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6.共和国へ

「ふむ、もう行くのか」


「はい」


 火の精霊との契約破棄から一夜。

 朝早く出発の挨拶をした後、ホウとグーリーはセイジとアリスを門の外まで見送りに来てくれた。


「お世話になりました、ホウさん、グーリーさん」


「ありがとう」


「気にするなセイジよ。……アリスもな、お前さんは儂の娘みたいなものじゃ」


「……うん」


「いつでも、帰ってきなさい」


「……ありがと……せんせい。ありがと……ほんとにありがと」


 アリスは、静かにホウと抱き合った。

 アリスは10歳からの五年間、この道場で暮らし鍛錬してきた。そんな歳でしかも女の子がこの道場の門を叩いたのか、何か理由があるのだろう。でも、それをセイジは知らない。訊く権利も、今はまだない。

 ただ一つ言えるのは、アリスにとってはここが「家」なのだ。


「セイジさん」


 親子……というよりは孫とおじいちゃんのようなホウとアリスを見ていると、グーリーが手を差し出してきた。セイジも握手に答える。


「グーリーさん、お世話になりました」


「いえ、こちらこそ。それに、自覚がなかったとはいえ襲撃事件の片棒を担がされていたとは不覚でした。改めて、道場を代表して感謝します。ありがとうございました」


「いえ、そんな。俺は大したことしてないですよ」


 あの襲撃事件に関しては、セイジはほとんどなにもできていないようなものだ。アリスはもともと真相の一端を掴んでいたんだし、異変に気付けたのもウィズのおかげだ。セイジがいなくてもこの一件は解決できたはずだ。


「そんなことはないじゃろう」


「ホウさん……」


「お前さんがいてくれたから、助かった命もある。ウィズとかいう精霊もお前さんがいなければここにいなかった。お前さんは、この道場の恩人じゃよ」


「セイジは、私より先に、現場にいた。セイジがいなかったら、あの二人は無事じゃなかった」


「アリスも……」


 すごく、嬉しい。嬉しいことを言ってくれてるんだけど。


「抱き合ったままなのが、なんか微妙だ……」


 ほんと仲がいいのな、この師弟。


「ほほほ、儂らはそこらの親子より仲いいからの」


「それは、わからないかも」


「な、なんじゃと!」


 ぎゃーぎゃー騒ぎ出す二人は、やっぱり仲のいい孫とおじいちゃんにしか見えなかった。

 グーリーはやれやれといった風に肩をすくめると、セイジにコッソリ耳打ちしてきた。


「ところでセイジさん。少し……気になることがあるのですが」


「なんです?」


「ホウ師範は見ての通りアリスさんのことをとても大切に思っていました。なので、アリスさんの話はホウ師範からうんざりするほど聞かされていたのですが……どうも聞いていた話のアリスさんと今のアリスさんでは印象が違うのです」


「え……」


「もう少し具体的に言うと、ホウ師範から聞いた話のなかのアリスさんは活発というかやんちゃというか……天真爛漫を絵に描いたような女の子だったのです。ですが、今のアリスさんは感情をあまり表にだしていないように見えます」


 なんだ、それ?

 そんな話、アリスはもちろんホウにも聞いていない。


「そうだ、ホウさん。ホウさんが気づかないわけないんじゃ……」


「はい。それが私も気になっているのです。僕の見る限り、ホウ師範はあえてそのことを気にしないようにしているように見えます。ということは……」


「ホウさんには、そのことに関する心当たりがある。そして、それはどうすることもできない」


「ええ、僕もそう考えています」


 だとしたら、セイジにもどうすることもできないではないか。何故グーリーはこんな話をしたのだろう?


「ですが、セイジさんなら……今は無理でもいつかなんとかできるかもしれません。なので、気に留めておいてもらえませんか」


「それは……もちろんですが」


 セイジに、ホウですらお手上げの状況をなんとかできるとは思えなかった。


「できますよ」


 グーリーが、心を読んだように励ましてくる。


「セイジさんは、ちょっと自信がなさすぎますね。最速の勇者とまで言われた男でしょう?」


「……知ってたんですか?」


「ええ。僕は、あなたのことを尊敬していますから。そしてホウ師範も貴方には一目おいている」


「ホウさんが?」


「はい。ホウ師範が会ったばかりの人に個人的な稽古をつけるなんて見たことが無い。あなたはすごい人ですよ僕が保証します、だからいつでもこの道場に来てください。もちろんアリスさんと一緒にね」


「……はは」


 アリスといい、ホウといい。釈放から一周間とたたずにこんなにもセイジには大切だと思い思われる人ができてしまった。


 ――もう、いくよセイジ?

 ――セイジ、いくわよ。

 ――おう、いくぞセイジ!


 ……みんな。

 この世界の誰にも、セイジは受け入れられないって思っていた。だって、セイジにとっての世界のすべてはもうなくなっているから。セイジ本人が、今のこの世界を拒んでいるから。


 でも、そうじゃないって、この世界の事、好きになっていけるってすこしでも思えるようになったのは。

 アリスのおかげ……だよな。


「セイジ、なに話してたの?」


 ホウから離れたアリスが、セイジの傍に寄ってきて首をかしげる。グーリーとの会話はアリスには言いづらいし、適当に誤魔化そう。目くばせするとグーリーも肩をすくめてみせた。


「何でもないよ。そろそろ出発しよう」


「うん」


 ホウとグーリーに手を振り、セイジとアリスはまた旅立つ。

 精霊との契約を破棄して回る旅、次の目的地はアリスが二番目に契約した地の精霊の居場所、ボルターム共和国のドワーフの集落だ。









 突然だが、この世界の主要移動手段として次の三つが存在する。陸は馬車、海や川は魔導船、空は飛行船だ。このうち馬車は商人や貴族など個人で所持していることが多く、魔導船と飛行船はそれぞれ専門の魔法使いが動かしている公共の乗り物だ。


