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音無くんとその魔法(物理)  作者: 早乙女 涼
雨宮さんと音無くん
1/6

その始まり

 ――夢を見ていた。

 それは幼い頃の夢だったと思う。

 その記憶は微かなもので、刹那的な痛みが眠っている自分の身体にも鮮明に感じられた。

 あまりの痛みに視界がチカチカと黒白に明滅しつつも、痛みに声をあげるよりも先に目の前の、その痛みを与えた人物に目を見開いていた。

 ……知らぬ内に匂いまで香ってきた。

 味噌汁の匂い。それでいて自分の右肩から香る鉄の臭い。そして、口を切ったのか鉄の味までが再現される。

 リアルな感覚。その中で、シンと静まり返った場の音によって、まるで長時間金属をこすり合わせているかの様な嫌な音が襲う。

 辺りから向けられるしせん、シセン、視線。

 その瞬間、“俺”は耐えきれず――。


            ☆


「――ッ!」

 たまらず、ベッドから跳ね起きた。

 考えるよりも先に胸を抑えつけ、激しくえづいてしまう。

 幸い嘔吐する事はなかったものの、まるで夢の続きの様な不快感が俺、音無大地を襲っていた。

「はあッ……はあッ……ッ」

(もう、思い出す事も無いと思っていたのに――っ)

 心臓が瞬間冷却された様な感覚に陥り、その心臓を中心に、全身が冷え切って行く様な感覚が俺を襲う。

 特別な思い出だったというわけではない。確かに印象深かったものの、自分を苛むほどではなかったはずだ。

『……っ』

 その時、俺の部屋の窓枠から、一羽のカラスがはばたいたのが見えた。

(今のは……いや、もういいか……)

 どうしてか考えるのが面倒だった。

 その一時の事象が、俺の冷えを忘れさせてくれた。気付けばその冷えはもう感じられなくなり、次にやって来るのは猛烈な暑さ。

 全身が沸騰した様な火照りを感じ、季節柄にもなく噴き出し始めた汗に苛立ちを覚えながらも、俺はベッドから這い出てシャワーを浴びることにした。


            †


 ――俺の住むこの街。群青橋。そして、俺の住む家から徒歩二十分圏内に存在する私立の学園。群青橋東学園。

 俺はそこの第二学年に所属している。

 黒い学ランは少しだらしなく開かれ、その下には臙脂色のシャツを着込んでいるが、これは男子生徒には普通の格好だ。襟なんて詰めていたら息が詰まってしまう。色んな意味で。

