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1.ばけもの

 リフィール王国、西区収容所。

 ここは、この国でも最も酷いスラム街にある世界一大きな収容施設だ。国際的事件の犯罪者、凶悪な力をもつ犯罪者など一般の収容所では持て余す犯罪者を多く囲っている。


 青年は、そこに収監されて二年目になる囚人だった。青年はかつて、あるいざこざによる喧嘩で男性3人に重傷を負わせた。その喧嘩があまりにも一方的だったこと、青年の精神状態が異常だったこと、かなりの実力者であったことなどから青年はここに囚われていた。


 つい、先刻までの話だが。




「どこに連れていくつもりだよ?」


 青年――セイジ・アルバムは不快感を隠さず、自らを連行している男に尋ねた。ローブを着たいかにも怪しげなその男は、ククッと気味の悪い笑いをこぼす。このマドレーという男、国王軍に所属する宮廷魔導士だと名乗っていたが、それにしては纏う雰囲気が不気味すぎた。魔王の手下といわれたほうが、まだ納得できる。


「さきほど述べた通りです。あなたに是非とも力を貸してほしいのですよ、英雄様を救うためにねぇ」


「どこにいくのか訊いたんだけど」


「言えないのです。察してくださいよ、勇者様」


勇者だよ」


「おや、これは失礼」


 ククッとまたしても気味悪く笑うマドレーにセイジは思わずため息を吐いた。随分と人を食った男だ。


「まあ、この収容所からは出ませんから安心してください」


「そうなのか? こんなところで英雄を救うための何ができるんだ?」


「英雄様がここにおられるのですよ」


「……はぁ?」


 セイジはその言葉を到底信じることはできなかった。


 この世界には、何度倒しても数十年で復活してしまう魔王という災厄の象徴が存在している。魔王は『何かを破壊する』以外の意思を持たず、無限に魔物を生み出し、世界をただ壊すために行動する。

 この魔王を討伐する命を各国から受けた小隊パーティのリーダーは勇者と呼ばれ、魔王を討伐したパーティのリーダーだけが英雄の称号を得ることができる。


 つまり今、英雄といえば該当する人物は世界に1人しかいない。


 弱冠17歳の少女にして、歴代最強と謳われる勇者、アスタリスク・リベリオン――。


 彼女はつい半年前に、50年間世界を苦しめた第17代目の魔王を倒し英雄となったのだ。そのことはこんな牢獄暮らしのセイジの耳にも入っている。今、この世界で英雄といえば彼女のことだ。

 そんな彼女が、英雄が、こんな薄暗い地下牢にいるなんてことが果たしてあるだろうか。否、そんなことがあるわけがない。


「ククッ、あなたの言いたいことはわかります『英雄がなぜこんな牢獄に?』でしょう。もっとも、今の彼女を見ればあなたも納得するでしょうがねぇ」


「なにか、罪を犯したのか?」


「いえ、そういうわけではないのですが……おっと、着きましたよ」


 マドレーが、指を振ると壁に設置された数十の松明に一斉に火がつく。いつの間にかずいぶんとひらけた場所に居たようだ。半球形をした大きな広間の中央には、巨大な水晶のような『何か』が置かれていた。

 その『何か』にセイジは見覚えがあった。


「封印結晶……」


「ご名答。強力な封印結晶ですよ。もっとも、中身が規格外すぎて完全には封じ切れていませんがねぇ」


 規格外、確かにそうだ。

 先程からひしひしと感じている。圧倒的な魔力、明らかに災厄級の魔物のそれだ。


「あれが、英雄に関係あるのか?」


「いえいえ関係もなにも、あれが英雄様ですよ?」


「え……」


 バキッ!

 鋭い音を立てて、結晶に亀裂が入った。


「おや、封印が解けますねぇ……2日ですか、まあもったほうでしょう」


「どういうことだよ」



 ビキッ! ビシッ――!



「いえねぇ、英雄様は強くなりすぎたのですよ。放っておけばその身を蝕んでいってしまうほどにねぇ……そこで我々、宮廷魔導士は英雄様の力を抑える術式を打ち込んだのですが……」


「失敗したってのか」


「ええ、正確には拒絶反応がでてしまいまして」




 バキン――――――――!!!!




