【e1m1】ファーストブラッド
『大宮伸一は桜カレンにフラグされた。』を選んでいただき、ありがとうございます。本作品は、1人称シューティング(First Person Shooter)等のゲームをテーマとしたコメディです。ありがちな事象をネタとして話に落とし込めば面白くなるかと思って書きました。出てくるパロディやネタは、活動記録の注として説明を加えるつもりです。
キーワードに“残酷な描写あり”と設定しましたが、以下のような表現を含んでいます。
①アクションゲームのようなフラグ表現
②友だちへの暴行
③公共の場所で銃火器等を発射する行為
SPECTATOR MODE
1人の女子高生が、校門に向かって走っていた。他に登校する生徒はおらず、遅刻である。それを知らしめるように、チャイムが鳴り響く。彼女は、左シフトキーを押し込んだようにスプリントする。目前の校門は、既に閉じている。それでも速度を落とさない。もはや衝突する距離まで迫った。
KABOOM!
寸前で跳躍した瞬間、彼女はパンツァーファウストを取り出し、地面に撃ち込んだ。ロケットジャンプで宙を舞い、校門を軽々と飛び越えた。下からショートタイツが丸見えだ。発射筒を捨て、膝で着地。落下ダメージを受けたが、バニーホップで昇降口に駆け込んでいった。
YOU PLAY AS Shinichi OMIYA.
08:25:21(UTC + 9)
2-F EAST H.S.
無意識からがやが聞こえ、ゆっくりと視野も開ける。肩と腕と腰が痛い。机に突っ伏して寝ていたのだ。ぼーっとして、目をこすっても霞んで見える。
「残念。昨日ちゃんと寝たの?」
ほのかな石鹸の香りが鼻腔をくすぐって、視界が黒のセーラー服に覆われた。俺は寝ぼけ顔というか、しかめっ面というか、とにかく酷い面を上げる。
ポニーテールの、優しい顔立ちの女子が呆れていた。看護科の鹿島梢だ。
「寝ぼけたクマさんみたい」
マウス感度を確かめるように周囲を見回すと、クラスが朝課外から解放され、談笑していた。また寝てたのか……。チャイムや号令すら気づかなかった。
「寝てない」
低く掠れた音声しか出ないが、理解してくれるだろうか。オプションで、日本語字幕をオンにしてもらわないとな。
「4時ぐらいまでマルチを――」
と言いかけた所で、教室のスライドドアが力任せに開き、ビィンと鳴った。
教室は水を打ったように静まり返り、みんなはビックリした魚のように口をポカンと開け、戸口に立っている女子に注目した。
「シンイチィ!!! なんでアタシ放置したわけぇ! 信っっっじらんない!」
そのボリュームマックス且つ甲高い声によって、俺の眠気は一瞬で蒸発し、全身が強張った。
この怒れる女子は、桜カレン。俺を早朝まで対戦に付き合わせたゲーマーだ。大股でドシドシ歩いてくる。冷静に説明しているのもなんだが、こういう場合、俺は確実にフラグされる。
脊髄反射的に立ち上がり、後ずさるものの、俺の席は窓際なので逃げ場がない。あっという間にCQCの距離に追い込まれた。
カレンは右拳を上げた。するとスローモーになり、俺のピントは強制的にその拳に合焦。ゆっくり振られつつあるその前に、“Q”が表示される。何を意味するのかわからずにいると、挙動スピードが戻り、左頬に一撃を食らった。
「ぐあっ!」
視野が真っ赤に染まり、心音が大きくなる。
次にカレンは、左拳を下から振り上げた。再びスローになり、今度は“E”が見える。何が何だかよくわからん。奴のアッパーが直撃すると、顎から脳天かけて強い振動が走り、そのまま意識は遠n――
「最後にカレンちゃんは、パンツァーファウスト(バズーカの持ち方)を取り出し、大宮くんに向けて発射。大宮くんと弾頭は、ガラスを突き破り、弧を描いてグラウンドに着弾、大きな爆発が起こりました……残念、失敗です」
Shinichi was fragged by Karen’s Panzerfaust.
