【e5m34】Need for Omiya: Unleashed
レースネタの終わりです。割りとコンパクトにまとまったと思いますが、普段プレーしないジャンルをネタに取るのはあんまりやるべきじゃなかったなとも感じました。
トンネルから出ると、不自然なほど景観が一新され、気分も一新され――ませんね。あいも変わらず、黒セダン軍団から執拗な追撃を受けているからです。のぞみちゃんが、窓外に梱包爆薬(綾錦の巾着袋)を放下、トレインを纏めて粉砕。
「虎の子も全て煙となり申した。いかがせん⁉︎」
「ショットガンもグレポンもマインもrunnin’ out。もー飛ばすしかなか!」
その時でした。私たちの横を渡る高架都市高から、尋常じゃない咆哮が、一面の空気を震撼させたのです。敵の一団もそれを察知したのか、急に減速して、後方に消え去ります。
「郎等どもの引いておる。真打登場か⁉︎」
「V8になっとーやん」
メグちゃんの指が、一層ハンドルに食い込みました。
まい先輩のマッスルカーが、ランプを猛スピードで滑り降り、勢い余ってフロントバンパーを下打ち、火花を散らします。そのまま私たちハッチバックの前に陣取りました!
「搦手取ったるぞ! こずゑどの、矢弾のひとつやふたつ持ておらぬか?」
「余計なこつせんでよかっ! こっからウチとあんやつん勝負たい!」
「されどッ――」
「よかち言うたやろっ!!!」
目線はしっかり前の車を見据えながらも、鬼気迫る表情で一喝するメグちゃん。そこまで凄まれると、のぞみちゃんも口を噤む他ありません。不本意な様子は隠しませんが……。
というわけで、アクションからレースに戻りました。マッスルカーの圧倒的なパワーで、直線では一気にちぎられますが、コーナーや車の団子群では、機敏なハッチバックが距離を詰めます。
「油は足りておるか?」
「…………」
「離りては寄せ、寄せては離る。人の心と同じよ此は」
「…………」
メグちゃんの余裕が無くなっています。一方のぞみちゃんは、やることもなく、頬杖ついて徒然のご様子。先導は先輩がとり、メグちゃんはひたすら追いかけるだけ。最短でキャナルタワーに向かっているせいか、変なルートを取っています。
ショッピングモールの地下駐車場に突入しました。暗くて、狭く、通行人もいるので慎重に走らざる――いやそんな余裕はないのです! メグちゃんとしては、ここで抜き返さないともうチャンスがないでしょうし、先輩もそれをわかっているはず。
2台の騒音まで競い合うように耳をつんさぎ、駐車場内に残響を轟かせます。うす暗いなか、4つの光るヘッドライトが、猛然と駆け抜け、通りすがりのNPC買い物客を驚かせます。狭い通路を、しきりにブロックして先行する先輩。
「見るだに腹立つわッ!」
「もうレギュレーション違反しても、大宮くんは渡さないって感じだよね……」
駐車スペース行列間のシケイン(?)に突入。2台ともパワースライド! タイヤが悲鳴を上げ、メグちゃんはアウトからイン側になるチャンス。サイドバイサイドで、お互いの車間がミリ単位まで縮まります。メグちゃんと先輩は睨み合います。
「(・᷅-・᷄)」
相手の車から、こんな表情が垣間見えました。シケインを抜けても2台横並び。通路ギリギリで車体同士のコンタクトが頻発。どちらも譲る気は全くありません。まさにヒロインとヒロインの意地の張り合いを体現しています。暴言の投げ合いでも、銃の撃ち合いでもなく、カーレースでって言うのが珍しいですね。
「C’moooooooooon!」
アクセルベタ踏み、これ以上どうしようもないので、体を揺らしながら喚き叫ぶドライバーさん。
その時ですっ! 小さな女の子が進路の真ん中に立っているではありませんかっ!