 朝七時の学園には、やはりと言うべきか。まともに生徒なんていやしない。居たとしても朝連の連中くらいだ。

 俺の所属していた弓道部は朝連はなく、ただ一年の下っ端だけが練習に励んでいるような状況。

 今さら顔を出して変に思われたくもないし、行っても俺としては決意が鈍るだけ。不毛な事この上ない。

 自分の教室であるA組へ入ろうと、スライド扉に手を掛けた時。

「……なんだよ、開いてねえじゃん」

 ちょっと腹が立った。俺は苛立ちを抑えながら職員室へと足を運ぶ。

 すると、丁度職員室からぞろぞろと出て来た先生達の中に、俺達の担任であるゆっきゅん……もとい、谷原ゆかな先生が現れた。

「あら大地くん。今日も生徒会のお手伝い?」

「はい。まぁそんな所です」

「そっか。悪かったわね、鍵掛かっていたでしょう」

「俺でよければ開けておきますけど」

「そうね、出来ればこの出席簿も持って行って欲しいな」

「了解です」

 俺は他の先生と挨拶を交わしながらも、ゆっきゅんの威厳を崩さないように最低限の敬語を使いながら出席簿と鍵を受け取る。

「それじゃあ、お願いね」

「はい」

 俺は役目を引き受け、教室へ歩いて行き、鍵を開けて電気などを点け、教壇の机の中へ出席簿を入れておく。

「……これでよし、っと」

 口に出してのチェックを終え、俺は自分のバッグを自席へ置くと、廊下のロッカーへ歩み寄り、13番と書かれた自分のロッカーを開く。

 そこには一つの工具箱が入っていた。

 俺はそれをおもむろに取り出すと、そのまま昇降口正面の中央階段をあがって三階へ向かう。

 三階には生徒の憩いの場などもあるが、殆どは文科系の部活動などが使用している。

 その中に、俺の目当てである生徒会室があった。

 コンコン、とノックすると、すでに中に人がいたようだ。「入って」と声がして、俺は中へと入って行く。

「おはよう、星亜」

「おはよう。音無くん」

 会長席に座っているのは、生徒会長の谷原星亜。

 先ほどのゆっきゅんを姉に置く、三姉妹の末っ子だ。

 彼女は入ってきた人間が俺だと認識すると、その白髪をはらりと揺らして微笑む。

「朝早くからごめんなさいね」

「気にするなよ。……で、どこのエアコンが壊れたって?」

 星亜はひとつ礼をするなり、俺は顔を横に振って立ち上がった星亜の案内の元、朝早くから呼び出された元凶――エアコンの修理へと取りかかるべく、その教室へと移動を開始する。

「第二会議室よ」

「会議室……。応接室じゃないのか」

「ええ。PTAの方がいらっしゃるみたいだから、どうしてもね」

「なるほど。流石にこの天候じゃあエアコンなしの会議は厳しいな」

 そう言って、俺は窓から初夏の照りつける朝日を恨めしげに見上げる。

「そうなのよ。業者に頼めば来週末になってしまうみたいで」

「そこで白羽の矢が立ったのが俺、ってわけか。というか、よく先生達も許可してくれたな。俺みたいなのが勝手に学校の備品を壊したら事だろうに」

「許可というより、認可という形ね。体裁的にはそうだけれど、殆どの先生に名前が通っているんだもの、音無くん。驚いちゃったわ」

「そりゃどうも。厄介事を引きうけるのも俺の仕事だからな」

 星亜と共に階段を降りつつ、そんな話を続ける。

 その中で彼女は、小さく溜息をついた。

「生徒会執行部……。本当に貴方一人で大丈夫? 昨日も遅くまで園芸部を手伝っていたみたいだけれど」

「ああ、その事か。グラウンドの雑草だらけの所あったろ。あそこに花を植えるって言うから、雑草の除去を手伝ってたんだよ」

「でも園芸部って、それなりの人数が居たはずよね? どうして音無くんが出る事になったの?」

「質問ばかりだな」

 俺は苦笑交じりに言うと、星亜は申し訳なさそうな顔をして眉を寄せている。

「まぁいいか。園芸部は生け花同好会と、まぁ本来あるべき園芸部が合併してできた部活だろ? それでどうしても部活内の行動を一致させることが出来ないみたいでさ」

「そうだったの……。でも、一年生も入ってきたし、生け花同好会も、華道部として独立できる様になったはずよね?」

「園芸部と組んでいるからこそできる事もあるんだよ。園芸部が育てている花を、生け花同好会の連中がそれを生けさせてもらう、とかな。Win-Winの関係ってヤツだろう」

