【e5m32】Get away
すいません、また漏れがありました。
カーアクション映画ばりに、COM車の間を縫うように突き進んでいます。時折カットシーンが入って、私たちに乱された車が派手にふっ飛んだり、横転したりしています。しかし、2人の卓越したドラテクのおかげで、自分たちの車は大丈夫です……少なくとも今は。
「こはいかに⁉︎ もたついておるではないか。尻一寸に寄せられておるぞッ!」
「心配いらん! タイヤん温ったまったら、もっと飛ばすけん!」
「法定速度は守ろうね?」
「守っとるやろ?」
「今の標識、60って書いてあったけど?」
「ウケる、それベビーカー用やろ♪」
体が大きく揺さぶられました。対向車線に侵入していたので、ダンプからライトでパッシングを受けたのです。中央線までハンドルを切って回避しました。メグちゃんの顔はレーサーそのものです。
「ま、まま、前、前っ!」
交差点の左右からどんどんCOM車が飛び出してきて――もうだめっ! と目を瞑りましたが、奇跡的に車と車の隙間をすり抜けたようです。それにしても、2人は度胸がありますね……。
「Phew, That was close!」
「怪しき技かな。ナンシーどのは兎も角、何條彼の面も車を能くする?」
「あの人、大宮くんが絡むとね……」
私たちの車は、大通りから急旋回して小路に飛び込みます。バックミラーから吊り下げている大宮くん人形(私の手製)が、一層左右に揺れます。ハッチバックの小回りの良さを活かすのでしょうか? まい先輩のマッスルカーも、ぴったりと寄り添ってデッドヒートを繰り広げています。辺りには、フルスロットルの爆音が響きます。
「ウチもよか音しとろ? ビタミン剤ば飲ませとっと」
「よくわからないけど、なんでぴったりついてくるのかな? 一気に抜き去ればいいのに」
「油が切れるのが怖いのかえ?」
「そやろ。やけん今4発にして、後ろでスリップストリームばしとー。普通に走ればウチん燃費がよかばってん、今しゃかりきに回しとるけんね。あっちはパワーがあるけん、そげん回さんでよか」
「さらば後手に廻ればよかろう」
「先輩が8発回すと、ウチん3倍ん性能になる。前ば渡したら、もうチャンスんなか。一気にチギらるー」
「ほ。腹の探り合いというわけか」
とハンドブレーキ引いて、どんどん小さな通りに飛び込んでいきます。周りの風景が、ジェットコースターのように入れ替わり、NPCは左右に逃げていきます。イベントの様式美からして、こんなところで事故って負ける事はないでしょうが、それでも不安いっぱいです。ぞみちゃんは、退屈そうにあくび1つ。
随分と幅狭な通りです。先の見えない先輩はもっと不安でしょう。そこがメグちゃんの狙いどころらしく、さらに幅がギリギリの通りに曲がり込みました。私たちの車1台分でしょうか? 先輩のはまず無理です!
「Bye, boobie moron! 先ぃいくばい――WHAT!?」
後ろを向くと、なんと片輪走行で迫ってきているじゃありませんか! 裏路地はすぐに大通りに接続し、何事もなかったかのようにチェイスは続きます。メグちゃんは、怒り余ってハンドルを叩き、クラクションを鳴らしました。
「はがいか〜っ! ほんなこつシンの絡むと、えらい上手かやん!」
「大宮くんはポンコツって勘違いしてるけど、あれアピールだよね。本当は、やり手さんだよ」
「それよ。さこそまで、宮どのの御心止めんとしておる。腹わたが煮え返る心地して、夜も眠れぬわッ!」
6車線を十分に使った追いかけっこになりましたが、周りには大迷惑です……。都市高の看板が見えました。車線からしてメグちゃんは、乗っかるつもりです。パワーが違うので、大丈夫でしょうか?
しかし私たちのハッチバックは、ランプに乗る直前に車線変更。先輩はそのまま都市高速へ登って行きました。
「えっと……?」
「今ん時間、高速は混んどるやろ? 下道もそうやろーけど、ショートカットば知っとーと」
ライバルがいなくなったからと言って、スピードを緩めたりしません。そして通常、この手のカーチェイスゲームに登場する敵と言えば……?
