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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e5m23】かこきゅう

無事ネットは接続しました。

 児童養護施設にいる俺は、廊下の長イスに座って、先輩とその生母との懇談が終わるのを待っていた。目前の面談室で何が話されているかは、わからない。ただ時々笑い声が漏れているので、上手くいっているのだろう。

 先輩は、今まで一度も母親に会ったことがないんだっけ? 18年……長いな。俺も父親とは滅多に顔を合わせないが、そんなレベルじゃない。

「おにーちゃんだれ?」

 ここで暮らしていると思われる幼い女の子が、俺の近くに立っていた。

「あ、コラッ。すいません、お邪魔して」

 後から追ってきた指導員さんが、慌てて女の子の手を引いて行った。きっと先輩も、あんな風だったんだろう。

 何もすることがないから、行き交う子ども達や職員さんを眺めている。俺と同じぐらいの奴もいるな。もうすぐ夕食なんだろう。給食前のように慌ただしく、割烹着をきている子どももちらほら。

 俺は両親ともに不在だが、自分の家はあって、寝食に困らない。何かあっても、辻さんの家族がいる。だが彼らはいずれ退所を迫られ、後は自分の足で社会に立っていく事になる。行政サービスもあるけど、やっぱ厳しいよな。

「そう思うと、縁組してもらった先輩はラッキーだったな」

 ピアノ演奏と共に、子どもたちのあどけない歌声が流れてくる。さっきから壁掛け時計をチラチラ見ているが、一向に時間が進まない。

「いい加減、新しいスマホ買うべきだ。まだ紛失の手続きすらしてない」


「#@*¥&!」

 あまりにも暇で、うつらうつら舟漕いでいた時だった。先輩の怒りに溢れた声が、レールドライバー並の威力でドアを貫通してきた。現実に引き戻された俺は、困惑する他ない。何事と聞き立てるが、声がくぐもってわからない。固唾かたずを呑み込んで見守っていると、やがて勢いよくドアが開き、音声が明瞭になる。

「ちょっと常田さん、プレゼ――」

「そんなのいらないっ!!! もう知らないっ!!!」

 俺の胸にもグサグサ刺さる、先輩のつんさぐ怒声。面にも朱を注いでいた。彼女は脇目も振らず、猛ダッシュで駆けて行った。相談員さんは、みぞおちでもどやされたようだった。

 あまりに唐突なイベント発生で出遅れたが、俺は追走を開始。パルクールほどアクロバディックな動きはできない。けど、廊下にいる職員さんや子どもたちを押し除け、横から飛び出す給食カートをギリギリ(かわ)す。長イスなどは思い切って飛び超える。先輩の残り香のおかげで、どっちへ行ったのかは明瞭だった。

 彼女は正門にしょんぼり立っていた。いや、泣きじゃくっていた。もう幼子のように涙や鼻水を流している。

「先輩っ!」

「うえええええぇぇぇ――」

 俺の声を聞くなり、ガバッと身を預けてきた。

「帰ろ? まい、帰りたい……」

「何があったんです?」

「ママきらい……大っきらい! まいいらない子。いたいのこわいよ、こわいよ……」

 意味がわからない。ただクシャクシャの顔でボロボロと涙を落としている。どこか休憩する場所が欲しいが、先輩はもうあそこには戻りたくないだろう。俺に抱えられるようにして歩んでいたが、彼女の様子は悪くなる一方だった。呼吸が激しく、顔に血の気がなく、ぐったりしている。

「大丈夫ですか?」

「……苦しい、めまいがする」

 かろうじて応答するが、これはまずい。足早に進むわけにもいかず、時間をかけて駅に着くと、人目を気にして先の方のベンチに座る。早く家で休ませないと……。

 電車に乗った。周りの好奇心が視線を向ける。先輩はぐったりして、隠すこともできない。人ごとだ、放っておけと俺が睨みを利かせる。

「次の駅で降りますよ。タクシー呼びますから」

「…………」

 さらに顔色が蒼白だ。呼吸も乱れている。早く横にさせないと……というか、これはもう病院へ行った方がいいかもしれない。駅から出で、鼠色のタクシーを呼ぼうとしたところ、偶然にも買い物袋をぶら下げた救世主がいた。

「あれ? 何しているの?」

「あ、ちょうどいいところにっ!」


「もう大丈夫」

 俺のベッドで眠る先輩を見て、鹿島はそう言った。

「過呼吸だよ。パニックを起こすと、浅く短い呼吸になるから」

 なんて甲斐性がない主人公だ、俺はそう痛感した。先輩を早くを家に連れ戻そうとするばかり考え、何も気がけることができなかった。

 それに対し、鹿島はメディックの面目如実で、冷静に対処した。タクシーの中で先輩を前屈みに座らせたり、飴を舐めさせたり、言葉かけを絶やさず、ゆっくり呼吸するペースを作ったりした。俺の家に帰っても、先輩の着替えをしてくれたりと、俺ができないことをテキパキとやってくれた。

 曲者揃いのヒロインの中、鹿島のありがたさを改めて感じた。普段から落ち着いて、おふざけに走らず、決して出しゃばらないが、彼女がいないと収集がつかない。

『メディックが活躍する場なんて、無いに越したことはないよ』

 いつも彼女はそう謙遜する。

「なんでこうなったの?」

「あのな――」

 人のプライベートをペラペラ喋るのはあれだが、鹿島と先輩はフレンド同士だし、こいつはゴシップを面白おかしく広めたりはしないので、実情を話した。

「こんなわけなんだ。俺もその場にいたわけじゃないから、詳しくはわからん」

「なるほど」

 先輩の家庭事情とダブることがあったのだろう。思いありげな表情を見せた鹿島は、買い物袋を取って立ち上がった。

「あ……帰る?」

「うん。秀太を待たせてるから」

「なぁ、またこうなったらどうすればいい? 袋で呼吸させるの?」

「それはもう推奨されていないから、やめてね」

「じゃ薬とか?」

「処方もされていないのに、飲ませるのはダメだからね」

 そう言葉を交わしながら、玄関まで鹿島を見送る。

「まじでありがとな。俺、何もしてやれんかったわ」

「普通はそうだよ。じゃあまた明日ね…………あっ」

 急に思い出したように、彼女は振り返る。

「机にあったDVDって何? 先輩って書かれてあったけど?」

「…………観たこと無いけど、先輩の猫コスプレビデオだよ。めっちゃ可愛いらしい。重ねて言うが、俺は観たこと無いぞ?」

「ふーん」

 鹿島の白々しい目つきが、痛かった。

次もほとんどできているので、それほど時間をおかず投稿できそうです。

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