ越します」
「が、学校は? まだ卒業もしてないでしょ……」
「私はすでに卒業に必要な出席日数を満たしており、年度末まで欠席しても問題ありません。それに、会社と学校の管理職も了承しています」
「それってあんまりじゃないですか……急にそんなことになるなんて」
声が俺のものとは思えず、声帯に膜がかかったようにしゃがれた。
「私の卒業後を心配して、お父様と管理職で取り決めてしまったんです。私は辞退したんですが、もう内々に決定したことで。だからピザパーティの日……本当は大宮君にお別れのつもりで来たんです。けどみんな良くしてくれて、言い出せなくて……」
既に沙汰の成り行きは決定し、もはや俺が足掻いてもひっくり返せない状況だった。
「随分と質の悪い冗談ですね。先輩だって嫌がっていたのに、どうしてそんな――」
「冗談ではありません」
「たのむから冗談だと言ってくださいっ!!!」
「…………ごめんなさい、私のことは忘れてください」
通話品質はいかがでしたか?
詳しく教えてください。
(¯⌓¯) (•_•)⁺(⁰ᗜ⁰)✧
□ 今後表示しない。
最後の言葉は、大きな鐘をついたように、俺の頭の中いっぱいに鳴り響いた。全身の血の気が引き、耳が詰まって呼吸音が響く。テレビの砂嵐が、徐々に視野周辺から吹き荒れ、しまいには目の前のモニターすら見えなくなった。
「コマンダークラスなだけに、幹部候補ってか。なんなんだよそれ……」
あまりに唐突な別れの宣告。ここまで急速に狼狽すると、吐き気と目眩がしてくる。両目を覆うと、暗闇の中に気味の悪い万華鏡模様がチラつく。酷く気分が悪いので、転げ落ちるようにベッドに横になった。
「マジかぁ……」
これは現実なのか? もしくは何かの間違いで、きっと先輩は――
『٩(*´꒳`*)۶ ドッキリ、大せいこ〜』
とそこからやってくるネタなんだろ? そうだ、そうに決まっている。そうであってくれ!!!
「マジかぁ……」
掛け布団を被り、今一度絞り出すように呟いた後の記憶はない。
ここからはシリアスが続くので、苦戦するでしょう。