「Here comes trouble! 5-0 has arrived!」
「五十……?」
「(Giggle) THE POLICE!」
『HEY YOU, PULL OVER』
けたたましいサイレンと赤青フラッシュで後方からポリス・インターセプターが現れました。やっぱり、こんな派手にやらかしていたら、手配度★★★★☆になりますよね……。
けどまあ、ここで大人しく投降する同好会ではありません。メグちゃんは一層興奮して――
「HOO! 面白くなってきたやん。太ったポリスマンの、車ん前に歩み寄って、腰に手ば当て、丸顔ピクつかせながら、ちかっぱボンネット叩くとやろか? 10秒ロスすっばい!」
とハンドルを握る力が漲っています。のぞみちゃんは、眉根を寄せた顔を隠そうともせず、サブマシンガンを取り出しました。
「ノー! ゾミー、ノー! それはいかん。余計せからしくなって、先輩ん有利になるだけやん」
「ほ。それは聞こえた。さあらば、はや〳〵検非違使を撒け」
この車目掛けて、前からポリスSUVが突っ込んで来ますが、メグちゃんはさっと身をかわすように回避します。あまりにも左右に振られるので、気分が悪くなってきました……。
「シンにくさ、『こん車弄ってよか?』ち聞いたら、『よか』ち言うてくれたけん、好き勝手しとーと。元々テン8やけど、よかピストンで2Lまで上げた。レース用ハイカムはピーキーやけど、高回転領域はばり気持ちよか。新しかタコ足ん効果も出とー。ブレーキも6ポットに変えて、太かディスクにしとーけん――」
と急制動してNPC車を回避、後ろのインターセプターにぶつかって乗り上げました。
「ほらね、ばっちしやん? ボンネットとかバンパーとかもFRP使っとーけん剛性んよか。足回りはもちビュッケンバイン。けど帰ったらLSDば調整せんといかんね。アンダーがまだ残っとる。要は外からわからんばってん、中身は別もんになっとーと」
ごめんメグちゃん、私全然わからないよ。すると、小手をかざしたのぞみちゃんが、
「やよ! あはいら草こそあれ!」
と大声をあげます。
インターセプターが、道路両脇に妨害するように停車、真ん中は空いていますが、スパイクが敷かれています。大抵のレースゲームでは、この上を通過すると、タイヤがパンクしてお縄頂戴となります。
けどメグちゃんは、何ら躊躇いもなくスパイクを乗り上げます。不快な突き上げがきますが、車は普通に走行しています。
「ランフラット履いとって良かった〜♪」
後続のポリス車両は、全て停車せざる得ません。これでぶっちぎれるでしょうか? 残念、そんなわけありません。左右の路地にある見えないリスポーンポイントから、沸くように車両が飛び出してきます。この仕様はちょっと萎えますね。その時、衝撃が後ろから。後ろの窓に黒々とした車両が大きく映っています。敵も強硬策にでましたね。ボディパネル丸裸にされそう。
「はがいか〜」
「ナンシーどの、もう堪忍袋の紐が切れまするッ! ここは1つ――」
「いかんて! 敵は先輩で、ポリスじゃなかろ? ちと我慢ば――OUCH!」
さらに横から追突されます。
「これよっ! せめて纏綿する羽虫だに振り払わせよ」
「ノー!」
警察は徐々にフォーメーションを形成し、私たちの後方と左右のポジションを取りました。さらに1台前に出ようとしていて、明らかに絡め止めるつもりです。まい先輩の車の性能ほどではないけど、それでも私たちより良いはず。しかも、数で押してきているのがマズいのです。
「見よ、このまま囲まれる他ないぞ⁉︎ 垂乳どのに負けた挙句、検非違使が獄に繋がれ、学舎の晒し者になろうものなら、樺桜は腹抱えて笑い止まらぬであろうぞッ!」
「うっさか! 運転ん邪魔やけん黙っとかんね!」
「黙して見ておられぬから、申しておるッ!」
「SHUT UP!」
出た出た。eスポーツ同好会名物、ピンチになると喧嘩が始まる図。流石にカレンちゃんじゃないから、理性を保っているのが救いですか。
すると、周りのポリス車両がスピードを落とし始めました。理由は簡単。前方の踏切が閉じて、列車が横断中だったからです。メグちゃんはさっと小路を見渡しますが、ありません。サイドブレーキに手を添えます。クイックターンするの? けど後ろには大量のインターセプターがトレイン状態です。
「残念……」
「南無三」
のぞみちゃんは目を瞑って覚悟を決めました。
メグちゃんは、往生際が悪いのか、さらにペダルをベタ踏み。このままだと、列車の横っ腹に衝突しちゃうよ。まさか、物理演算でふっ飛ばすつもり? 無理でしょ?
踏切前でハンドルを少し切った先には――空のカーキャリア⁉︎
足元で衝撃が走り、フロントガラス一面が青い空になったと思ったら、スローモーション&カットシーンが入って、私たちの車は、列車の上を飛び越えましたっ!
「HOOOOOOOOOOOOO!」
ラリーカーばりに乱暴な着地ですっ!
「しかも、取ってくれと言わんばかりに、星アイテムが空中にあったね。これで手配度は消えたかな?」
「See? 今んとでウチ実績ば解除したー」
「ほ。これで彼奴らも暫し諦め放任よ。よきかな、あとは桃どのよ」
今回のクライマックスは、この大ジャンプでした。切りがいいので、今回はこの辺で終わりにします。
「また次回も読んでくださいね!」
「時々ドクは誰に話かけとっとやろか?」
「それよ。げに訝しきものかな」