「ブンダバー!!!」
と、拳を突き上げ叫ぶカレンちゃん。あっ……読者の皆さん初めまして。先ほど大宮くんの紹介に預かった、メディックの鹿島梢です。突然の語り部交代に混乱していると思いますが、このラノベでは頻繁に主人公がフラグされて、私が代理となることがあります。ご了承ください。
それにしても、残念な導入部でした。突如始まるクイックタイムイベントに失敗することもあるけど、大宮くんには、スマートにクリアして欲しかったなぁ。
「ったく、信じらんないコイツ! 『絶対2度寝するから電話しろ』って、昨日(正確には今日)言ったのに!」
察するに、平日にも関わらず朝までゲームをしていたようです。そして、行き違いがあって、カレンちゃんだけ遅刻したのかな? 大宮くんは、既にその報いを受けましが、カレンちゃんはまだプリプリ怒っています。
「ねぇカレンちゃん。お願いなんだけど、“最後のチェックポイント”からやり直してくれるかな?」
次の挑戦で、大宮くんがQTEに成功すると、ゲーマーとしての威厳も保たれます。
「えーまた走ってる場面からぁ? チョー面倒……」
「でもね、主人公の立場も考えてあげようよ? それにさ、このままホームルームになると、先生に色々聞かれるよ?」
「それはイヤ」
カレンちゃんは、グラウンドにできた真っ黒いデカール(その内消えます)をまじまじと見ました。
「でしょ? お願いっ!」
「……梢ちんがそこまで言うなら、しゃーない」
「本当? わーありがと〜! じゃあロードするねっ!」
というわけで再挑戦です! 次はクリアできるよう、大宮くんに教えてあげなくっちゃ! あ、ここで語り部は大宮くんにお返しします。
LOADING……●●●●○ ๑(←ロード画面で回っている何か)
(TIP:物語の矛盾は、笑い飛ばしてください)
無意識からがやが聞こえ、ゆっくりと視野も開ける。なんだろう……前にもこの独白をした気がする。
「大宮くん、大宮くんっ!」
誰かが机をバンバン叩いてハッとした。鹿島だった。
「いい? 大宮くん、時間ないから、よく聞いてね!」
「はぁ……?」
タレ目で少し丸い顔を近づけてくる。とても温和な性格であるが、今は真顔そのものだ。
「これからすぐ、すぐにだよっ! カレンちゃんが突入してくるの。そしたら、大宮くんはクイックタイムイベントを強制的にやらされるから、準備してねっ!」
「QTE……つまり、奴を放置して登校したから、おかんむりというわけか」
一応電話もメールもしたんだが、全然反応がなかったんだ。俺も遅刻はしたくなかったので、やむをえず放置したんだよな。
「うん。さっき失敗して残念な結果だったの。だから、今度はちゃんとカレンちゃんのモーションを見てね」
「言っている意味がわからない」
つか、"さっき失敗"って何?
「もう説明する時間がないの。とにかくアルファベットを頭で念じてね」
そう言い終えた途端、ドアがビィンと鳴って開いた。皆一様に、戸口に立っているカレンに注目した。
「シンイチィ! なんでアタシ放置したわけぇ! 信っっっじらんない!」
来ましたか。事前に言われたとはいえ、心穏やかなモンじゃないな。立ち上がって、後ずさるものの、窓際なので逃げ場がない。あっという間にCQCの距離だ。
奴が右拳を上げた。そこからスローモーになり、俺のピントはその拳に合焦。ゆっくり振られつつあるその前に、“Q”が表示される。
鹿島の言う通り、Qと念じた。すると、自然に身体が動き、カレンのフックを軽やかに避けた。次に奴は、左の拳を振り上げた。それに視点が固定され、今度はEと表示される。同様に念じると、上半身を仰け反らせ、奴のアッパーは虚空を切った。
「いい感じ〜!」
緊迫した肉弾戦の中、不相応な声援がする。奴の首の前面にSPACE!
「スペース!」
思わず声に出してしまったが、手でカレンの両肩を押しやった。彼女は、姿勢を崩しながら数歩下がる。
その顔は狂犬だ。シュメール人のような大きな吊り目は一層開き、八重歯を剥き出しにて、栗色のボブヘアーは乱れている。次にカレンがどう仕掛けてくるか、俺は、咄嗟に察知した。案の定、彼女は背に手を回し、伝家の宝刀のパンツァーファウストを取り出した。
上肢をよじって回避行動。凄まじい速度で弾頭が窓を割って、晴天の中に消えていった。だが、それを見届けるために振り向いたのが間違いだった。
両手で学ランの襟元を掴まれた時、はじめてカレンが目の前にいることを知った。そのまま突き上げられ、俺は窓枠に座り込む姿勢となった。
“3階から突き落とされるぞ”と、直感が訴える。カレンに反撃する隙はなく、窓枠を握りながら、次のアルファベットを探す。一度念じれば、この絶望的な状況は見事にクリアできるはず。首元を突き上げるカレンの拳に逆らって、必死に文字を探した。しかし……どこにもねーじゃん!!!