「……なるほど。生け花でコンテストに入賞する事があれば、その花を育てて来た園芸部にも評価が及ぶ、ってわけね」

「そう言う事。まぁ悪くない発想じゃないか? ま、最近その新任の部長とが喧嘩しちまってるみたいだから、活動にバラつきが見られれるみたいだが」

「喧嘩については、当人間で解決してもらいましょ。流石に貴方が踏み込むところじゃないわ」

「もちろんだ。流石に俺だって暇じゃない」

 ――まあ、それでも解決を依頼されてしまっているんだが。星亜には語らないでおこう。

 そう言いつつ、俺達は一階へ到着。そして職員室で第二会議室の鍵を受け取り、生徒会顧問であるゆっきゅんが同行する事となった。

「ごめんなさいね、大地くんが引き受けてくれたって事は知っていたんだけれど」

「気にしないでいいっすよ」

 早々に第二会議室へ移動して、星亜、ゆっきゅん、俺という三人だけの空間が出来上がる。

「それより、星亜とゆっきゅんは二人でごゆっくり。ゆっきゅんは監督って名目で来てるけど、チラチラ見るだけでいいから」

「そうかしら?」

「だーめ。大地くんを監督する事からもうお仕事は始まっているんだから」

「でも姉さん。まだ始業前よ? 少しくらいいいじゃない」

「う、うう……」

 ね、という星亜の甘えた声に、流石のゆっきゅんも折れるしかなさそうだった。

 理性と先生としての威厳が崩れ落ちる音が背中越しに聞こえた。

「し、仕方ないなぁなっちゃんは。ちょっとだけよ?」

「ありがとう、姉さん」

 あー実に甘ったるい声が聞こえるなぁ。

 俺はエアコンのカバーを外して、内装を見る。

「……配線が切れてるだけなんで、取り変えておきますね」

「ありがとう、大地くん」

「これだけが原因とは言い切れないんで、できれば来週来るプロに改めてみて貰って下さい。飽くまで俺のは応急処置だし」

「わかった。その点は業者さんにも伝えておくわ」

「ども」

 俺は袖をまくると、早速配線の入れ替え作業に入った。

 ………。

 …………。

 ……………。



 およそ十五分くらいしただろうか。

 ようやく作動したエアコンに俺達三人は安堵して、第二会議室の鍵を閉めて戻る。

「ありがとう大地くん。助かったわぁー」

「これくらいどうってこと。星亜、配線代は後で領収書渡すって事でいいか?」

「ええ構わないわ。備品として処理しておくから」

「悪いな」

 俺は取り変えた配線を工具箱へ入れると、ゆっきゅんと別れて星亜と共に生徒会室の施錠を行いに向かう。

「本当、いつもありがとう」

「気にするな。俺も朝は特に何もすることないし」

「けど音無くん、一人暮らしなんでしょう? 大丈夫なの、生活の方は」

「もう一年になるし大丈夫だ。一人暮らしだからこそ自由性があるってもんだよ」

 俺は工具箱を担ぎながら言うと、星亜はくすりと微笑む。

「私、一人暮らしをしたことがないからあまりよく分からないわ。寮生活とは別の楽しさがあるのね」

「そういうこと。寮は門限とかがあるからな」

 実家は長野にあるが、生まれはこの県。生まれたこの県に興味があったから、マンションに一人暮らしで高校生活を満喫しているのである。

 一方で星亜は実家通い。毎朝出勤するゆっきゅんと一緒に登校してくるので、どうしても始業には時間が余る。

 それに、一年の頃からちょっとした付き合いでこうして協力関係にあるわけだ。

 俺としては数少ない友人。それもかなりの美少女ときている。後ろから刺されるのではないかと気が気じゃない。

「星亜の家は門限とかあるのか?」

 星亜の家はかなりの金持ちだ。星亜は大企業グループの御曹司の孫だ。

「ないわね。ただ、無断外泊は禁止されているかしら」

「そりゃ当り前だ。お前みたいな娘が無断で外泊なんかしたらそれこそ心配で堪らない」

「あなた、私の親じゃないんだから……」

 星亜は苦笑を浮かべ、俺は本心だと告げる。

 まったく、最近の子供はこれだから困る。いや、まぁ俺もその枠組みに入っているんだが。

「どうしたって親としては可愛いもんなんだよ、娘ってのは」

「まるで経験したかのような物言いね。ちょっとおかしい」

 冗談めかして言う星亜に、自分も頷く。

 二階へさしかかったところで、どこからかエレキギターの音が響いてきた。

「ギター音……。空かしら?」

「雨宮か……。ちょっと見に行くか?」

「そうね、私も今日は一足早く出てしまったし」

 雨宮空。星亜の幼馴染で同級生。尚且つ俺のクラスメイトだ。

 彼女の幼馴染は男子一人に、女子が一人によって占められている。

 そんな中に、俺を含めた残り四人がくっついて、八人。これがいつものメンバーとなっていた。

 俺らは二階でとまり、音楽室のある方へと足を向ける。

 吹奏楽部や軽音楽部、マーチングバンド部などがローテーションで練習をしている音楽室だが、基本的に軽音楽部に所属している雨宮に朝連などは存在せず、放課後に近所のスタジオを借りてセッションをしていたりする。

