【e5m22】お嬢様モード
シリアスな部分の続きです。
ある日の放課後。俺と常田先輩は、電車に乗って外出していた。
もし人の目がレーザーサイトだったら、物凄い数のポイントが集まるだろう……そんな先輩の可愛らしい横顔をチラと見る。ただいつものゆるい面影はなく、お嬢様らしい様相を衒っていた。俺ともほとんど言葉を交わさない。
『ママに会いたい』
昨日ベッドの中で、先輩はこう切り出した。深夜灯の中だったので、その表情はわからなかった。俺はあの件から何も言わず、ただ彼女の判断を待っていた。先輩自身の気持ちもそうだが、家や児相の人などと、相談した結果であろう。
『おーみやくんも一しょに来て』
こんな次第である。エアコンが効く車内の窓に、強い日差しが注いでいる。夏本番だ。周りの学生も、放課とあって浮ついている。これから繁華街にでもくり出すのだろう。それに対して、先輩はピンと張り詰めている。俺はそっと、その手を握った。すると彼女は、こちらを向いてわずかに唇を綻ばせる。こんなことしか俺はできない。
目的の駅に降りると、ムッとする熱気と共に、セミの合唱に迎えられた。アスファルトには陽炎が揺らめいている。2人して無言で歩いていく。
「ここですね」
児童養護施設には親近感があった。なぜなら、俺は学童保育施設にいたからな。なんとなく雰囲気が似て、中から、幼児児童生徒の声が聞こえてくる。
先輩の花顔は、一層厳しいものになっていた。『ここにママがいるんだ』と言わんばかりである。つか、今の家庭はどうなっているんだろう? たまに“おとーさま”とは聞くが、よく男の家に居候するのを許したな。
俺、もうちょっと先輩のプライベートに突っ込んだ方がいいかな? ある程度仲が良いので、いろいろ知ってもいいのかもしれない。
「(*´-`) 行こ?」
窓口で先輩は事務員さんと話をした。既に手はずは整っていた。その人は、不思議な目で俺を見た。
「わたしの彼氏です。ついて来てもらいました」
完全にお嬢様モードになった先輩は、そう補足した。声色も、遠征ミッションで聴いた麗しいものになっている。先輩、そこは“お友だち”でしょうよ? まあ、旦那とかダーリンとか言わないだけ、常識の欠片を持っている……と言えなくも……ないか?
その後、事務員さんの後に続いて行く。子どもの絵やら習字やらが飾られている廊下を抜け、大型遊具があるホールを横切ると、先方が待っていた。
「まいちゃん」
こう呼びかけたこの人が母親か。先輩に似ている……というか先輩が似ているのか。若いな。けど、人生で苦労した形跡が色々見られた。面痩せし、髪はボサボサ、雪もちらほら、顔や首にも波打ち、服もよれている。そしてその最もたるが、リストカットの跡。母親は会えて喜んでいたが、一方の娘の方は、翳かげりがよぎっていた。
『ママに会ったら、文く言いそうで。“なんでまいをすてたの?”って、おこってしまいそうで』
その台詞を飲み込んでいるようだった。俺を含めた自己紹介の後、懇談のため面談室に入ることになった。
「大宮君も……」
「せっかくだから、親子で話したらどうです? 俺はここで待ってますから」
そう空気を読んで、第3者は辞退した。
「でも……」
「就活の面談じゃないですから、そう緊張することないですって。いってらっしゃい」
俺は先輩の背中を軽く押して、面談室に見送った。
ちょっとインターネットが途切れる環境に入ります。次のパートは概ね出来上がっていますが、ネットに接続しないと上げることもできませんので、しばらくお待ちください。どれだけオフラインのままかはわかりません……。