第0題 伝承の花
僕––日野本幸太朗の目の前に、小さな花が咲いていた。
色は絹の様な純白の色。背丈はあまり無く、全体的に何処と無く華奢。そんな花が一輪だけひっそり咲いていた。普段なら特に気をも止めないだろうが、なぜか今日だけ目に入り、気付けばその花の前でじっとしていた。この声が聞こえるまで。
「何をしているんだい?」
気付けば背後に中年の男性が立ち、声をかけてきた。僕はすっと立ち上がり、その男性の方を向く。
「花を見ていたんですよ、叔父さん」
それを聞いた叔父さんーー日野本須佐男が、意外そうな顔をしながら「そうだったんだね」と言った。
須佐男叔父さんは僕の母方の親戚である。職業はとある小さな稲荷神社の神主。人当たりのいい人で、地域の交流も積極的にしている。また、困っている人を放っておけない性格でもある為、よく人助けなんかもしていた。故によく御近所の方々から貰い物をしたり、行事を手伝ってもらったりしている。人徳のなせる技、って感じであろうか。とにかくもその様な人間的に素晴らしい人だ。
僕はそんな叔父さんのところで手伝いをしながら、神社近くの高校に通うため下宿させてもらっている。当初は手伝いを面倒と思っていたが、いざしてみるとそれなりに楽しんでするようになっていた。これも叔父さんのなせる技なのか。そういった面では、僕は一生叔父さんに敵わなそうだ。
「因みにさ、どんな花なんだい?」
一呼吸おいた後、叔父さんは興味深そうに訊ねてきた。確かに、花といった物に興味無い僕が、ずっと眺めているのは気になるところだろう。僕はその花を指しながら「あの白い花です」と簡潔に答えた。
するとその花を見た叔父は驚いた様子を見せ、すぐ大きな声で笑い始めた。一体なんなのだろうか。それ程ありきたりな花だったのか、逆に珍しい花か、それとも別な理由か。不思議そうにしている僕を察してか、叔父さんは笑いを堪えつつ言った。
「この花はね、ある言い伝えがある、とても不思議な花なんだ。“咲いた時、神が現れる”って言い伝えがね」
つまり、非現実的な伝承を持つ花が咲いていたから、思わず笑った、と。そういうことなのだろう。うん、確かにその話を知っていたら笑うかもしれない。僕的には笑いじゃなくて引きつりかもしれないが。
「幸太朗君、なんか顔が引きつってるよ」
やっぱりか。何故かこう、そんな話を聞いたり見たりすると顔を引きつってしまう。僕の表情で再び笑っている叔父さんを尻目に、もう一度あの花を見る。・・・そんな伝承がなければいい花なんだけどなぁ。
「ごめんね、笑っちゃって」
ようやく呼吸を整えた叔父さんが申し訳なさそうに言った。でも確かにあの顔はしょうがない。一度鏡を使って見てみてが、自分でもふいてしまったくらいだし。
「いえ、大丈夫です」
「申し訳ないね。・・・さて、そろそろいい時間だし、ご飯でも食べよっか」
「そうですね。行きましょう」
そう言って僕と叔父さんはその場を後にした。最後、花がある場所らへんから風が吹いた気がするが・・・まぁ気のせいであろう。
それが僕の運の尽きであり、新たな始まりであるとは知らずに。