 この世界では陸路だけが魔法で動いていない。なので海路と空路の方が速度的には発達しているといえる。原理的には馬車も魔動化することが可能なのだが、魔導船、飛行船ともに魔法で動かす乗り物は数人の魔法使いが交代で制御しなければならないほど大変なのである。馬車に必要な馬力は他の二つに比べて少ないものの、個人所有が多い馬車はコストとリターンを考えれば魔法使いよりも馬を雇った方が合理的なのだ。その証拠に、海路や空路で個人所有されている乗り物は飛竜ワイバーン種や海竜リヴァイアサン種に引かせているものが多い。どちらの種も個体数が少ないために大変貴重ではあるのだが。

 それから、陸路は道路の整備に多大な手間と労力がかかる。公共で使えるような巨大な乗り物を走らせるような道路が僅かしかないのも理由である。




 なぜ、こんな話をしたのか?

 と言われれば、これからその乗り物のうちの一つ、飛行船にセイジたちが乗るところだからなのである。


「なんだけど……なぁ」


 セイジとアリスは、飛行船乗り場、通称「飛行場」に来ていた。旅費は王国から出ているので市民には少々高めの乗船券も問題はないのだが、飛行船の運航自体に問題があった。


「飛行船は、今のところ無期限で運行中止中なんでさぁ」


「うーん、タイミング悪いな」


 職員の話によれば3日ほど前、巨大なドラゴンがボルターム共和国の運航路上に確認されたらしい。


「共和国では古代龍エンシェントドラゴンじゃないかってもっぱらの噂でさぁ」


「古代龍……」


 この世界でドラゴンといえば大きく分けて三種類いる。飛竜、海竜……そして龍だ。龍は、一見は巨大な飛竜や海竜と変わらないが、その力は大きく異なる。龍には竜と違って長い休眠期が存在するものの、ひとたび龍が暴れればその被害は魔王に匹敵すると言われている。


 もっとも、魔王と違って龍は破壊を目的に行動はしないし活動期は数年で終わり再び休眠期に入る。そういった意味では危険度は魔王に比べて少ない。龍の存在は、魔王より天災に近いのだ。


「ま、厄介なのには変わらないけどな」


「どうするの、セイジ?」


「そうだなぁ」


 陸路では、時間がかかりすぎる。この世界は陸路が未発達だ。馬車ではここから共和国まで2週間はかかる。何時またアリスの力が暴走するかもわからないのだ、なるべく時間はかけたくない。


「あれ、まだ使える……かな?」


「あれって?」


「決まってる」


 セイジは、ポンと腰の剣を叩いた。


「転移魔法、だよ」









 転移魔法は、自分と、自分の触れているものを任意の場所に転移させる魔法だ。

 だが、転移魔法といっても万能ではない。条件として、転移する場所の明確なイメージがなければならないし、術者以外の転移させるものの質量や転移距離に応じて必要魔力が多くなるうえ難易度も上がる。


 冒険者や勇者は基本的に数人のパーティーを組むが、普段の戦闘で使えるほど転移魔法を極めているセイジでも4人以上を長距離転移させるのは難しい。しかし、この世界で冒険をする人々は転移魔法を緊急時の移動手段として用いている。


 なぜそれが可能か? それは専用の魔法陣を用いた簡易版が存在するからだ。

 もともと転移魔法は、習得から上達まで多大な労力と時間がかかる。適正が高くなければセイジのようには使えない。なので、対応する魔法陣にしか転移はできないが、転移魔法陣というものが店で売られているのだ(かなり高価だが)。これを使えば特定の位置、例えば大きな国や町には共用の簡易転移魔法用の魔法陣が存在しており、そこになら誰でも転移できる。距離に応じた魔力は用意しなければならないが。


「でも、俺が使えば……」


 セイジが、魔力を込めた剣で魔法陣を地面に描く。

 セイジは主要な国や町の簡易転移魔法陣を覚えている。セイジなら、その魔法陣に対応する転移魔法陣を描ける。そして、魔法陣を用いれば行き先のイメージは必要ない。アリスと荷物を抱えての長距離転移くらいなら可能だ。


「よし、行くぞアリス」


「なんで、最初から、こうしなかったの?」


「いや、もしかしたら共用魔法陣自体が変わってる可能性もあるからさ。失敗の危険もあるし」


 ま、実際は失敗の危険よりは大量に消費してしまう魔力が辛いんだけど。店で売ってる転移魔法陣があれば魔力を溜めておく機能もあるから魔力消費も抑えられるのだが。


「さて」


 セイジは描いた魔法陣の中心に、剣を突き立てる。

 魔法陣を用いた場合のみ、転移できるのは「術者と術者の触れたもの」から「魔法陣の中にあるもの」にかわる。


「長距離転移、ボルターム共和国、共用転移魔法陣へ!」


 光輝く魔法陣と一緒に、セイジとアリスの姿が消えた。




 風を切る音が、セイジの耳を突き刺す。

 転移の光が視界から消えた途端、セイジの目にはまぶしいくらいの青空が広がっていた。


「……空?」


 というか、風を切る音って……ことは。

 セイジはその時、半ば反射的に足元を見てしまった。状況把握としては正解だったが、今ばかりはセイジはその自分の判断を呪った。


「あ、古代龍エンシェントドラゴン


 アリスの場違いな抑揚の無い声が、足元の現実が見間違いでないことだけを教えてくれる。


「…………嘘、だろ」


 転移した場所は、空中。

 足下に広がるのは、真っ黒な龍の背中と翼だった。



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