表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フューネラル  作者: 浦登 みっひ
『トンネルを抜けると異世界であった。~タクシードライバーのちょっとエッチな救世主日誌~』 作者:愛底テベス ジャンル:異世界転移
21/49

吾輩は救世主である

「クソッ! クソクソクソッ!」


 マイタクシーを走らせながら、俺は無茶苦茶にハンドルを叩いていた。せっかくいいところだったのに、邪魔しやがって!

 しかも、肝心のヒトミとも離ればなれになってしまった。これじゃわざわざ異世界にやってきた意味がねえだろうが!

 この何もねえところを一人寂しくドライブし続けろってか!?

 冗談じゃねえよ。女とよろしくやるために異世界に来たようなもんなのに、あのアマ……。


 女剣士の視線がまだ脳裡に焼き付いていた。まるで俺の腐った性根を見下すような。


「そんな目で俺を見るんじゃねえよ……『曲がらねば世が渡られぬ』だ、大体お前が庇った女だって彼氏がいるのに金持ちの愛人になってるようなクソビッチだぞ? なんで俺ばっかりこんな目に合わなきゃならねえんだ……クソクソクソクソ!」


 しかし、いつまでもクソクソ言ったところで状況が変わるわけじゃない。俺はこの世界から抜け出す方法を考え始めていた。ヒトミ? 知らねえなそんな奴は。


 まず、一つわかったことがある。それは、この世界にも人間がいるってことだ。しかも、言葉が通じる。あの女剣士はどう見ても純日本人の顔立ちではなかったが、何故か日本語が通じていたようだ。まさかこの広い世界に人間があの女剣士一人ということはあるまいし、探し回ればもっと多くの人間から話を聞けるかもしれない。

 これはとても大きな収穫だった。もちろん、すぐに目当ての情報、つまり異世界再転移の手掛かりが得られるとは限らないし、全ての人間に日本語が通じるかもわからないが、少なくとも情報収集できる可能性はあるということだ。人の住んでいるところを探して情報を集めれば、いつか元の世界に戻る方法がわかる……はず。

 わざわざ異世界までやってきてドライブだけして帰るってのも癪だが、こうなってしまったものは仕方ない。


 俺はとにかく車を走らせた。舗装されていない砂利道は振動がマジ半端ねえ。一時間も走っていたら、すっかり腰が痛くなってしまった。気付けば頭上には満天の星空が広がっている。

 今日の探索はこれぐらいにして、そろそろ休もうか、久しぶりの車内泊だなあ、トホホ……と思い始めたころ、突然前方に明かりが見えてきた。明かりといってもネオンとか蛍光灯とかそういう文明的で賑やかな光ではない。篝火や松明の淡い光に照らされて、森の切れ間の開けた土地に、掘っ建て小屋みたいな粗末な建物の集落が見える。

 おいおい、焼き芋でもするつもりですか? この世界の文明はどうなってるんだ? 遺跡レベルじゃんこれ……。


『我が主よ、あの集落に向かうがよい』

「はっ!?」


 突然イケボが響き渡り、俺は慌てて車内を見渡した。が、当然ながら、俺以外の人間の姿はない。バックミラーもサイドミラーも見てみたが、やっぱり誰もいなかった。この世界に来てから、ラジオもカーナビも一切使えなくなっているし、ナビゲーションは女性の音声だったはずだ。

 なんだ今の声? 幻聴か? 幻聴だよな? この上幽霊とか勘弁してくれよ……。


 それはさておき、どうしよう。あのみすぼらしい集落に行ってみようか。いや、しかしとんでもない野蛮人だったらどうする? いきなり襲い掛かられたりしたらたまったもんじゃねえ。でも虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うし……ってな具合に悩んでいると、


 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ


 と、腹の虫が窮状を訴えた。そういえば、こっちの世界に来てから何も口にしていない。

 向こうの世界から持ってきたペットボトルのお茶があったから水分だけは辛うじて取れていたが、固形物は全くとっていないのだ。背に腹は代えられない、腹が減っては戦ができぬ、というではないか。とりあえず人のいるところに行ってみれば、何か食べ物を恵んでもらえるかもしれない。