「!!!」
メグちゃんの目がクワッと見開き、2台は同時に前につんのめります! 硬直から解けた女の子は、ハッチバック側の駐車ロットに逃げていきました。まい先輩がそのチャンスを見逃すはずがなく、一瞬だけ先駆けます! 残念……メグちゃんにとって、せっかくのチャンスでしたが、これは運がなかったとしか言いようがありません。
「しからしか〜! 子どもは無敵設定やったの忘れとった!」
「そんなことしたらダメだよ?」
先輩の車はこれみよがしにアフターファイアを見せつけ、そのまま先行を続けます。地下駐車場出口の急な登坂から、文字通り飛び出した2台。NPC通行人は慌てふためき、パスを失ったように右往左往します。
遠方にキャナルタワーが見えました。いよいよレースは佳境ですね。大通りに出ると、先輩の車は解き放たれたような加速を発揮。私たちの非力な車も、ホットハッチもかくやとばかりにくっついていきます。
今更ですが、車の圧倒的なスペック差を埋める、メグちゃんの手腕に驚かずにはいられません。あの念書は勿論、車屋さんの娘だけあって、絶対に負けられないのです。
「このまま尻を拝ませられて幕引きか?」
「なんとかすっけん、まかせときんしゃい!」
「ほ。頼しきお言葉。“まかせときんしゃい”とな」
のぞみちゃんは、当てにならないとばかりに言い捨てました。けど、当の専門家がなんとかすると言っているので、なんとかなるんでしょう。以下はその見解。
「ずっと見とったっちゃけど、やっぱあん車ガス欠やん。トルクん下がっとる。それに回しすぎて、タイヤんヘタっとる。ウチは、よか感じにガス減っとるしタイヤもまだ残っとー」
ということらしいです。
「荷物が2つばっかし降りてくれたら、もっと良かけど、それはしょうがなか」
「あはは……」
まあ私たちは何もすることができず、単なる重りになっているのは否定できませんね。
「かわいかだけのブービィガールと思っとったばってん、よー車ん転がすやん。どげんかこつばしてでんシンば奪うのも、むしろ潔か。ばってん――」
先輩が不当にブロックするなら、メグちゃんも後ろから小突きます。スピンさせるのもやぶさかではなさそう。
「ウチにもプライドんある。レースで負けて、店ん跡継ぎまで取られるとか冗談じゃなか。ほんなこつ親ん合わせる顔んなくなる。あん、念書にサインした馬鹿ダッドに――」
どうやらメグちゃんにとっては死活問題。もうね、私とのぞみちゃんは転がり出て1グラムでも軽量化した方が良さそう……。
「やよ、臭わぬか?」
「う、うん。私もそう思ってた」
「Holy cow! 何ねこれ、水温んえらい高っかやん。あ、お漏らししとー!」
ボンネットから、薄らと白煙が棚引いて後方に流れていきます。オーバーヒートでしょうか? このままだとエンジンが壊れそう。アクセルを緩めればいいのでしょうが、それをメグちゃんができるでしょうか?
「負けられん、こん車にはシンとの思い出ば載せて走っとーけん、絶対負けられん!」
「あちらには、真の“シン”とやらが乗っておりますがの」
のぞみちゃんもきついね。ドライバーもともかく、マシン創痍です。今の所、まい先輩が1歩リードですが、勝利がどちらに転ぶかわらないという、いかにもラノベ的展開で面白いと思えます……少なくとも私には。
ランドマークのキャナルタワーが、いよいよ大きく見えるようなりました。レースは付かず離れずの状態が続いています。このまま先輩の勝ちになるのでしょうか?
ふとメグちゃんはよそ見をして、何かの警戒標識を追いました。一瞬すぎて、私にはわかりませんでしたが……。
「R70……⁉︎」
レース序盤に先輩がしたように、メグちゃんもスリップストリームを狙います。徐々に車間が縮まり、再びミリ単位までにじり寄ります。さっきは横だったけど、今は前後。私たちは前が全く見えず、先輩がブレーキを踏んだ瞬間、追突は不可避です。
「あ、ああ、あの、大丈夫?」
「やけん、まかせときんしゃいち――」
メグちゃんが先にブレーキを踏みましたっ! 前方車との間が開きます。
「ゆーたやろ!」
先輩の車のブレーキランプが光った途端、そのタイヤから白煙と絶叫が上がり、車体がふらつきます。そして何かがバンと破裂。
ハッチバックはインコーナーを狙い、鮮やかにヘアピンをクリアしつつ、クリーンに先輩を抜き去っていました。瞬き一つの逆転劇です、すごい!
「これはしつるわ! どたん場へ来て、背負い投げを食わせる手際よ! 神業のごとき――」
「まだ勝ったわけじゃなか!」
慶囃立てるのを遮るメグちゃん。そうです。最後のコーナーをパスしましたが、先輩はスピンしたわけでもコースアウトしたわけではなく、ガッチリ後ろに張り付いています。しかもフィニッシュライン前は長いメインストレート。後は、床が底抜けするほどアクセルを踏むだけですが、非力なハッチバックが不利なのです。
先輩が抜き返しを計って、走行ラインを変えました。けどメグちゃんは、卑怯にブロックしません。
「すはや、いよいよ烟って見えませぬ!」
「お願いやけん、フィニッシュまで耐えて!」
車に訴えるメグちゃん。そうです。ボンネットからの白煙が灰煙になって、いよいよエンジンから異音も聞こえます。けど、ここで車を労るわけにはいきません。徐々に横からマッスルカーが頭をもたげてきます。最後の一雫までガソリンを呑み尽くして、刺し違える覚悟のよう。大方あちらでも――
『お願いだから、がんばって! おーみやくんを取られたくない!』
と叫んでるでしょう。私たちの車は冷却に、先輩のは燃料切れに喘ぎながら、最後の踏ん張りを見せます。もはや勝負は紙一重、勝利がどちらに転ぶかわらない……ってこれはさっき述べた描写ですね。あーこのクライマックスを表現する何かいい言葉は……残念、私のボキャブラリーでは難しい。
「佛佛佛佛佛佛……」
数珠を取り出し、掌合わせたのぞみちゃんは、仏頼みにすがります。私、本当に緊急脱出した方がいいかも……。お互いがヘッドトゥヘッドとなった瞬間――フィニッシュッ!