「……聞いたことのないフレーズね。新曲かしら?」

「さてどうだか。アイツは気分で弾くことが多いしな」

 そんなこんなで音楽室へ到着すると、扉を開けるなりギター音が止んだ。

「――誰? って、なんだ星亜か」

「なんだとは御挨拶ね。おはよう、空」

「おはよう」

 赤い髪に翡翠色の瞳。それでいてかなり小柄な少女が、一本のギターを提げているストラップを肩にかけながらも、アンプのスイッチを切った。

「朝から頑張るなぁ。お疲れ」

「ん、お疲れ。大地は野暮用終わったの?」

「野暮用ってわけじゃないんだが……。まぁな、一段落ついた所だ」

 雨宮は近くにある机に乗っていたミネラルウォーターの入ったペットボトルを軽く煽る。

「そっか」

 ちょっとサバサバしている雨宮。それでいて姐御肌な性格だからか、女子受けはかなりよく、男女双方からも熱狂的なファンが多い。

「新曲か?」

 雨宮の荷物が置かれた所に俺は工具箱を置いて雨宮の譜面立てへと近づき、それをペラペラとめくり始める。

「そんなんじゃないよ。あたしは色んな曲のフレーズをランダムで弾いてただけ。気の向くまま、音の往くまま」

「相変わらずカッコイイ台詞しやがって」

 苦笑した俺は元あったページへと戻すと、星亜が寄って来る。

「そういえば音無くん、空のバンドにも参加してたのよね」

「ああ。たまの助っ人程度だけどな。あんま俺がバンドの中に居ると変に気を使われるし」

 最初は何の曲弾いてたんだと楽譜を見つめている俺に、雨宮の爪先が俺のくるぶしを軽く蹴った。

 ちら、と俺が雨宮を見ると、雨宮はムスっとした顔で顎で星亜の方をさした。

 俺は星亜の方を振り向くと、どこかバツの悪そうな顔をしている。

「あんまり気にするなよ。執行部を一人で受け持たせてもらえるようにお前へ言ったのは俺だろ。そういう顔すんな、困るから」

 それは誰の為のフォローなのか。星亜のためなのか。それとも雨宮のためなのか。

 もしくは――俺のためなのか。

 それは正直良く分からないし、今の俺が置かれている立ち場……生徒会執行部と呼ばれる“雑用係”としては、物凄く微妙だ。

 監査系の仕事やこうして部活動などへの助っ人で飛び入りで入ったりすることも多い。

 それでいてなんでもソツなくこなしてしまう上に、本来役目が分担されている執行部をすべて一人でやってしまう程度に要領の良い俺は、一般生徒からは信頼の目で置かれることなく、ただただ、《奇妙な男(ストレンジ)》なんてあだ名が付けられ、恐怖の視線を受け続けている。