 いや、そんな贅沢は言っていられない。この際、手持ちの何かと物々交換でもいいだろう。空腹に耐えかねた俺は、前方に広がる遺跡のような集落へと車を走らせた。


 掘っ建て小屋は全部で百か二百はありそうで、ちょっとした村ぐらいの規模はあるかもしれない。集落の背後には深い森が広がっている。ざっと見たところ、水場はなさそうだ。

 集落に近付き、近くに車を止めて外に出ると、既に集落の住民らしき人影がいくつか、頼りない焚火の明かりの側から影を伸ばしてこちらを見つめていた。いずれもヨレヨレの汚れた服を身に着けており、ド貧民の悲哀を感じさせる。タクシー運転手の制服なんぞで優越感を覚えることはほとんどないが、制服姿の俺がこの貧民窟に紛れ込めば、ちょっとそれなりにひとかどの人物には見えるだろう。

 しかし、俺は別の不安を抱き始めていた。こいつら、俺に分け与えるだけの食料を持っているんだろうか?

 ここから見えるのは大半が老人や女、子供で、皆貧相な体格をしている。仮に食料を持っていたとしても、なんだかねだるのが気の毒に思えてしまうような連中だ。もし向こうの世界の街中にこいつらがうろついていたら、間違いなく浮浪者だと思われるだろう。俺だって浮浪者に食い物をせがむほど落ちぶれちゃいないつもりだ。


 どうしたものかと考えていると、その貧民たちが頻りに何か口走っているのが聞こえてきた。


「光る船……」

「光る船じゃ……」

「あれが我らの救世主(メシア)か……」


 どうやらここでも日本語が使われているらしく、その点では安心したが、それにしても、光る船……? タクシーのヘッドライトのことを言っているのか。だが、飯屋(めしや)とは困ったな。こいつら俺が食べ物を売りに来たとでも思ってんのか、むしろその逆なのに……。

 困惑していると、その群衆の中から、一際痩せ細った小柄な老人がこちらへ進み出てきた。このまま羅生門に転がしておいても違和感のなさそうな雰囲気の爺さんだ。

 爺さんはしわがれた声で言った。


「神話に曰く、サンガリアの民に災い降りかかりし時、聖剣を振るう福音の騎士と光る船を操る救世主が現れ、民を救い導くであろう……」

「は?」


 なんだこのジジイ、念仏でも唱え始めたのか? それとも痴呆か?


「光る船を操る救世主よ、迷える我らを導きたまえ!」


 ジジイがそう叫ぶと、周りに集まっていた群衆たちも一斉に声を上げた。


「救世主! 我らの救世主がやってきたのだ!」

「これで俺達は救われるぞ!」


 いつの間にか、周りをこの野蛮人の群れに取り囲まれている。えええっ、俺が、救世主?


「おいおい、お前らちょっと……」


 戸惑いながら周囲を見回す。騒ぎ立つ群衆の輪の向こうに、俺を遠巻きに眺める先刻の女剣士と、その隣に佇むヒトミの姿が目に入った。




「我々サンガリアの民はもともと都市国家で、周りの民族と手を取り合いながら、三百年もの長きにわたって平和に暮らしてまいりました」


 羅生門ジジイが雄弁に語る。

 俺は、遺跡のような集落のなかでも最も大きな小屋に通された。とはいっても、現代日本の感覚で言えば小さな神社の(やしろ)ぐらいの建物だ。目の前のテーブルには肉や木の実が並んでいるが、お世辞にも御馳走とは呼べない代物だった。肉は、これ、シルエットから推測するに、多分ヘビかなんかだと思う。向こうの世界ではゲテモノに分類されるものだ。

 俺の隣にはヒトミが座り、テーブルを挟んだ対面の席には羅生門ジジイとあの女剣士が並んで座っている。

 女剣士はプレートを装着しておらず、薄手の白いロングワンピース姿だった。正座したまま、俺の方を見ることもなく目を伏せて押し黙っている。年の頃は二十歳前後だろうか、いや、肌のキメは十代のそれに近い。まさかこんな太古レベルの文明で化粧だけが発達しているわけがないから、この女はほぼすっぴんだと思われるが、化粧を塗りたくって顔を作っているヒトミと比べても遜色ない美しさだ。俺は羅生門ジジイの退屈な話そっちのけで、この女剣士の美貌に見惚れていた。