「暴走、させてしまいました」


 結晶が完全に割れ、封じられていたものが外に出てくる。途端、あたりには禍々しい殺気が吹き荒れ、障気が満ちた。セイジは勇者だったころ、この感覚を何度も味わっている。濃密なまでの、死の気配。

 それは、魔物に滅ぼされた町に足を踏み入れた時のような、救いのない絶望の空気だ。


「……あれが、世界を救った英雄……なのか?」


 いや、それ以前に『人間』なのだろうか?

 それは、もはや人間のような『ばけもの』だった。

 禍々しく逆立った長い髪、ボロボロの衣服の下の肌は黒く、結晶のような棘が体中から生えて鋭利な牙を噛みつかんばかりに外に向けている、右腕の先は剣のように変形していて人の形をとどめていなかった。


 あれは、危険すぎる。

 セイジは生唾を飲み込んだ。


「では、よろしくお願いしますよ」


 マドレーは戦慄するセイジの両手にはめられた手錠を解錠すると、白銀の聖剣を差し出した。


「あれと、戦えっていうのか!?」


「ええ、この剣を突き立てさえすればあとは私が術式を緩和させますので。英雄様は元に戻るはずです」


「ちょ、無理だって!」


「今までの人には無理でしたよ、でもあなたならできるでしょう。転移魔法を操る元最速の勇者、セイジ・アルバムさん」


「いつの話だよ! そんなのもう二年も前の――――っ!」


 視界の端で注視していた『ばけもの』の右腕が振りかぶられたのを見て、セイジは咄嗟にマドレーの肩を掴んで転移魔法を行使した。

 キュン――という澄んだ高い音と共に消えたセイジとマドレーは『ばけもの』の背後に現れる。それと同時に、『ばけもの』の前方、半径数メートルに凄まじい破壊の力が襲った。石畳ははがれ、爆風と障気が空間ごとぐしゃりと噛み千切っていく。


「腕は鈍っていないようですねぇ、見事な転移魔法だ」


「そりゃどうも」


 二年振りの魔法だったが、なんとか上手くいったようだ。

 しかし、やはりアレはヤバすぎる。ただの腕の一振りでこの威力だ。本気で暴れられたらこの地下牢ごと潰されかねない。

 セイジは聖剣を構えた。『ばけもの』がゆっくりと振り向く。


「マドレー! こいつは王国軍で討伐隊でも組んだほうがいいんじゃないか!?」


「そうしたいのは山々なんですがねぇ。じつは封印式の打ち込みは宮廷魔導士団の独断でして、お偉いさんは大事にしたくないのですよ」


「くっ……わざわざ囚人なんかに戦わせてんのはそういうことか!」


 一口に王国軍といっても二つある。所謂軍隊であるところの一般軍、魔術を専門とする宮廷魔導士団だ。

 この二つは昔から対立していて、協力することはあっても互いをよく思っていない。よくある大組織のしがらみ以外のなにものでもないが、それにとらわれた宮廷魔導士団のお偉いさんがたは保身のために腕のたつ囚人を使い捨てにしているのだろう。

 成功すればそれでよし、もし失敗して死んでも囚人ならどうとでもなる。


「まぁ、頑張ってください。成功したら釈放ですから」


「それ、ほんとかよ……」


 口封じのために消されるだけではないだろうか。

 だが、ここでセイジがやらなければ犠牲者が増えるだけだ。それに、もしあの『ばけもの』がアスタリスク・リベリオンでマドレーの言うことが本当なら、命の恩人として英雄に味方になってもらえるかもしれない。そもそも、本当に罪もない少女が暴走してしまっているなら放っておくことなんてできはしない。


「どっちにしろ、やるしかないか」


 聖剣に魔力を流し込む。剣が手に馴染むかどうかは、自分の魔力と剣の相性による……この剣は大丈夫そうだ。


「マドレー、さがってろ!」


「ふふ、あなたならやってくれると思ってました。期待してますよ」


「そうかよ、くそやろう」


 悪態をつかれたマドレーはやれやれというように首を振りつつ後ろに下がる。さがったマドレーの位置を確認すると、セイジは聖剣を構えて意識を戦闘体制に切り替えた。

 セイジは二年前の勇者時代の感覚を身体に、脳に、呼び起こしていた。全身の魔力の流れ、敵の位置、気配、周囲の環境、障害物、転移可能な場所、安全な場所。様々な要素を組み立て、壊して、組み替えていく。戦いを、勝利への道筋を積み上げていく。

