【e5m26】巨大な緑の卵
以前から書いていたので、投稿できます。
放課後の帰り道。今日もいつも通りだった。常田先輩が俺の教室に来て、辻さんたちが騒ぎ立てる。ただ彼女らの勘だろうか、先輩に対して優しかった気がする。
当の本人も、しばらく塞ぎ込むと危惧していたが、表面上では自動回復しているようだった。心中まで推し量ることはできないが、まあ尾を引いているだろう……。
「(◞ᾥ◟) 今日は宿題たくさん出たよ」
あんな事件があったから、こんな何気ない会話すら愛おしい。
話を少し戻そう。昨日先輩のスマホにかけてきたのは、児相の相談員さんだった。なかなか繋がらず困っていたらしい。そこで寝ていますと告げると、その人は安心した。
『なんでお母さんはそんなことを……?』
俺は思い切って訊いた。先輩のプライバシーを守るのは当然だが、俺が彼女と浅からぬ仲と信じて――
『詳しくは言えませんが、自分の気持ちに素直な人です』
とだけ説明してくれた。なるほど、オブラートに包んでは入るが、色々と想像できる言い回しだ。
『あなたは、まいさんにとって大切な人です。どうか支えてあげてください』
そりゃもちろんOKだ。しかし気になったのが――
「また会いたがってる……ねぇ」
天を仰いで呟く。他人の俺は口出し無用。だけど、もう会わせたくない。先輩も最初は乗る気じゃなかったが、やっぱ後悔したじゃないか。産むつもりもなくて、今の今まで放っておいて、今更なんだよ。先輩の家が裕福なので、金の無心か? 本当に図々しい。
「(¯―¯٥) おーみやくん」
ふと腕を組んでいる先輩から声をかけられた。
「( •̆·̭•̆ ) また考え事してる。ボーっとしてたら、車にはねられちゃうよ?」
「もうカレンにされました」
「(*• ̀ω•́)✧ もう……あのね、昨日いい夢見れたの」
「どんな?」
彼女はじんわりと頬を赤らめて、ニンマリと笑った。
「(๑′ᴗ‵๑) ひみつ❤︎」
「そーっすか」
「(*• ̀ω•́) おーみやくんは?」
「見ました」
「(*≧∇≦) どんなどんな?」
「秘密です」
「(-᷅_-᷄๑)℥ ケチィ」
お互い様ですね。けど読者諸氏には、正直に言おう。すごい夢を見たけど、忘れてしまった……。
「Σ( ºΔº) あ、今日用事あるんだった。ちょっと実家に帰っていい?」
「どうぞどうぞ。てか、当たり前のように“実家”とか言わないでください」
「(*⁰▿⁰*) そうだ! おーみやくんも、まいのお家来て」
「一体何を企ん――まあいいや、暇だし」
「(人´∀`*) えへへ。じゃあお電話しなきゃ」
先輩は、ピンクのスマホを取り出した。
「もしもし? 送迎お願いできますか? はい。あ、今お友達を連れていますので、BWVじゃなくて、別の車でお願いします」
お嬢様モードになった先輩は、おしとやかで落ち着きがあるよな。けどね、BWVはメーカーじゃなくてバッハ作品番号ですから。いつものポンコツが、微かに馬脚を露わしているので、まあ可愛らしかった。
俺たちを乗せた黒塗りの高級アメ車が、都心方面に向けて、都市高をフラットに滑り行く。すごい静粛性だな。メグのガレージで勉強していたので、はっきりわかる。
ふと窓から埠頭が見えた。これは地元ネタだが、球状で薄緑色の巨大タンクがいくつか並んでいる。先輩は、ニコニコしながら見ていた。
「(๑’ᵕ’๑) 楽しみだね」
「え?」
「(◍︎˃̶ᗜ˂̶◍︎)σ あれ。かいじゅうのタマゴだよ」
「?」
「(. ❛ᴗ❛.) まいがちっちゃい頃、おとー様が教えてくれたの。けど、いつまでたってもかえらないから、『いつ生まれるの?』って聞いたら、『大きいから、温まるのに時間がかかるんだよ』って。『まわりの階だんはなあに?』って聞くと、『お医者さんがモシモシするんだよ』だって」
はは……まいちゃんワールド全開である。
「(¯―¯٥) けどね、スカジラでこのまちがメチャクチャになるのがあるでしょ? 赤ちゃんあばれて、あんな風になったら、お買い物できなくなるなーって」
そして先輩の表情に影がさした。
「( •̆·̭•̆) それに、お父さんお母さんかいじゅうも見た事ないから、ネグレクトなのかなって。ごはんやおやつはどれくらい食べるんだろう。クジラさんのひじゃないよね? 生まれたら県みんぜいばく上げだよ」
先輩は明らかに自分の生い立ちと重ねていた。がすぐにゆるい顔に戻って――
「(๑′ᴗ‵๑) けど、げいをおぼえさせたら、世界中から人が集まって、かん光地になるね」
一層妄想を膨らませると、彼女は卵の方を向き直した。
「(∩ˊᵕˋ∩)♡ うふふ。早く生まれてこないかな〜」
俺と一緒にいるせいか、前に運転手さんがいるにもかかわらず、先輩はうっかりお嬢様モードを解除させていた。
次の話も、大体できているので、そんなに時間はかからないと思います。