【e5m35】ネクタイ
すいません、ほぼ一ヶ月ぶりの投稿になります。仕事とどうしても協力しないといけない高難易度ゲームのクリアで遅れました。
「いえ――」
お嬢様モードの常田先輩は、物腰柔らかな口調で電話口に応えた。
「私には、もうその気はないと伝えて下さい。はい――はい、プレゼントもご遠慮しておきます……」
その後しばらく、児相の人とやりとりして切った。それをきっかけに、いつもの先輩に戻る。
「(•̆·̭•̆) こまるな〜。もう会う気はないって言ってるのに、またお母さんがお電話してきたって」
『せめて、プレゼントだけ受け取ったらどうです?』
そう喉元まで出てくるが、人様の事情なので飲み込む。滅多に見ない先輩の困り顔。どうもプレゼントに抵抗があるようだ。初めて一緒に遊んだ時もそうだったし、彼女の部屋に飾ってある絵もそうだ。
「(•̆·̭•̆)」
しばしの沈黙。思案顔の先輩にどう声かけてやれば良いかわからず、自然と風景が目に入ってくる。
放課後の駅前通りは、いつもの“適度な”活気を呈していた。最近この辺りの再開発が盛んになって、ビルがあちこち生えてきている。結構な交通量だというのに、歩行者は横断歩道がない所も強引に横切り、ドライバーの肝を冷やす。
不意に俺の腕がギュッと組まれ、ヒロイン随一のマシュマロに押し付けられた。先輩の肌ってもっちり滑らかで……抱き心地最高なんだよ。
「( ◜ᴗ◝) ま、いっか」
目が合うとニコと笑う。その頭を俺によせかけると、甘ったるい香りまでほんわか届けてくれる。あまりのラブラブ、いやベタつき具合に、周りからの目線がチクチクする。同じ帰路の生徒も少なくないが、先輩は知ったこっちゃない。というか、校内外所構わずひっついて、見せびらかしている節もある。
「(๑❛ᴗ❛๑) えへへ❤︎」
さっき駅中の店で買った袋を見た後、またニコと笑う。これは俺用のネクタイだ。
「あの、さっきも言いましたけど――」
「(ー̀֊ー́)✧ ダメだよ。これから毎日、しめてあげるから」
先輩と同棲が始まって、そこそこ過ぎたが、ままごともシャレにならないレベルになってる。もはやカンストも近い。このネクタイなんかは、かわいいほうだ。昨日なんか、婚姻届を渡された。
『(*´꒳`*)੭ 誕生日を入力して次に進んでください:この日付は年齢確認の目的のみに使用し、データとして保存されることはありません❤︎』
『いやいや役所にバッチリ保存されるでしょ』
2人の戸籍謄本や本人確認書類などは不備なく用意、その上、記入押印済みであった。言葉通り、俺の生年月日以外は……。そしてブライダル雑誌やマタニティ雑誌も目につくようになってきた。
「(❍ʻ◡ʻ❍) まいたち、どんどん“家族”になってるね」
普通はさ、知り合いから友だち、恋人を経て家族に到るものだが、先輩はそういう過程をスキップして一気に家族になろうとしている。
『ちょっと考えません?』
先輩が健全な家庭の女の子だったら、俺はこうやんわり窘めていたはず。けど先輩はワケありに育って、今は経済的に不自由していないものの、今だに家庭的に恵まれている……とは思えない。
「(´͈ᵕ`͈)?」
俺の意味深な表情に、先輩はキョトンとする。彼女が小さな子どもなら、雛の様に親鳥に愛情を求めるだろう。しかしもう分別がついたのか、はたまた諦めたのか、そうはしていない。けど家族愛の渇望が消えたわけではない。
『早く赤ちゃん欲しいな』
時々先輩の家族計画を聞いて、俺はあきれ返る。けど、その台詞の裏には、“親から与えられないなら、自分が早く親になって、子どもに有り余る愛情を与えてやろう。それで自分の欲求も満たされる”、そんな気持ちが含まれている気がした。その幸福の追求を、誰が咎められようか。