 積み上げて、積み上げて、その道はやがて目的へと


「……辿りつく」


 セイジは腰を落として聖剣を低く腰だめに構え、思い切り地面を蹴った。

 『ばけもの』は当然、向かってくるセイジを迎撃するが、そこにはもうセイジの姿はない。『ばけもの』の攻撃よりも一瞬早く発動した転移魔法がセイジを『ばけもの』の背後に運んでいた。


「せいやぁああああああっ!!」


 化け物の背後を取ったセイジは聖剣を振りかぶり『ばけもの』の背中に思い切り振り下ろした。しかし、攻撃は堅い手応えとともに、背中に生えた結晶状の棘に弾かれる。

 その結晶状の棘のいくつかが怪しく煌めいたのをみて、セイジは咄嗟に魔法で離脱する。

 セイジの姿が光と共に消えた直後、急激に伸びた無数の結晶の棘が『ばけもの』の背後の空間を串刺しにした。


「あぶな……危うく穴だらけになるとこだった」


 背後に生えた結晶の棘が伸びたということは全身に生えた他の棘も同様に伸びるのだろう。ということは剣をあいつに突き刺すためにはあの棘を掻い潜るか、あの棘ごと斬るか……。

 セイジは、聖剣の状態を素早く確かめた。振った感覚に違和感はないが、結晶の棘に当てた部分が僅かに欠けている。


 つまり、あの棘ごと斬るのは無理。あの棘と棘の合間の固くない皮膚に突き刺すしかない。だが、あの棘を伸ばす反撃をどうにかしなければ突きが届かないうえにもし届いたとしても全身に穴が空いてしまう。

 だとしたら、もう一度今みたいに……。


「グルあぁああああっ!!」


「っ!?」


 突如『ばけもの』の身体から、地下牢を震わせるほどの咆哮が放たれた。

 足が、動かない。かつて勇者として幾多の魔物と戦い、数々の恐怖に打ち勝ってきたはずのセイジの足をすくませるほどの圧力。生物の根源的部分に直接響くかのような圧倒的な「死」の恐怖の具現。

 それは、まさしく魔王の咆哮だった。


「くそっ!」


 すくむ足に活をいれ、なんとか持ち直したセイジは目を見張った。

 『ばけもの』がいない。馬鹿な、とセイジは思った。セイジは戦闘中に敵から意識を外すようなことはありえない。一体どこに……いった!?


「ぐるあァっ!!」


「後ろ!?」


 セイジはあらかじめ決めておいた緊急脱出用のポイントに転移して、背後からの攻撃を避ける。直後、セイジの上に影が落ちた。


「上か!」


 いつの間にか移動していた『ばけもの』の上空からの一撃を後ろにステップしてかろうじて躱す。そのまま転移魔法で大きく後退して間合いをとって


「なッ!」


 かなりの距離をとったはずなのに、『ばけもの』は一瞬でその間合いを詰めた。禍々しく輝く右腕の刃が振りかぶられ、セイジに襲いかかる。セイジは、手にした聖剣でそれを受けた。金属が砕けるかのような衝突音とともに、セイジの身体を衝撃が突き抜ける。石畳の床はその衝撃に耐えきれずに凹んで砕けた。