「……でも音無くん、目が死んでいるわ」

「え、まじ? 雨宮、ピンポイントでザオ○ルしてくれ」

「しかしだいちのめはいきかえらなかった!」

「くっ」

 星亜の深刻気な指摘に、俺は雨宮を巻き込んで笑わせ様とするが失敗。

 流石だぜ俺。コミュ力の低さには定評がある。

「(いや……これコミュ力って言うのか? 信頼っていうんジャナイノ? あれ?)」

「なにをぶつぶつ言ってるのよ……」

 一瞬真剣に考えてしまった俺に、星亜は苦笑を投げかけて来た。

「とにかく気にすんな。アイムファイン、さんきゅー」

「………。まぁいいわ。そう言う事にしておいてあげる」

「不自然な場面での上から目線ありがとうございまーす」

 この話は終わり。そんな空気が流れだした所で、雨宮が「そうだ」と言ってギターケースにあるポケットの中からなにかを取り出す。

「留美からもらったんだけどさ。明日半日じゃん、遊びに行かない?」

 それはなんと、市営プールの入場券だった。

 しかも五枚。俺達が行くには充分すぎるほどの枚数。

 星亜はそれを見ると、キョトンとした目で雨宮へ聞き返す。

「白石さんから?」

「うん。留美と彗はもう持ってるから、大地もよければ一緒にって」

「おー。流石留美だな。こういうサービス精神に乾杯」

 俺は楽しげな声をあげながら、雨宮からそのチケットを受け取る。

 白石留美。生徒会副会長。それでいて俺のクラスメイトであり親友だ。

 雨宮以上の男勝りで、男女間の友情は成立するという事を教えてくれた女子でもある。

 ちなみに就任した理由は学園内の生徒からの人気投票からだ。

「それなら行こうかねえ」

 なにも用事が入らない事を祈りつつ。

「まぁ急に用事が出来たりする事もあるだろうし、週末に改めてって事でも平気でしょ。ね、星亜?」

「そうね。確かに音無くんとしてはその方がありがたいかも」

「誰が大地のためっていった? 星亜のために決まってるじゃん」

「えっ、ちょっと待てなにそれひどい」

「ぶっちゃけ大地の必要性は皆無だから」

「………」

 雨宮さん、流石の俺も言葉の刃の前には無力なんですよ。それは分かってますよね?

 胸に鋭利なものが突き刺さった様な冷たい感覚を肌身で感じながらも、俺は苦笑いで返す。

「よし、そう言う事なら俺だって考えがあるぞ。赤フンとスク水どっちがいい?」

「どっちも勘弁して欲しい。というか、大地こそそれでいいの?」

「……よくないと思う」

「随分熟考したわよね、今」

「というかお前らスク水ってどっちの事連想してる? 俺、男子用の水着だよ?」

「むしろ女子用を着ようと考える人は少ないんじゃないかしら……」

 星亜の苦笑いを浮かべた返答に、サッと雨宮が視線を逸らす。

「……まさか、空?」

「っ!? えっ、いやそんなことないから!? べつにあたし大地が女子用のスク水来たとしてパツパツだなんて想像はこれっぽっちもしてないから!!」

「生々しい言い方すんな」

「――ぽぁだッ」

 雨宮に軽いチョップをしてやると、真っ赤になった雨宮の顔が徐々にいつも通りの色に戻っていく。

 この子、耳年増というか……。ちょっと妄想癖あるんじゃないの? ちょっとお兄さん心配だよ。

 それにこんな体形だ。身長も百四十ギリといったところだしな。俺も低身長の女子が好きだったら割と本気でおそっちゃうレベル。

「~~~っ……」

「これだから……」

 星亜はやれやれといった風に肩を竦める。

「おい、そういうお前も軽く想像してんじゃねーよ。頬赤いぞ」

「まあ、あれだけ混乱気味に言われたら……ねえ?」

「………。おっ、なんか寒気が」

「あらやだ熱中症かしら? 保健室行く?」

「原因明らかにこれだろ! 分かってるんだよ!」

 ったく、と俺は溜息ひとつを吐きながら、工具箱を手に音楽室を後にしようとする。

「あら、行くの?」

「あぁ。雨宮の邪魔になっちまうだろうし」

「そう。なら私も。またね、空」

「あ、うん……」

 俺達が丁度音楽室から出掛けた所で、

「――大地!」

「ん?」

 雨宮が俺へ飲みかけのペットボトルを投げ渡してきた。

「ちょっおい!?」

 俺はそれをなんとかキャッチすると、雨宮は軽く頬を赤く染めながら、

「ナイスキャッチ!」

 軽く手を振った。

 俺は苦笑いでそれを手に前へ進む。

 星亜は雨宮へ軽く手を振り返してから俺の後を追う。

 歩きながらキャップを捻り、俺は一口。

「……スポドリじゃん、これ」

 みかんのような、かんきつ系の甘みとさっぱりとした後味。

 俺は星亜に気付かれない様に、そっと自分の唇を撫でた。





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