ふと、ほおに柔らかいものが触れた。先輩が背伸びをしていて、顔が間近にあった。
「(*´°`*) えへへ、すきあり。また考えごと?」
「……人前ですけど」
「(๑¯ω¯๑) も〜、ちょっとはずかしがってほしいな。顔をまっかにするおーみやくん、とってもかわいいのにぃ」
「あのてすね、毎日毎日、寝起き、登校前、授業前の別れ際、帰宅後、寝る前……もう散々インタラクトしまくってるじゃないっすか、流石に慣れましたよ」
「(`ε´๑)」
こんなフグのように膨れる顔すら可愛い。ホント、何やっても可愛いって得だよな。俺、こんなヒロインと邂逅初っ端から接吻やらかして、初デートイベントがウェディングコスチューム試着と記念写真だったか。なんだか、人生の幸運を湯水の如く使っているがする……。
「(´∀`) このネクタイを着けて、ナイトショー行こうね?」
「はいはい」
ふわふわ微笑む先輩。そうだった、俺のデートイベント権獲得のため、全ヒロインを騙し討ちした挙句、モンスターフラグを決めた。良識の欠片も無いカレンですらやってないのに。
「(๑’ᵕ’๑) 夏休みになったら、もっとイベント立てたいな」
「まだ物足りませんか?」
「(◍︎˃̶ᗜ˂̶◍︎) うん!」
子どもっぽい微笑みを弾けさせる……普段は細目でニコニコ、ゆる〜いヒロインだが、好敵手のヒロインには狡猾で、躊躇せず挑戦する。あのレースイベントはマジですごかった。他の連中にはできない度胸と手腕だ。
「(• ̀∀•́ ) そうだ、まいのお家のプールに、みんなをよんで水遊びしようよ?」
「いいっすね……」
俺の夏休みなんて、夜遅くまでゲームして、昼過ぎに起きてカップラーメン食べて、またゲームの繰り返し。それが悪党ヒロインどもと過ごす夏休みか。悪くない。まあ、水着コス必須イベントとかやったら、貧乳組と豊乳組の対立が一層激化しそうではある。
「(*⁰▿⁰*) それからね、それからね……!」
先輩のイベント起案のネタは尽きない。けど、なぜか自分の可愛らしさを強調できる、自分有利なイベントであるのは、気のせいだろうか。俺は苦笑いを禁じ得ない。
「( * ॑꒳ ॑*) 今日は、何して遊ぶ?」
「ゲームしましょうよ?」
「( •᷄ὤ•᷅) まい、どんくさいからむ理だよ」
「反射神経がいるアクションじゃないから大丈夫です。まったり遊べる2人専用のカウチ協力パズルで、カレンの奴が乗る気じゃなかったんですよね」
「( •᷄ὤ•᷅) まい、頭も悪いから」
「そんな複雑なギミックじゃないですから」
つかその気になれば、反射神経もとっさの判断を下す頭もあるでしょうに……。
「キャラが男女なんで、彼氏彼女や夫婦でやると面白いって評判なんですよね」
「o(◍︎˃̶ᗜ˂̶◍︎)o やるーっ!」
周りのおばちゃんたちがギョッとする程の音量。しまつた。俺たちの実はその態でも、名は認めていないつもりだったが、今の台詞でもうそうしてしまったも当然だ。もうどうでもいいや……。
「(´͈ᵕ`͈) えへへ。まいたち彼氏彼女〜夫婦〜」
「先輩、正面から飛びつくのはやめてくれません? キスはともかく、人前でそれは流石に恥ずかしいっす……」
「(´͈ᵕ`͈) イヤ、おーみやくん大好き❤︎」
話のオチで俺がよくフラグされるよな? もう毎回同じ締めでマンネリうんざりしていたが、今はむしろ誰かやってくんねーかなと思った……。
これからラストまでの道筋は概ね終わって、次の話も執筆中ですが、しばしお待ちを。