ヘタレの求婚話
「お前、あの子に何て言ってプロポーズするんだ?」
明け透けな問いに、私は沈黙した。
親戚を引き連れて帰宅した祖父母が「話がある」と言ったのは軽食をつまんだ後だった。私は大叔父の家へ出かける支度にかかりたかったが、話しをするくらいのゆとりはある。
多人数用の茶器が置かれ、使用人が部屋から出て行き私達だけになると。
生真面目な表情でエライ事をきいてきた。
いくら祖父の言葉でも、これはちょっと。
言うに言えなくて、私は助けを求めて祖父の隣に座る祖母を見た。
重々しく頷かれた。
「いいからお言いなさい。予行練習だと思って。今ここで。」
今ここで!?
ドン引いた私から、視線をそらした祖父はポツリと言った。
「昔な。お前の父ちゃんがお前の母さんへ言った交際の申し込みの言葉をな。人伝に聞いたワシらは忘れられんのよ?」
忘――え? はい?
どんなシチュエーションで告白したら、そんな公開処刑な状態になるんですか?
眉をひそめた私から、目をそらした祖母もポツリと言った。
「あの子ったら、三年間同じクラスだった貴方のお母さんに〝好きです。友達になって下さい〟って言ったらしいの。卒業式が終わった直後の会場で。」
……父の若かりし頃について。
私は、どう反応して良いかわからなくなった。
祖母が手をもにょもにょしているのが目に入って、黙って続きを聞くことにする。
あの仕草は、気を揉んでいる時のクセだ。
「三年も片思いして、やっとお付き合いが始まって安心していたら。二・三日して居合わせた同級生達から話を聞いて、……わたくしアタマがどうにかなりそうだったわ。じれったくて。」
「ワシもだ。」
どっか遠くを見ながら祖父が同意した。ちょっと虚ろな目になっている。
「プロポーズの言葉もな、ワシら弟から聞いたンだよ。」
わあ。
驚きの昔話に固まった。
フツーは知らない息子夫婦の私的な出来事を兄弟を経由して聞くって……。
どんな状況か想像もできず真っ白になった私を其方退け、祖母が話を続ける。
「……あの子ったら〝これから、よろしく〟って言ったんですって。三年目の記念日に、花と指輪を別の場所に置きっぱなしにして。……もう、ねえ。度を越した緊張のせいにしても、端折り過ぎた言葉と壮大な忘れ物に言い訳のしようもなくて。」
「当たり前だが、お前の母さんプロポーズだって解らなくて〝これからも良いお友達でいましょう〟に着地したそうだ。……あのバカたれパニクった挙げ句、結婚したい一心でイキナリ弟の家に仲人相談に駆け込んで。段取りが違うだろうが。呼び出されて行ってハナシ聞いた時はアタマ抱えたわ。そんでな、」
口を閉じた祖父母が、ヒタリ。と、私を見据えた。
「今朝の結婚伺いの緊張っぷりで解った。お前、外見は母親似なのに。中身が……残念なくらい父親にソックリだ。特に色恋事。」
「わたくし達は不安になったの。いざ求婚という正念場で、何かヤらかしそうで気が気じゃなくて。さあ、四の五の言わずに教えなさい。」
……何で父の武勇伝のせいでプロポーズの言葉を公開しなきゃならんのですか。
じぃ、と見続ける祖父母から、私は視線をそらした。
家のあちこちから親戚達が準備作業をしつつ代わる代わる食事を摂っている物音とざわめきが聞こえる。
二人の圧力に負けて、渋々口を開いた。
「……〝これから、よろしく〟だけは言いませんよ? 絶対。」
祖父は鼻から息を吸うと、噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「 い い か ら、 教えんか。検討する時間が減るだろうが。」
私は溜め息を吐きそうになった。
あの子は大変な目にあった後でショックを受けたままだ。その上、兄妹のように育った私との縁談に、混乱しているかも知れない。
もちろん私は嬉しいけれど、できればあの子の負担になりたくない。
まずは安心させて。
それから二人で手を取り合って生きていけば良い。
私の予定を話すことにした。
「直接会えれば良いのですが……、昨夜の騒ぎで多分ムリでしょう。今日はドア越しに〝明日また来る〟と言って花束を置いてくるだけです。プロポーズは明日か明後――」
いきなり立ち上がった祖父母に気圧され、思わず口を閉じた。
恐ろしいくらいの真顔で見下ろされる。そこごもる声が、私に降ってきた。
「――この、」
「ヘタレが。」
ヘタ!?