「鹿島ぁ! ないぞ! 力が拮抗してるときは、キー連打とかじゃないのか!」
よくもまあ、こんな状況で説明的なヘルプを求めたものだ。彼女は、目を合わせようとせず、ぽりぽりと頰を掻いている。
「その場合……もうイベント完了してる?」
「マジかああぁぁ――……」(落下・衝撃・暗転)
Shinichi fell himself.
「あ、また私が語り部だ」
大宮くんの断末魔は、残響を伴って消えました。残念、結局これは必然的にフラグされるイベントだったのですね……。
「え〜っと、良識ある皆さんは、絶対に武器や危険物を学校に持ってきたり、友だちにロケットランチャーを撃ったり、窓から突き落としたりしてはいけません。これはフィクションなので、現実では理性ある行動に期待します」
こんな風に締めればいいかなぁ?
「ブンダ――」
「お前たち席につかんか……」
勝利の叫びを遮ったのは、担任の先生でした。カレンちゃんは、拳を突き上げようとしたまま、急にきまりが悪くなりました。
「あ……梅っぴ! てか、アイツが悪いんだって! あのバカがアタシを放置したから、遅刻になったし!」
先生は大きなため息をつきます。
「あのな、課外は正規の授業じゃないので、欠課遅刻扱いにはならん(注:現実は教科担当、担任、教務主任もしくは管理職の判断で、欠課遅刻扱いにされる)」
それを聞いたカレンちゃんは、パァっと表情が明るくなりました。
「マジ⁉︎ じゃアタシの無遅刻無欠席は傷ついてない? なーんだ、朝っぱらから暴れてバカみたい」
残念……大宮くんはやられ損でした。
「けど、学習内容に空白がでるから、決して遅れないように!」
「はぁい、わっかりましたぁ」
カレンちゃんは、大宮くんのことなんか露ほども気にせず、スタスタと特等席に座りました。先生も、カレンちゃんと大宮くんのじゃれあいに慣れっこです。
窓から顔を出すと、大宮くんは校舎横の溝にはまり込む形でダウンしていました。その肢体の上で、注射器のアイコンが表示されています。
「あのっ! 大宮くん蘇生待ち状態です。私、行ってきていいですか?」
心臓に何かが突き刺さった。停滞していた血流が再び勢いを増し、冷たくなった体温が戻ってくるのがわかる。鈍くなった感覚もだ。視野もおぼろげながら開けてくる。しかし、意識がしっかりするにつれ、背中の痛みも認識するようになってきた。
「ちょっと待って! ヘルスパックはここに……」
エコーがかった声と共に、急速に痛みが引いていく。何が何だかわからない。鼻を刺激する薬液の臭いもしてきた。俺は……保健室にいるのか?
そうか……バカレンに突き落とされて……そのままダウンして……。
「気分はどう? 大丈夫?」
ベッドのそばにいた鹿島が、心配そうに覗き込んだ。身を乗り出しているので、セーラー服の胸元が開いている。気まずくなって、上半身を起こした。
「まだ背中が痛い……」
「ヘルスパックで全回復したから、外傷はもうないよ。気分的な問題かな。しばらくすれば、自然と消えると思う」
「そうか……イテテ……」
しっかしカレンの奴、相変わらず手酷いことをしやがる。とは言え、俺も賢明じゃなかった。結果的に奴を放置したからな。すごく嫌がるから、俺は電話をかけ続けるべきだった。
「…………」
丸イスに座っていた鹿島が、無表情でじっと凝視していた。
「ねぇ、頭は大丈夫?」
「はい?」
脈略のない事を言われ、素っ頓狂な声を上げた。そのトーンから意図が通じたのか、急に彼女は慌てふためいた。
「バ、バカにしたつもりじゃないよっ! その、時々あるじゃない? オープニングで酷くやられたゲームの主人公は、都合の良い記憶喪失になってることが」
「都合の良い……?」
「うん。プレイヤーに、世界観とか人物関係を説明するため、主人公が記憶喪失になるの。さっきのイベントも、そんな意味合いがあったのかなって」
確かにそんなゲームはあるが、先のQTEは、単なるカレンの暴行である。
「大丈夫だ、記憶はしっかりしてる」
「そう……」
鹿島は、残念と言わんばかり表情だ。
「それにいつも言っているが、俺は主人公じゃねーからな」
時折鹿島とカレンは、何かにつけて“お前は主人公”と茶化す。理由は知らんが、都合のいいように扱いたいからだろう。すると鹿島は、独り言をつぶやく。