 重い……このままでは聖剣も自分の身体ももたない。セイジは剣を傾けて攻撃を受け流し、再び間合いをとった。


 聖剣は今の一撃を受けただけでヒビが入っている。元々戦闘よりは封印目的の剣だ、もう一度あの攻撃を受けたら砕けてしまうだろう。長期戦になるのはまずい。


「苦戦してますねぇ」


 遠くから茶々を入れてきたマドレーにセイジは『ばけもの』に意識を向けつつも苛立ちをにじませて答える。


「うるせー、それよりなんなんだあの速さは! あの巨体であんな速度はでないだろ!」


「ああ、あれは英雄様が契約している光の上位精霊の力ですねぇ。まさに光の如き速さで移動できるみたいですよ」


「光って……そんなの一瞬だろ! 反則だ!」


「貴方がそれを言いますか……? 転移魔法だって一瞬でしょう?」


 確かに、傍からみたらどっちも似たようなものだ。だが、セイジにとっては違う。その違いこそが、この戦い唯一の光明だ。

 新たに判明した『ばけもの』の戦闘力、所々変化した戦場、これらの要素をまた組み換えて新たな道を作り出す。……決めた、あの手でいこう。


「マドレー、あんた間違ってるよ」


「…………」


「転移魔法は、光より速い」


「……ほう……」


 セイジの姿が光と共に消える。直後、背後から襲った『ばけもの』の一撃が石床を抉った。


「遅いな」


 『ばけもの』の左側に転移していたセイジが聖剣を突き刺そうとする。それに反応した『ばけもの』の結晶の棘がすぐさまセイジを串刺しにしようと迫るが、すでにセイジはそこにはいない。


「ぐるァああ……」


 『ばけもの』の声に、初めて戸惑いが混じる。

 無理もないだろう、今『ばけもの』の周囲には数十に及ぶセイジが消えては現れてを繰り返しているのだ。背後、右、左、目の前、上、すべてから気配がする。移動の速度で作った残像による分身とはわけが違う。


 転移魔法の真髄とは、空間と空間をつなぐこと。


 移動手段としてしかこの魔法を使用していない人には理解できないだろうが、転移魔法は本来、移動ではなく目的地と自分のいる空間を繋ぐ魔法だ。つまり、移動時間は一瞬たりともかからない。移動するのは術者ではなく術者の周りの空間そのものだからだ。


「つまり一瞬で移動できても、先にその場所にいる奴にはかなわない」


 数十のセイジが一斉に聖剣を水平に構える。そして、四方八方から襲いかかった。


「グルあァァあああああああああああ!!」


 『ばけもの』は全身の棘を一気に伸ばし、すべてのセイジを迎え撃つ。串刺しになるはずのセイジたちは一人残らず消えて、後に残るのはハリネズミのように全身から棘を生やして身動きままならない『ばけもの』だけだった。


「悪いな」


 そんな『ばけもの』の正面、結晶の棘の届かない位置に転移していたセイジは聖剣を逆手に持ち替えて両手で握った。動きが止まれば、棘の防御を突破する方法はある。


「これで、終わりだ!!」


 セイジは聖剣を思い切り石畳みの床に突き立てる。

 硬いものを貫く音がして、『ばけもの』の背中から光が溢れた。


「ぐあっ! がアアぁあああああああああああああああっ!!!!!!!」


 聖剣を背中に突き立てられた『ばけもの』は、苦しみだす。同時に、人ならざるモノだった部分に綻びが出始めた。術式の緩和が始まったようだ。式の力が弱まれば、拒絶反応もなくなり暴走も止まる。


「あんたの背中とこの床を転移魔法で繋がせてもらったよ。あとは頼むぞマドレー」


「ええ、任せてください」


 マドレーは手早く空中に魔法陣を描くと、杖を構えて詠唱を開始した。

 『ばけもの』の結晶の棘が砕けていき、変色した皮膚がはがれていく、右手の刃が地面に落ちた。


「ガあァああ、ァァあああああああああああァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 最後の咆哮をあげて、『ばけもの』だった部分が聖剣と一緒に完全に砕け散った。

 『ばけもの』だったものの中心から、小柄な少女が現れる。あれが、英雄アスタリスク・リベリオン――。


「いけない!」


 セイジは少女の真下に転移すると、落ちてくるその身体を抱き止めた。

 白銀の長すぎるくらいの髪と真っ白な透き通るような肌、華奢なその身体には小さな傷痕がいくつもある。英雄の少女。そのちぐはぐな言葉がすとんと胸に落ちるような、美しさと苦しみの同居した姿だった。


「……ん……」


 ゆっくりと、少女のまぶたが上がり、その大きな瞳がセイジを写した。真っ白な髪と肌に映える空色の瞳は吸い込まれそうなほど透き通っている。

 その目に魅入られていると、少女は何度か瞬きした後、なぜか真っ赤になってセイジを睨み付けた。


「あれ? そういえばなんか忘れて……」


 ぐるん。

 セイジの視界がひっくり返った。逆さまの世界で、白銀の髪を揺らす少女の白い背中が見える。戦いの傷が見えるほどはっきり……。


 ああ、この娘、裸じゃん――。


 英雄の見事な投げ技と回し蹴りをくらいながら、セイジは今更な事を思うのだった。


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