私は度肝を抜かれた。
祖父はドサリと座って腕を組むと背凭れに体重をかけて口をへの字にし、祖母はヒステリーを起こした。
「もう、もう! 似て欲しくないところが似て! 今日プロポーズしなくて、どうするの!」
「……確認して良かった。お前そんなんじゃ掻っ攫われるぞ。この調子なら、その明日だか明後日だかに〝二人で乗り越えていこう〟とか言う心算だったろうが、」
何故それを。
絶句した私に、祖父は真剣な顔で続けた。
「いいか? ワシらは、あの子が小さい頃から親戚付き合いをしてきたが、他家は近所付き合いをしてきた。あの子が欲しい家は、この機会に嫁に貰う気満々だ。結構な数だったぞ。本家行って挨拶回りしてワシ魂消たわ」
「迎えたい家の女衆もね、あの子が部屋に引きこもっている今の内に婚姻に持ち込もう何て相談を真顔でしてたわ。お見舞いで様子を見てイケそう、って考えたみたい。」
傷ついている花嫁を、気遣いもしない話にゾッとした。
顔色を変えた私に祖父母は口々に言う。
「今のところ、あの家の人間以外誰も部屋のドアを開けて貰って無い。……お前、子供の頃あの子と暗号の様なノックを決めていただろう。真似のできない絶妙な強弱とリズムのヤツ。この際だ。ソレ使え。」
「それなら蒲公英の指輪作って持って行きなさい。念のため白詰草の花の指輪もよ。小さい頃ソレで婚約ごっこしていたでしょう? 思い出を利用するやり方で卑怯っぽいけれど、あの子を顧みない他家よりも、片思いしている貴方の方がマシよ。プロポーズを成功させなさい。必ずよ?」
そう言うと祖母は準備されていた茶器に次々とお茶を注ぎ、祖父は立ち上がって部屋の外に顔を突き出すと人を呼んだ。
振り返った夫は妻を見ると、悪戯を思いついた様に笑った。この夫婦は、たまに仲睦まじい様子を見せる。
心得た祖母が、ニッコリ笑って私に向き直った。
「あのね、ビックリしないで聞いて頂戴。逆境を二人で乗り越えていく、というのも一つの夫婦像よ? だけどわたくし達は、二人で乗り込んでいくと誓ったの。」
……今ちょっと。
ステキな笑顔と真逆な言葉が聞こえた気がするんですが??
フリーズした私を見て、祖母は擽ったそうに笑った。
「この人ね。わたくしとの結婚式で〝苦難を乗り越えていく〟という誓いの言葉を、乗り込んでいくって間違えて言ってしまったの。それまでは自信満々の様子だったのに真っ青になって固まってしまって。けれど、式は大いに盛り上がって皆から祝福されたわ。」
私の口が、パカリと開いた。
父の逸話と公開範囲を上回るレベルに、力みが抜ける。「血は争えない」って、こういう事か。
そうこうしているうちに、親戚の内でも祝い事の好きな者がゾロゾロと入って来て、部屋があっという間にいっぱいになる。各々が好きな所に居るが、目線は私に向けられた。
「さあ、もう時間だ。お前は求婚に行く支度に取り掛かれ。」
「出掛ける前に声をかけなさい。色々チェックしますから。」
あっという間に部屋から出された。
中では段取りについてガンガン決められていく。怒涛の勢いは祭事の前準備を連想させる慌ただしさだが、何しろ今日から明々後日の朝までしか、時間が無い。夜通しで支度をしないと間に合わないから殺気立ってもおかしくないのに、皆の表情は終始笑顔で眩しいくらいだ。
私は、この光景をいつかあの子に話してあげたくて、着替えに行った。
読んで下さってありがとうございます。
良い夫婦の日に間に合いました。ホッコリして頂ければ、幸いです。
「二人で乗り越えていく」話。
ある結婚式にて。
両親への御礼で花嫁が「たとえ困難が立ちはだかっても、二人で手を取り合って、」ここで感極まったらしく「乗り込んでいきます!」と力強く宣誓したそうです。