「どうやったら記憶喪失になるのかな?」
「あのな、俺とお前しかいないのに、一体誰に説明を? その世界観と人物関係をよ」
「それはもちろん……読者さんにです」
顔をちょっと傾けてニッコリ笑った。その微笑は、俺に向けているが俺ではない気がする。
「はい、読者さんも頷いています。ちょっと話の流れ的に無理がありますが、ここは大宮くんに記憶喪失のふりをしてもらいます!」
「やんねーよ」
「………………」
「おーい」
「………………」
な、なんだ? 鹿島が停止したぞ。いや体は動いているので、“鹿島が停止”という表現は正しくない。ゲームにおける、会話シーンの選択肢待ちって感じだ。
「なぁ、やっぱ記憶喪失にならんといかんのか?」
「………………」
「そうしないと、先に進めない?」
沈黙が答えを示していた。
はぁ〜しゃーねー、と小さくため息が出る。
「こ、ここは一体……?」
「大丈夫、心配しないで」
「俺は……俺は、名前が大宮伸一であること以外、何も思い出せない」
「何も問題ないからね」
「君はいったい誰なんだ?」
すっげーバカバカしい。なぜこんな茶番を……。しかし、彼女は“誰なんだ”という台詞を待ってましたと言わんばかりに語り出す。
「私は鹿島梢。県立東高等学校の2年F組、看護科のメディックです。主に蘇生、回復、語り部代理を担当します!」
「知ってる」
「素に戻っちゃダメだよぅ!」
目をバッテンにする。まだ続けたいのか?
「あ〜ハイハイ、続けて」
「それでーええっとぉうんとぉ……」
「んだよ、もうつまってんじゃん」
こんなことをするなら、あらかじめ台本考えておけよ。途中でこのザマじゃ見苦しいぞ。
「私とあなたは中学からの友だちでー、それでー」
しょうがねーな。助け舟を出してやるか。
「おい鹿島さんとやら。さっき酷くやられたんだが、ありゃ誰の仕業だよ?」
テンパってた鹿島が、一瞬にして落ち着きを取り戻した。すごく……違和感あります。
「先ほどの女の子は、普通科の桜カレンちゃん。ちょっと強引ですが、活発で可愛い友だちです」
校内一の問題児。アクションゲームで、数々の軍規違反を犯した伝説の兵士……なんてのがいるが、概ねあんな感じだ。コアゲーマーでもある。俺は、毎回理不尽な要求とフラグで酷い目に合う。天敵だが、まあ名目上はゲーム友だちだな。
「そして、あなたは主人公・大宮伸一として、ヒロインの問題を解決しなければならない!」
ゲームの紹介記事みたいな言い回しは、やめろ。
「ねぇ鹿島ぁ、頭大丈夫?」
「残念、私は大丈夫だよ」
「てかさ、記憶喪失すら必要なかったぞ」
「へ?」
「主人公と仲間が知り合いという設定でも、さりげなくイントロで自己紹介するゲームあるじゃん。よく見ると違和感があるけど」
「えっと……じゃあ私、大宮くんを起こした時に、さりげなく言うべきだった?」
「ああ。そしてこの茶番も不要だった」
「…………」
新しくゲームを開始しますか? 警告:現在の進行状況は全て失われます。
▷YES CANCEL
「おいっ!」
「あはは。さすがに今からニューゲーム開始すると、ループ物になっちゃうな……それにまた大宮くん落ちゃうし」
ひとりごちて、苦笑いをする鹿島。よくわからんが、またフラグは勘弁してください……。
「ところで体の痛みはどう? もう消えたでしょ?」
「ええ? あ、そういえば……」
彼女が言ったように、しばらくしたので、全身の痛みはすっかり消えていた。俺の一杯食わされた顔を見ると、彼女はふふっと微笑みを見せた。もしかして、気をそらすためにわざと記憶喪失の話に持っていったのかもしれない。こいつが笑顔になると、ちょっと幼く見える。しかし、メディックの仕事に従事してる時は、すごく頼もしいのだ。
「なに? じっと見て」
「いや……てか、そろそろ教室に戻った方がいいんじゃね?」
壁時計を見ると、とっくに1限目は始まっていた。
「気分はどう?」
「大丈夫だ」
「じゃ戻ろっか」
「おう……あのさ、いつもサンキューな」
「どういたしまして」
鹿島の笑顔を直視できず、視線をそらしてしまった。
拙い導入部でしたが、読んでいただき、ありがとうございました。創作を行うのは初めてなので、皆さんの感想、アドバイス、およびご意見を伺えたらと思えます。