ハッチバックは力尽きたようにボンと弾けてエンジンブロー。マッスルカーもプスプスと情けない音を出してエンストです。
「いづれの勝ちか?」
「少なくとも私にはわからないね」
メグちゃんは右手でL字を作り、額に当てて嘲ります。
「ウチん勝ち〜!」
「(ෆ`꒳´ෆ) ちがうもんっ! まいの勝ちだよっ!」
窓を下げて、早速罵り合いですか。まだ停車すらしていないのに……。
「あんオーバーテイクで、ウチん勝ちに決まっとろーもん!」
「(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ その後で、ちゃんとぬき返したもん!」
「うんにゃ、あれは抜いとらんっ!」
「(`ε´๑) ぬいたよ!」
抜いた抜いてないで水掛け論が始まりました。そもそも、ゴールラインに別ヒロインを置いていないから、公平な判断はできないのです。2人のヒロインは、運転席から降りても延々と続けています。
「つまり……“どっちが勝ったかわからない”ってオチ? 引き分けでもなく?」
「あな、げに面黒の結末にやあらん」
「いやー凄かったな。あのヘアピンのオーバーテイクは」
そこに我らが主人公、大宮くんがひょっこり現れました。
「やろ⁉︎ やろやろ? 先輩ん車はトラクションコントロール付けとらんめち、ピンと来とったと。あん車はくさ、高回転から急ブレーキば当てると、リアがふらつく癖があるったい。やけん先輩ばギリギリまで煽れば、絶対そげんなるってね」
「Σ(•᷅д•᷄ ) あおり運転だ! ぼーがい運転ざいだよっ!」
「レースやけん煽って当然やろ!」
「けど、先輩も大したもんですよ。車の性能差があったとはいえ、メグの得意分野で、ここまで切迫するなんて。最後のヘアピンでリアタイヤバーストしたでしょ?」
「ᕦ(ò_óˇ)ᕤ そうだよ。それでぬき返したんだよ。だからまいちゃんの勝ち!」
「や け ん ! 違う言っとーやん!」
余りにも見苦しい罵り合いが続くと、大宮くんは『もう、勝者はどっちでもいいよ』的な顔をしていました。さすがに、白黒はっきりさせたがる2人の中に、割り込む気はなさそうですが。
「ねえ、このイベントどう収拾するの? このままだと半端だよ?」
「知らんよ。まあ俺的には、負けたヒロインの方が、判官びいきになっちゃうけどな」
「Σ(˙◊︎˙◞︎)◞︎」
それを聞いた途端まい先輩は――
「(˃ ⌑ ˂ഃ ) えーん、まいちゃん負けちゃった! 後ちょっとだったの! 悲しいよぅ! おーみやくんナデナデしてっ! チューもしてっ!」
と大宮くんにすがりつきました! 残念……なんという変わり身。のぞみちゃんが腹立つのが理解できました、ありがとうございます!
「な、なん言いよーと、こん人……」
「(ー̀֊ー́)✧ 勝ちはメグたんにあげちゃう。けど、まいがおーみやくんから、いっぱいいっぱいなぐさめてもらうからね❤︎」
「し か ら し か ! シン! 実はウチが負けたと。車に詳しかけんよーわかる。やけん、先輩やなくて、ウチばハグせんね! キスもしてよか!」
「(ෆ`꒳´ෆ) ダメだよっ! まいが負けたもん!」
「ウチん負け!」
もう何がなんだか……大宮くんの一言で、主張が180度変わりました。全く、あの人の関心を買うためには、相当な努力が必要ですね。
そういえば2人とも、あの“紙”のことはすっかり頭から抜けています。結局、大宮くんと戯れるのが目的で、レースの勝ち負けなんかどうでもよさそうです。いえ、コバートオプスさんだけは失念していませんでした。いつの間にか、ステルスでこっそり先輩から念書を掏っていました。
そして当事者の後ろで、ビリビリに破いて紙吹雪にします。一陣の風と共に、念書はその効力が消えて無くなるように散っていきます。のぞみちゃんの長い髪が、手を振っているようにはためきました。
「ちはやぶる かみのくるまに まがりぢの かりのすみじは あくたとなりて」
散りゆく紙のあはれを、物思いな表情で追うのぞみちゃん。
「……あの、かっこいいけど、紙屑はゴミ箱にね?」
以降は、また先輩との交流になります。後4万字ほど残っているので、余裕がありそうです。次の話は構成だけ考えてますので、しばらく時間ください。