「しかしながら、ここ数年で急速に勢力を伸ばしてきた蛮族のバラゲア人によって、我々は先祖代々の土地を追われ、荒野を彷徨うことになったのです。かつては数万を誇ったサンガリアの民も、今はこの集落にいる数百人のみ……他の者は皆、殺されるか、奴隷にされてしまいました」

「ふーん」


 俺から見たらここだって蛮族の集落と変わらないけどな。しかもそいつらに追われてここまで落ち延びてきたんだろ? 負け犬の遠吠えにしか聞こえないね。


「しかし、我々には神話の伝説がございます。サンガリア建国の英雄、初代国王メロス一世……私の遠い祖先で」

「は? ってことは、あんたが国王なの?」

「え、ええ……左様、私がメロス二十五世でございますが」


 あれまあ、こんな貧相なジジイが国王の直系とはねえ……そりゃ蛮族にもやられるわけだわ。


「メロス一世は類まれなる指導者であると共に、優れた予知能力を持っていたとも伝えられております。そのメロス一世が遺した予言の中でも最大の神秘と言われていたのが、先程申しました一節、『サンガリアの民に災い降りかかりし時、聖剣を振るう福音の騎士と光る船を操る救世主が現れ、民を救い導くであろう』というものなのです」


 なんだか、神話なのか英雄譚なのかハッキリしねえ話だ。日本の神武天皇とノストラダムスを併せたような存在なのかな?


「バラゲア人との戦いの最中、『我々は聖剣を振るう福音の騎士』……つまり、ここに居りますエヴァを得ることができました」


 羅生門ジジイ……もとい、国王は、隣に座った女剣士を指す。こいつがその伝説の戦士だったというわけか。そして名前はエヴァ。なんか名前から情緒不安定そうな連想をしてしまうけど、突然暴走しだしたりしないだろうな?


「ですが、エヴァの力だけではバラゲア人の侵攻を食い止めることができず……我々は、『光る船を操る救世主』、すなわち貴方をお待ちしていたのです。狩りに出ていたエヴァから、『光る船』と、それを操る男を見たという話を聞き、巫女どのからも話を伺いまして、貴方こそがメロス一世の予言した救世主に違いないと確信し、お待ち申し上げていたのです」


 俺は横目でちらりとヒトミを見る。隣のヒトミは、すまし顔で足を崩して座っていた。俺がここに来る前に、どうやらヒトミが巫女と称してこのサンガリアの神話に話を合わせていたらしいのだ。こういう場合の女の作り話スキルってのは侮っちゃいけねえ。

 それにしても、こいつが巫女だと?

 救世主と一緒に来たからか?

 ハッ、笑っちゃうね。ヒトミの素性が水商売のヤリマンだと知ったら、こいつらどんな顔をするだろう。

 きっと、ここでとりあえず身柄を保護してもらうため、適当に話を合わせて巫女だとでも言ったんだろう。そうすればここでの待遇は保証される、そのために俺を利用しようってわけだ。俺がこの集落に辿り着かなかったら自分が救世主とさえ言い出しかねなかった。さっきは俺を見捨てようとしたくせにな。


 しっかし、『光る船』とはよく言ったもんだ。

 あのタクシーが船と言えるほどの大きさなのかはさておき、まだ電気すら発明されていないここの文化レベルから見れば、たしかにタクシーのヘッドライトは何か特別な神々しいものに見えたに違いない。それが神話に伝わる救世主だと思い込んでしまうほどに。


 ま、実際の俺は救世主でも何でもないんだけどね。お気の毒さま。


 だが、この救世主という立場はとてもオイシい。何もしなくても食い物にありつけるんだからな。そして、頃合いを見てトンズラすればいい。車で逃げれば、追って来られるやつはいないはずだ。

 だから、せいぜいそれまでは救世主を演じてやろう。俺だって、ここまでかしずかれて悪い気はしねえ。サンガリアの英雄とやらのインチキ予言に感謝感激雨あられだぜ。

 救世主の権力を利用して、あわよくば、このエヴァとかいう女剣士も……。高潔な女剣士の顔が恥辱に塗れる様を想像すると、思わず股間がムクムクとテントを張った。


 この時の俺は、目の前の皿に置かれたヘビの丸焼きを頬張りながら、『救世主』という言葉の甘美な響きにただただ酔っていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