【e5m38】悪党ヒロイン裏表
誰も待っていたとは思いませんが、一応書けました。
「――というわけだ」
「おほほほッ! それはそれは、心よりご同情申し上げまする」
中休み、一緒に廊下を歩いている従姉妹は、常田先輩との不和を聞くや否や、喜色満面、声高らかに咲った。今朝、俺らは言葉を交わさず別々に家を出たんだ。すれ違いってやつだな。
「さかしらながら――」
こう下ると、彼女の滑稽は隠れ、いつもの端正な色に戻る。
「宮どのは、ちと無情者よ。そもじが難あたらず」
「は?」
「されど同い女房とありては、常田どのの心中お察ししますな。高運巡りて、宮どのと思い合い、袖もしつつ、今や家族間際であったではないか。それが、彼の得ぬ所巡りては、心ざしも添わせず、剰え惡櫻と浮かれ戯れりと。他人事ながら、げに腹ふくるる心地ぞ致します」
「……じゃあ、お前もやっぱ先輩の仕事を手伝えってか?」
彼女は歩みを止め、俺を見据える。窓から降る夏の日差しに、美しい垂髪が照り輝いていた。
「此は余程の頓馬よ。其は及ばざる論。事の云々にはあらじ」
「じゃあ、どうしたらよかったんだよ。先輩は何も言わないし……」
ここまで見当つかないのかと、辻さんはハァと色立つ顔で長嘆息。
「帰り来む折には、数多寄せ籠め、口付けすと約交わしたとかしてないとか……」
あ……なんか何気ない会話で、『帰ってきたら、いっぱいだきしめてね❤︎ チューもして❤︎』『はいはい。それくらいなら』って口約束したような。
「んなこと……(俺らもうしょっちゅうやってんだぜ? もう米国人並みのスキンシップよ。昨日やらなかったぐらいで――)」
冒頭以後を声に出すと、こいつは赫怒するので飲み込んだ。けど言葉に出さずとも、彼女は見通している目つきだった。
「……つかお前、なんでそれ知ってる⁉︎ さてはウチに盗聴器を仕掛けたな?」
「ほッ」
いと冷やき笑湛えた顔。そうだった、こいつは情報科所属のコバートオプスなんだよ。古めかしい為人りばかり目立って、クラス特有のスキルを見せないが、そんなガジェットを設置するのは、朝飯前のはず。一方こいつは先輩と浅からぬ仲。んなバグに頼らなくても、彼女の心内なんぞ掌の上だ。
「彼奴は憎みてあまれど、稚児より辛き目を見ておるのであろ? 父母健在の妾、その身に当たりて、さこそと思ひつづくれば、げにあはれなり。そもじは身を寄せて口付けするを侮づりておる節あれど、桃どのは今、浮き雲の思ひ」
かごやかに艶さす顔を窓の外に向ける辻さん。なんだなんだ? 普段先輩と顔を合わせれば、遠慮なしにこき下ろすのに……悪いものでも食ったのか?
「彼奴は家族として、宮どのを見ておる。陳腐な謂なれど、家族は喜びを共にし、悲しみを分かち合う紐にやあらん。思ひ沈む人を見過ごして、ゲームに興じるとはこれ如何に。こは宮どのに難ありよ」
俺が呆気にとられていると、さらに彼女はひとりごつ。
「常田どの……けしからぬかたこそあれ、あの恋力は言わずもがな、なんと女離れした技量と度胸の持ち主よ。車御前は上手を打ちけるに、あ度は本意なかりけり」
あの勝敗は、結局ナアナアで終わった。しかし、ヒロイン3人の度肝を抜いた点からすると、先輩の勝ちだろう。特にメグなんか、自らの得意分野でちょいと小突いてやろうとした結果、手痛い苦戦を強いられたからな。そして、側で見ていたパートナーヒロインも、『こは只者にあらじ』と警戒したのだ。
「宮どの」
「え?」
「今日常田どの帰参の折には、そちが腕で優しく包んでたもれ。愛しておるぞと耳語したもれ」
顔をこちらに戻した彼女。清く澄んだ目で、真っ直ぐに俺を見据えて、真心から先輩のことを憂いていた。普段は嫌味な奴だが、やっぱりそれは友情の裏返しだった。
「お前――実はパートナー思いなのな?」
「ほッ! 何を勘違いしておられる? 妾は、あの撓み乳に、ただ儚い夢を見させておるのみ。先例顧みれば、此処でそもじらが添い遂げ了らぬこと一定。今はせいぜい我が世の春でも謳歌しておれば良い。次で我らが契りを結べ了れば、桃どのは幸福の天から錐揉み、悶絶躃地した挙句、恋死にまする。我らが挙式で、御目を朱に腫らして、泣き喚く桃どのを見まほし」
訂正。パートナー思いどころか、悪党ヒロインだった。照れ隠しに取り繕っているとか、そんな素振りではないのは一目瞭然。マジで先輩を高みに上げるだけ上げて、不幸の底に叩き落すつもりだ……。
「わかったわかった。お前さんのアドバイスは大変有益だったよ。今日先輩が帰ったら、抱きしめていっぱい慰めてやるわ」
「ほ」
「なあ、今夜必ずパソコンをチェックしろよ? 俺と先輩が寄り添って、第一子を抱いている絵(水彩絵の具)が表示されて、オルゴールのBGMが鳴ってたら、常田まいエンド達成だからな。恋死ぬのはお前の――」
Shinichi was fragged by Nozomi’s ONIKIRI.
「お〜なんだなんだ? また辻のんが叩っ切ったのか?」
「残念。何をしたのかわからないけど、大宮くんの自業自得だね……」
「あんまりでございまする〜!(号泣)」
次はまだ一字も書いていません。ちょっと私生活が忙しく、サイバーパンクも畳み込んで終わらせたいので、時間をください。