『爆破ですよぉ』by天音
橘先輩の考えた作戦。それは――。
「爆破ですよぉ」
だった。
『……はぁ!?』
「それを全部生徒会とかの所為にするの! それで、教師陣の集会にそのネタを持っていくわ!」
「ちょ、ちょっと待ってあま姉。飛躍しすぎよ」
やや興奮気味に語る橘先輩を抑えようとしているのか、谷原は苦笑いを浮かべながら言う。
「いいのよ星ちゃん。わたしね、一度やってみたかったのよ。爆弾づくりっ!」
「でも橘先輩、それ犯罪じゃ」
「それくらいしてもいいんじゃない? 音無君だって冤罪ばかりなんでしょ? だったら相手にも被害与えたって問題ないでしょ。インガオホー!」
「………」
俺は橘先輩の言葉にため息をついた。
そして、その作戦は橘先輩と大須賀先輩二人を主導として――
およそ半月の準備期間を経て今、実行されようとしている――。
†
『みんな、位置についた?』
早朝。スマホの無料通話アプリを利用したグループ通話によって、橘先輩の言葉は俺を含めた四人の人間の耳に入っていた。
俺は右耳に装着したインカムから「オーケーです」と答える。
『作戦は昨日伝えた通りよ。音無君は生徒会役員と教師陣につかまらない様にうまく誘導して。フォローは空と星ちゃんがやるわ。その間に銀一郎が生徒会室へ侵入して仕掛けておいたスプリンクラーを起動。タイミングを見て、空と星ちゃんは音無君を捉えたフリをするだけでいい』
「橘先輩は何するんでしたっけ」
『わたしが職員室を爆破する』
「なんか格好いい言い方だけど、ほんと気をつけてくださいね……」
俺は苦笑いを浮かべて、昇降口へ入った。
すると、待っていたかの様に生徒会役員数人と、体育教師二名、あとは指導係の教師数名と目が合った。
「っ!」
俺はバッグをその場に置いてとっさに踵を返し、昇降口から飛び出した。
『音無君、逃走開始。――ミッションスタート!!』
橘先輩の声が、インカム越しに響いた。俺はただ、全速力で逃げるだけ――!!
『音無大地!! 待て――ッ!!』
「そんな簡単にはつかまらねえよッ!」
学園を大周りして、グラウンドへと逃げる。
そして体育館裏へ入ると、通路上の屋根に赤い何かが見えた。
「ッ――!?」
俺は更に加速すると、赤い何かの正体――雨宮が、バレーボールのネットを放り投げ、それが落下するよりも先に駆け抜ける。
途端、後ろからは「うおおおっ!?」という驚いた様な声が響き渡る。恐らく俺の追手数人が引っ掛かったんだろう。彼女の任務が成功したことが分かった。
俺は体育館通路を土足で走り抜け、レンガで積まれた風除けを足場に、屋根上へとよじ登る。
そして、
『音無くんっ』
二階へ続く踊り場で、谷原が窓を開けて待っていた。
「っしッ!」
俺は全速力で屋根上を駆け抜けて、飛び込むようにして踊り場へ入る。
そして土足を脱ぎ捨て、谷原が持ってきてくれていた上履きへと履き替えると、谷原と一時的に別れて三階の生徒会室へと走る。
そして三階へ行きついたところで、俺は非常ベルを叩きつける様にして鳴らした。
これが合図だ。
そのまま全速力で生徒会室へと向かうと、すでにそこには水素系の煙が漂い、スプリンクラーが起動していた。大須賀先輩の姿もない。
生徒会室前をまっすぐ走り抜ければ、そこは非常階段だ。
俺はその非常階段めがけて、廊下を走り抜ける――!
非常階段へ行きつくと、そのまま階段沿いに駆け降り、一階へ。
そこには雨宮が居て、飛び付く様にして俺を床へ押し倒す。
――瞬間、ドゴオオオンッ!! という、トンデモナイ爆発音が上から響き渡った。
その爆発は地震の様に、一階にいる俺達の床を揺らす。
更にその爆発を追うようにして――ドゴオオオオオンッ!!
一発目よりはるかに大きな爆音が、俺達の廊下の先――職員室の方だ――から鳴り響き、その熱風が俺達を襲う。
「わぷっ……」
「――息吸うなッ喉やられるぞ!!」
俺は自分を押し倒している雨宮を庇う様にして、その熱風を背中で受けた。
(橘先輩、ちょっと火薬の量多くないか……!?)
でもそれが、俺には彼女の怒りの様に思えて……。少し、報われた気がしたんだ。
チリチリと肌が焦げていく感覚がする。――ひょっとしなくても、火傷しているかもしれない。
やがてその爆風が吹き抜けた所で――
『ミッションコンプリート。音無君、あとはつかまっちゃっていいわよん』
「り、了解……」
俺は荒い呼吸を繰り返しながら、雨宮と谷原に押し潰される様にして床へ伏せったのだった。
†
……その後、地元の消防隊と救急隊が学園へ到着し、消火活動と救助活動が行われた。
負傷者はたった一名――俺、音無大地のみとなったが。
先ほどの熱風によって、やはりというか、背中に火傷を負ってしまい、服の繊維と皮膚がくっついてしまったため、入院が必要となった。
事件は警察によって詳しく捜査されたが、橘先輩と大須賀先輩の痕跡は残ることなく、代わりに学園の生徒会役員の指紋が検出され……。生徒会は解散となり、再選挙が行われるという形になった。
流石の学園側もこの件は被害者となった俺に罪を被せる事はできなかった様で、警察によって行われた俺の事情聴取から、今までの事も世間へ露見。大きなニュース沙汰となり、学園理事は本件に関わった教師数名を懲戒解雇として処分。自らの責任を持つとして理事職を辞任し、法人も入れ替わり、谷原の祖父が代表をしている企業が引き取る事となった。
そして――。
†
およそ二週間後。俺は新調した制服を身に包んで、修繕の行われた学園へと足を踏み入れていた。
変わり映えしないその学園。昇降口へ入れば、生徒会が待っているんじゃないかとビクビクしていたが――そんな事はなく。
ほっと息を吐きながら教室へと向かうと、そこには。
「あ、――おはよ」
「おう」
雨宮が、自分の席に突っ伏していた。
ほかに生徒は誰もいない。
「俺の席、どこだっけ」
「そこ」
雨宮に指をさされ、俺はそれに従って自分の席に着く。
「………」
その机をそっと撫でるが、埃は乗っていなかった。
俺は安心してバッグをそこに置いた。
「大地」
「ん」
雨宮の声に顔を上げれば、彼女は俺の席の前に立っていた。
「ありがと」
そして、彼女は少し顔を赤らめながらそう言う。
「あんなバカみたいな作戦乗ってくれて」
「いや……礼を言うのはこっちの方だろ。こうして教室に座れるのも、お前が先輩達を紹介してくれたお陰だからな」
ありがとな、と俺は腕を伸ばして彼女の頭をそっと撫でると――。
「……~っ」
雨宮は、とてもいい表情で……微笑んだのだった。
それから始まったんだ――
この、騒がしくも楽しい日常が。